自分にはできない経験をしたり、自分にない嗜好のある人のことは理解できないのか?
マーケティングや顧客理解に携わると、必ずこの命題にぶつかります。
例えば、女性用の下着について男性がマーケティングできるのか。シニア用の器具の使い心地を20代や30代の方が体感できるのか。ギャンブルと無縁に生きてきた人がギャンブルにハマる人の気持ちを理解できるのか。
「できる!」…と簡単に言ってはいけません。前のシリーズでお伝えしたとおり、他者を理解できたかどうかを決めるのは、理解される側だからです。マーケターやリサーチャーにできるのは、相手に「理解された」と感じてもらうための誠実な頑張りです。
ただ、その「頑張り」にはやりようがあります。先に挙げたような人たちが、現にそうした商材をマーケティングしていることは普通にあります。中には素晴らしい仕事をされている方もいます。やりようはあるのです。
直接経験のないことでも、自分の過去の経験から「こんな気持ちではないか?」と洞察することはできます。これは皆さんが日常生活で意識せず実践していることでもあります。
前回の記事はこちら
日常生活ではどうしてる?
今まで何度かお話ししましたが、皆さんが顧客理解において「壁」と感じていることの多くは、日常生活で普通にやれていることです。
例えば好きな人への告白を考えている友人が相談してきたとき、自分に告白の経験がなくともアドバイスはするでしょう。そのときは友人のこと、告白相手、二人の関係…いろいろ想像して、精一杯のアドバイスをするはずです。「いや、自分に告白の経験がないから」と、斬って捨てることはしない人の方が多いと思います(なお学生時代の私には縁のない話でした)。
告白の経験がないなら、代わりになる別の「引き出し」はないか。どこかで読んだ一般論ではなく、友人を勇気づけ、告白の成功率を上げ、相手の心に刺さる。そんな自分の経験はないか。
そこで活用する「引き出し」は人によって様々ですが、「大事なことを自分の口から伝える」という、告白は告白でも恋愛以外の告白の引き出しを使う人もいるのではないでしょうか。つまり、似た経験を探すのです。
抽象化して似た経験を探す
以前、私は誕生日に関するプロジェクトに関わっていたことがあります。面白いことに、その時代は「誕生日は家で祝う」という人が圧倒的多数でした。私はレジャー業界にいたので、誕生日に外出して祝うのは当たり前の感覚でしたが、当時はまだ少数派だったのです。ひょっとしたら今でもそうかもしれません。
皆さんは、家族など誰かの誕生日をどう祝うでしょうか。
家で祝う人(家派)でしょうか、それとも外に連れ出して祝う人(外出派)でしょうか。
今回は、自分の流派と違うほうを想像してみてください。自分にない経験をした人や、自分と異なる嗜好の人を理解するための第一歩です(念のためにお伝えしますが、これは善悪や優劣の違いではありません。単なる嗜好の違いです)。
ここでは、家派の人が外出派を理解するケースで考えてみましょう。
「自分は家派の経験しかないから、外出派の気持ちはわからない」と思考停止するのではなく、理解の手掛かりとして、似た経験を自分の「引き出し」から探します。
「恋人とクリスマスに外出した」…これは大きな手掛かりですね。
「友人の合格祝いを兼ねたサークルの飲み会に参加した」…これもそうです。
「よく考えたら、結婚記念日はいつも夫婦で旅行に行っている」…はい、決定的です。
誕生日とはお祝いであり、記念日の一種です。記念日にもいろいろなものがありますね。自分や家族にとっての特別な日だったり、世間的に特別とされる日だったり。どれも「特別な日」という点では共通しています。
「誕生日」を含むより大きなカテゴリーである「記念日」から探すのです。これが抽象化です。
何がしかの「記念日を外出先でお祝いした経験」は、ぴたりと同じではありませんが、外出して誕生日を祝う人を理解する手掛かりとしては充分に強力です。
どんな経緯でそうしたのか?祝われた相手の反応は?それを見て自分はどう感じたか?
そのときの「引き出し」を開いてみると、外出派がどのような意図で外で祝うのか、覚えがある部分が見えてきます。
繰り返しますが、皆さんは日常的にこのようなことをしているはずです。
思い返してみてください。
そして、せっかくだから書いてみましょう(前回参照)。
書き出せば書き出すほど、あなたはこのスキルに自覚的になれます。
抽象化の難易度
抽象化の難易度は、自分の嗜好とのマッチング度合いにより変化します。好きなことは経験がなくても想像しやすく、嫌いなことや生理的に無理なことは想像しにくいのです。前回お伝えしたように高いところが苦手な私にとっては、落下系のアトラクションの楽しさを理解するのはハードルがより高い。
さらに厄介なのは、人がその得意/苦手に善悪や優劣の価値観を持ち込むときです。信念や正義感が邪魔をして、理解はいっそう遠のきます。
例えば、あるスポーツで贔屓チームのライバルを「悪」と見なすと、そのファンの気持ちまでわからなくなります。「悪を応援する連中も悪だ」などと、思考が偏りがちになります。
こうした対立の多くは、ただの趣味嗜好の違いを善悪に翻訳してしまっているだけです。まず最低限「好き嫌い」と「善悪」「優劣」を区別するところから始めましょう。
この前提を共有した上で、本題に入ります。
趣味嗜好が自分と合わない人の理解をどうしていくか。その場合の抽象化と、その先の洞察過程の入口を見ていきましょう。
お酒(アルコール飲料)を例にします。
私はお酒が大好きですが、お酒が飲めない方も多くいらっしゃいます。これは嗜好云々を通り越し、場合によっては体質に関わるお話です。努力でどうにかなるものではありません。
そのようにお酒の苦手な方が、お酒のマーケティングに関わるときに、どんな似た経験の「引き出し」を探してくるか。
例えばエナジードリンクの引き出しなどは有効かもしれません。
「えっ!?」と思われる方もいるでしょうが、お酒とエナジードリンクは分解して比較してみると意外と共通項があるのです。
- 飲むと気分がアガる
- 飲んだ後に快感を伴う
- 飲むことで「モード」が切り替わる感覚がある
- 常習性がある
- 飲み過ぎると気持ち悪くなる
- あまり飲まないほうがよいものだと理解はしている
いかがでしょうか。
お酒はアルコールによる酩酊、エナジードリンクはカフェインによる興奮が中心であり、前者は休憩、後者は仕事をブーストさせるときに飲む側面が強いという違いはありますが、似ている部分も複数ありますね。
そこで、自分がエナジードリンクを好んで飲むことの「引き出し」を探ってみましょう。
- 仕事が行き詰まったときに、気分転換として飲む
- いちど飲み始めると、側に置いて離せなくなる
- 健康にあまりよくないことはわかっているが、飲まずにはいられない
- 体調が悪いときにまで飲んでしまい、気持ち悪くなった
このような「引き出し」に紐付けることができれば、お酒が好きな人がお酒を飲まずにいられない気持ちを想像する手掛かりになります。
加えて、これらの言語化をした先に、建前やあるべきではない真の欲望、影の面が見えてくれば、かなり筋のよい洞察ができます(前回お伝えした通りです)。
この例だと、三点目の「健康にあまりよくないことはわかっているが、飲まずにはいられない」と四点目の「体調が悪いときにまで飲んでしまい、気持ち悪くなった」が候補です。
なぜ、そこまでしてエナジードリンクを飲んでしまうのか。例えば表向きは「自分を鼓舞している」つもりが、実際は「ここまで身を削っている自分」に酔いたいだけ…ということもあるかもしれません。
お酒を痛飲する人は、向きこそ逆で、むしろ「素面の自分から降りたくて」酔う。それでも、生身のままではいられず何かの力を借りて酩酊感を味わう、という一点では覚えがある感覚なのではないでしょうか。
抽象化は別カテゴリーが本丸
抽象化にも様々な種類がありますが、今までお話しした「誕生日」「お酒」の例は、記念日、飲料といったそれが属するカテゴリーから連想した、いわば「分類的な抽象化」です。難易度としては一番易しいので、まずはここから始めるのが良いでしょう。
しかしながら、本丸はそこではありません。
まったく違うカテゴリーから、「欲望」の構造だけを頼りに橋をかけることが顧客理解の勝負どころになります。
以前、私の顧客理解講座の生徒さんから、抽象化についてとても示唆的な事例を教わりました。
その方はサプリメントのマーケティングを担当していらしたのですが、早寝早起きや管理された食事、運動習慣などをお持ちで、ご自身にとってサプリメントの必要性がまったく理解できなかったそうです。
そこでいろいろ壁打ちにお付き合いしたのですが、途中で「自分が占い好きであることと似ている」とおっしゃいました。
サプリメントと占い。一見なんの関係もないように見えますが、その方の抽象化は見事でした。
占いは自力の及ばない運勢を見るもので、いわば神頼み。それを朝の情報番組のコーナーで眺めることで、自分の気持ちをポジティブな方へ整えている。
サプリメントを飲む方の中には、同じような気持ちの方がいるのではないか。
「自分の身体は自分で努力して管理しろ」というのは正論かもしれないが、ついサボったり、不健康なことをしてしまったのち、神頼みに近い意味合いでサプリメントに頼る。
そう考えると、その気持ちは何となく理解できる。
自分の心身を管理できる日ばかりではない。ダメだったとき、手を抜いてしまったときの免罪符が欲しい。「正論」の圧力から身を隠したい。
…私はその筋のマーケティングに関わったことはありませんが、いかにもありそうです。自分にも覚えがあります。素晴らしい抽象化だと思いました。これこそが、まったく違うカテゴリーから「欲望」の構造だけを頼りに橋をかける、ということです。
実はこの手法、「アナロジー」とも呼ばれるものの一種です。アナロジーとは、ある物事の構造を別の物事に当てはめて理解する技法のことです。
その勘所は、構造の共通点を見抜くことです。サプリメントと占いのようにまったく違うカテゴリーにも活用できますし、遠いカテゴリーほど、橋がかかったときの気づきの感覚は強くなります。カタルシスを味わえることすらあります。
皆さんのまわりにアナロジーが得意な方はいらっしゃいませんか?
「それって例えば◯◯で××みたいなもの?」という話を持ち出せる人です。一見なんの関係もありませんが、話を聴くと「確かに!」と強烈な納得感を得られる。そんな話ができる人です。私にも何人か心当たりがあります。
もしいるなら、ぜひメモを取るなどして分析してみましょう。その仕組みを自分のものにするチャンスです。
最終的には、相手に聞く
今までのお話は、理解を目的とした「仮説立て」に過ぎません。まだ皆さんの内側にあるだけのものです。
本当に仮説が正しいかは、相手に聞いてみないとわかりません。「私にはその経験はないが、過去の◯◯という経験からこう思ったことがある。その気持ちは、あなたが感じていることと近いものか?」ということを聴取します。
それがばっちりあっていれば、相手は身を乗り出して「そうそう!その通り!」と言ってきます。
このときに向けられるのは感謝の気持ちです。自分が言語化できなかったことを、よくぞ言語化してくれた。私もよく「スッキリした」と言われました。
理解対象の相手が、自分のことを「理解者」とみなし始めるのは、だいたいこのようなプロセスを経たのちです。
逆に外れているときは「うーん、近いようだけれど何となく違う」といった、しっくりこない態度を返してくれます。そのときは、もういちどよく話を聞いた上で、自分の経験への紐付けをやり直します。
ただ、これらの反応には例外もあることに注意してください。見栄で言った過去の発言に引きずられ、本心と違うのに肯定してきたり、逆に図星を突かれて、痛いからこそ感情的に反発してきたりします。このような可能性は念頭に置いておきましょう。
見逃しがちですが、「言っていること」と「やっていること」のズレ、矛盾にこそ他者理解、顧客理解のきっかけがあることも多いのです。「あ、見栄だ」「これは痛いところを突いたんだな」などは、いずれも優れた洞察を生むための深掘りポイントになります。
ちなみに、このズレの気づきには人生経験の積み重ねが効きます。
自分がうっかり見過ごしてしまったことを、人生経験豊富な先輩や上司が「それっておかしくない?」と話の俎上に戻してくれたことに覚えはありませんか?私は数え切れないほど経験しました。最後に、「引き出し」を増やすための人生経験についてお伝えします。
人生経験を積もう
これまでお伝えしたとおり、抽象化して、相手の経験に似た「引き出し」を探すことが他者理解・顧客理解に必要だとすると、その「引き出しの質量」は決定的に重要な役割を果たします。似た経験を探すにしても、思い当たるものがどこにもないなら、どうしようもありません。
例えば私は海外に住んだ経験がありません。海外旅行や出張の経験も数えるほどです。付き合いの長い海外の友人もいません。としますと、海外の方の理解において、決定的に「引き出し」が不足していることになります。もちろん日本人も海外の人も同じ人間で、国境に関係なく共通項は多くあります。それでも、文化的背景がわからないのは大きなハンデです。私がやれるとしたら、せいぜい違う地方に住む友人の感覚の違いから類推する程度でしょうか。それでもかなり「遠い」。
よって、マーケティングや顧客理解の仕事に携わる上では、とにかく人生経験が多いほど有利になります。未知に遭遇したときに探せる「引き出し」の質量が違います。
その意味では、特に若いうちに様々な未知と出会うことが大切です。私もよく先輩から「とにかく遊べ、日本を出ていろいろな国の人と接しろ」と言われたものですが、愚かな私は「目の前のことを誠実にやる」ことだけにこだわり、せっかくの機会をまったく活かすことができませんでした…。
ただ、仮に同じような日々の繰り返しに見える人生でも、その意味づけを変えていくことはできます。漫然と体験するより、それが自分にとってどんな意味を持ったかを書き出し、それを繰り返す。前回述べた、日記の重要性にもつながるお話です。
たとえ昨日と変わりばえのしない今日に見えても、同じ日は一日たりともないのです。その認識の積み重ねも、人生経験を豊かにすることにつながります。
乱暴に思えるかもしれませんが、他者理解・顧客理解とは究極的には自分探しです。日頃から「引き出し」を増やすことを意識しましょう。それが、仕事でもプライベートでも「この人は自分には理解できない…」と感じる誰かと出会ったときのための準備になります。
次回について
次回は最終回、こうして理解した個別の顧客をセグメントとして把握し、集団としての理解につなげていきます。どうぞお楽しみに!
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よくある質問
自分に経験のないことでも、顧客を理解できますか?
直接の経験がなくても、過去の似た経験を「引き出し」として探し、抽象化して結びつければ理解の手掛かりになります。最後は相手に確認し、ズレがあれば聞き直すことで精度を高めます。
抽象化とアナロジーは、どう進めればよいですか?
まずは同じカテゴリー内の似た経験を探す分類的な抽象化から始めます。慣れてきたら、まったく違うカテゴリーから欲望の構造だけを頼りに橋をかけるアナロジーへ進みます。遠いカテゴリーほど、気づきの感覚は強くなります。
理解の「引き出し」を増やすには、何をすればよいですか?
人生経験を積むことが近道です。特に若いうちに多様な未知と出会い、体験が自分にとってどんな意味を持ったかを書き出す習慣を持つと、引き出しの質と量が高まります。
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