「好きになる」をやってみよう〜顧客理解の「鍛え方」③〜

リサートと学ぶマーケティングリサーチ 顧客理解

あなたの扱う商材、入社前から好きでしたか?

皆さんのうち、大半の方はどこかにお勤めのことと思いますが、就職活動を思い出してみてください。苦しかったこと、楽しかったこと…様々な思い出があると思います。私もよい経験をさせていただきまして、語れることは数多くあります。たとえば自己分析をした結果、自分がけっこう地元志向の強い人間であることに気付き、それで千葉県にある企業のひとつである(株)オリエンタルランドを志望した…などです。

ただ、今回は「入社先を選択した理由」に絞って思い出してください。

その理由が「入社先が扱う商材を、お客さんとして好きだったから」という方はいますか。

先述の私の例だと「異なる」が答えになります。確かに私はディズニーランドのお客さんでもありましたし、リスペクトもしていましたが、「ディズニーファン」というわけではありませんでした。どこにでもいる「普通に好き」という層のひとりです。

私のようなケースは多数派なのか少数派なのか。気になったのでこの件を少し調べてみましたが、ジェイック様が調査をされていますね。

「扱うサービス商品が魅力的だった」は2025年で34.0%。大きいのは「事業内容に興味があった」「成長できる環境があると感じた」などで、マルチアンサーですがいずれも過半を超えています。自社商材に対して、お客さんとしての愛情があることを入社理由に挙げる人は全体から見れば少数派なのです(とはいえ、地元志向で入社を決めた私はもっと少数派ですが)。

この視点を取り上げたのは、自社商材の顧客理解には自社商材のお客さんだった経験、特にファンだった経験があるほうが一般に有利だからです。

以前お伝えしたとおり、顧客理解のベースになるのは自分の経験の「引き出し」です。自分が顧客と同じように「お客さんとしての引き出し」を持っていれば、またその引き出しが豊かなほど、顧客理解に使える材料が多いですよね。「この商材が好きだから入社した!」と言える人は、相当に豊かな引き出しを持っている可能性が高いでしょう。

私の入社時のことを思い返すと、お客さんとしての引き出しはゼロではありませんが、正直乏しいものでした。同期にはディズニーのファンも何人かおり、中には明確にお客さんとしての愛情で入社を決めた人もいたと思います。彼ら彼女らに比べると、私は自社商材の顧客理解において明確に不利な立場にありました。

ただ、先述の調査の通り、自社商材に対して最初からお客さんとしての豊かな「引き出し」を持っている層は少数派と言えます。

その少数派の立場から、顧客理解力を磨いていかねばならないのが「現実」というわけです。

前回の記事はこちら

好きになるのが難しいなら、「『好きになる』をやってみる」

顧客理解の努力の一環として、入社後にお客さんとなる体験(ユーザー体験)を積んだ方も多いでしょう。toB商材や、toC商材でも高額なものなどはなかなか難しいと思いますが、それでも可能な限りユーザー体験を積み、商材を好きになる努力をされた方には、私も数多く心当たりがあります。

私にもその経験があります。しかし、他のファンと同じレベルで好きになれたかというと、自信がありません。それよりも、お客様(ゲストと表現します)の幸せそうな顔や、そのために頑張る従業員(キャストと表現します)の姿から、強い誇りを覚えたものでした。

これはユーザーではなく、売り手の視点です。身につけたかったものとはちょっと違う。「ユーザーとしても心の底から好きになるべき」というのは正論ですが、残念ながら正論通りに行かなかった、というのが実感です。

では諦めるか。それでは進歩がありません。

「ユーザーとして好きになる」が難しいなら、次善の策として「ユーザーとして『好きになる』をやってみる」のです。

「好きになる」と何が違うのか?と思われた方もいるでしょう。「マーケティングの担当者らしい言葉遊びだ」と思われた方もいるかもしれませんが、そうではありません。

これは、自分の主人格とは別に、「好きになった」別人格をもうひとり構築するということです。擬似人格を通じての「自分ごと化」です。

この話はどこかで聞いたぞ、と思った方。

前のシリーズで、理解したい相手の擬似人格を自分の中に構築する話をしましたが、それを覚えていてくれたのだと思います。

「◯◯さんには××というプレゼントが喜ばれるはず」「なぜなら、◯◯さんはこういう人だから」「自分にもその側面がある」「その側面を前面に出して考えて、××をもらえたら嬉しいか」「嬉しいはず。なぜなら⬜︎⬜︎と感じるだろうから」。

このように、自分の主人格と擬似人格の話し合いを内的に行うことが、相手についての理解度を高めるというお話をしてきました。

それを応用します。「この商材はとっても素敵」と、ある意味で無理やりに思い込む擬似人格をつくるのです。

擬似人格に、主人格から「その商材のどこが好きなのか?」などの質問を投げかける。それに擬似人格が返答を考える。こんなやり取りで、好きな気持ちの内面化を進めます。

「そんな簡単にできるわけない」と思う方もいるでしょう。

大丈夫です。これにもきちんとメソッドがあります。次にお話しします。

経験を通じた「自分ごと化」のメソッド

少しだけ前提の確認をさせてください。

世の中の商材には、「実際の体験」ができるものとできないものがあります。

後者の中には、toB商材や高額品など「やりにくいもの」や、例えば人の命や尊厳に関わるような、体験が絶対に不可能なものがあります。その中には、人として試してはいけないものも存在します。

このようなカテゴリーで、軽々しく「実際の体験」を勧めることはいたしません。

もし、それに該当する商材をお取り扱いの方がいましたら、この項目は読み飛ばしても問題ありません。次回お伝えする「他者と自分の引き出しを紐付ける」ことで顧客理解を深めてください。

ここでは「実際の体験ができるもの」に絞ってお話を進めてまいります。

それでは、あらためて「自分ごと化」のメソッドに移ります。

特にtoC商材、かつ今すぐ体験できるものをお取り扱いの方は、まず始めましょう。

このとき、ただ漫然と体験するのではなく、好きになれるポイントを意識して探してみてください。

間違っても評論家になって「つまらないな」などと感想を持つだけではいけません。無理やりにでも面白いと思えるポイント、好きになれるポイントを探す必要があります。

例えば先述のディズニーランド。

ディズニーランドは大人気テーマパークですが、決して好きな人ばかりではありません。待つのが嫌、人ごみが嫌、だからディズニーランドも嫌いという方は割とポピュラーにいらっしゃいます。

仮にそうだとしても、まず足を運び、アトラクションに乗り、ショーを見て、キャラクターに会ってみます。早朝に起きて人気アトラクションを目指し、パレードを見るために場所取りをし、キャラクターを探してパーク内を歩く。

このとき、自分の主人格は「待つの嫌だなあ…」「人ごみで疲れるなあ…」などと主張しますが、頑張って「楽しい」と思える部分を探していくわけです。

特に大事なのは、周りの人が楽しんでいるが、自分が楽しめない部分です。

私は待ち時間も人ごみも苦手ですが、実はそれ以上に高所が得意でなく、落下系のアトラクションが大の苦手です。人気アトラクションのスプラッシュ・マウンテンやタワー・オブ・テラーでは、落下の瞬間にどうしても頭を抱えて目を瞑ってしまいます。他の皆さんはワーとかキャーとか叫びつつ、とても楽しんでいる様子ですが、私個人としてはできれば乗りたくありません。

しかし、乗ることから逃げたり、乗っても目を瞑ったままでは、楽しんでいる人と同じ体験をすることは永遠にできません。これは「自分ごと化」をやりきれないということです。

だから、自分なりに心を奮い立たせて乗り、落下の瞬間も目を開き続けます。怖いですが、覚悟を決めてやるのです。

やってみれば、新しく感じられることがあります。とりあえず恐怖を脇に置き、自分の心身がどうなっているか、外側から観察するような気持ちで臨みます。

すると、

「ああ、落下の瞬間はこういう視界なのか」

「このときのスリルはこんな感じで、これが楽しいのだな」

「スリルを乗り切ったあとの爽快感は、確かにわからないでもない」

と、ふだんは恐怖に塗りつぶされて見えなかった部分を抽出できます。

これを繰り返し、今までの自分では決して感じ取れなかった落下系アトラクションの楽しさを少しずつ体験します。

本音を言えば私は今でも同系統のアトラクションは苦手ですが、好きという気持ちも何となくわかるようにはなってきました。おかげさまで、落下系のアトラクションを楽しむ人の話を聞いても、以前は「全然理解できない」だったのですが、「思い当たる部分はある」に変わっています。徐々に「自分ごと化」が進んだのだと思います。自分の中の擬似人格が少し育ち、ひょっとしたら主人格にも影響を与えたかもしれません。

これを落下系アトラクション以外の「周りの人は楽しんでいるが自分が楽しめない」部分でも積み重ねます。それがディズニーランド全体に対し「『好きになる』をやってみる」、「自分ごと化を進める」ということです。

いかがでしょうか。

これを皆さんの取り扱う商材やサービスにあてはめてみてください。

ちなみに、この積み重ねの質と量は各個人のストイックさ、もっと言えば「執念」が左右する部分です。

面倒くささを我慢する、嫌なことに飛び込む、恐怖を飲み込む、恥ずかしさを受け入れる…やらないための様々な「言い訳」を乗り越えて、やれるかどうか。

詳しくは話しませんが、女性用製品を男性が実際に着用してみた話などは比較的ポピュラーに耳に入ります。普段なら恥ずかしくてやらないことでしょうが、顧客理解に向けた執念が、可能な限りのリアルな体験を追求させた例だと思います。

リアルな体験の大事さ

ユーザー体験は自腹を切ってやることもお勧めします(あくまでも可能な範囲でですが)。

「会社のお金でやりました」「経費でやりました」では、やはりどこかリアルさに欠けた、真剣味に劣る部分があります。自分のお金だからこそ感じる、リアルな喜びや痛みは、ユーザー体験に確実に深みを与えてくれます。

先ほどのディズニーランドでの経験の続きですが、私は混んでいる時期のディズニーランドに家族を連れて来場したことが何度かあります。ある日の来場は子供の誕生日祝いでした。もちろん自腹です。

混んでいることは子供たちに事前に知らせた上で、それでも行きたいというので行きました。ある程度の予想はしていましたが、やはり辛い体験でした。

目当てのアトラクションの待ち時間が果てしなく長く、子供が泣く。ショーの抽選に外れてさらに大泣きする。子供の喜ぶ顔が見たくて来園した親として、途方に暮れます。

特に、子供が来場前に「これだけは乗りたい!」と言っていたアトラクションが、乗る直前に故障で止まってしまったときの、子供の落胆ぶりといったらもう…。誕生日ですよ!?自社の商材なのに、怒りすら覚えました。

ただ、これは自腹を切ったから体験できた痛みだったとも思います。もし優待券(無料での入場)だったら「今日は諦めて、また来ようか」などと、あっさり切り替えていたでしょう。

また、だからこそ「こんな辛い思いをするのに、お客様がディズニーランドを好きでいてくれること」のすごさ、その愛情の深さを逆説的に感じられた部分があります。

いろいろ苦労もありましたが、たくさん待っていくつかのアトラクションを楽しみ、エレクトリカルパレードを見て、帰りに子供たちの笑顔を見ることができました。

高いお金を払って混雑や人ごみを経験し、「これなら家で寝ている方が何倍もマシ」と思う。その一方で、「また来たいな」と思う自分も確かにいたのです。このときに「ああ、こういうことなのか」と感じました。「ディズニーが好き」という感覚の「自分ごと化」が、リアルな痛みの経験を通じて一段階深まったような気がしたのです。

このときに自分の中に見えたものは、自分の生々しい欲望が充足された感触でした。子供たちの笑顔が嬉しかったのは確かですが、それだけではなく、「父親として役に立てている」感覚があったのです。前回、「好き」の裏にある真の欲望を掘り当てることが大事だとお伝えしましたが、まさにそれがここで起きていました。

書き起こす。絶対にやる

そして、この「自分ごと化」を確かなものにするために欠かせないことがあります。

第二回の「自分の好きなこと」、第三回の「『好きになる』をやってみる」。両者とも、体験したこと、感じたことは書き起こしてください。絶対です。

どこで何をして、自分の心の状態がどうだったのか。実際に書き起こしてみると、あやふやな言葉しか書けないことに驚きます。名作漫画「 SLAM DUNK」の安西先生も「下手くその上級者への道のりは、己が下手さを知りて一歩目」とおっしゃっていますね。(22巻132ページ)

ここをスタートラインに、少しでも「しっくりくる言葉」に近づけるよう、己を振り返っていくのです。しつこいようですが、この第一歩目となる書き起こしをいきなりサボると、本当に何も身につきません。

また、書き起こしには手書きを勧めます。

振り返りの過程では綺麗な文章で書いていく必要はおろか、文字にこだわる必要すらなく、そのようなこだわりはむしろ邪魔だからです。肝心なのは自由度です。

ときにはポンチ絵を書いてみたり、ときには過去に書いた内容と今日書いたことを丸と矢印で紐付けてみたり。その日の体験に閉じこもる必要もありません。以前の経験に何か思い当たるものがあれば、そのときに書き起こした部分まで遡り、関連づけてみる。

紙というデバイスは高い自由度を許容してくれます(余談ですが、私の周囲の仕事できる人は、インタビュー調査のときなど、好んでスケッチブックを活用しています)。それが「しっくりくる」言葉を探す強い味方になってくれます。

加えて、現代には強力な武器があります。生成AIです。

自分の泥臭い手書きの内容を、写真やツールなどを活用してAIに放り込む。そして「◯◯をして楽しいと思ったが、この『楽しい』をもっと具体的な、しっくりくる言葉に直したい。自分に質問して」などと指示を出すのです。

独りでうんうん唸るのも無意味ではありませんが、せっかく優秀な壁打ち相手がいるのですから、活用しない手はありません。

いずれにしても、書き起こすことは絶対に必要です。ぜひチャレンジしてください!

役に立つ習慣

ここまで読んで、以下のように思われた方もいるのではないでしょうか。

「語彙が多いほうが圧倒的に有利じゃないか?」

はい、その通りです。残念ですが圧倒的事実です。

語彙が足りないと(少なくともマーケティング文脈では)相手の理解に支障をきたす可能性が高くなります。例えば前回「癒される」という言葉の多義性について触れましたが、その「癒される」がどの種類かを言語化できないと、相手との共通理解が持ちづらくなりますよね。

そこで語彙を増やし、使いこなすことを目指した習慣を持ちたいですが、お勧めなのが読書&日記です。

読書は言うまでもありません。本は自分の知らない言葉の宝庫です。ビジネス書だけでなく、名作、古典など幅を広げれば広げるほど多くの言葉に出会えます。

私は小学生の頃から江戸川乱歩や横溝正史が好きで、そこで様々な語彙を増やせました。やたらと四字熟語で語りたがるなど揶揄われたこともありますが、「もしもこの言葉や表現を知らなかったら、相手の心情を的確に表現できなかっただろうな」と思うことも度々ありました。人生においてプラス面のほうが遥かに大きかったと感じています。

また、登場人物の経験を感情つきで擬似体験できたりもします。これは自分の経験の「引き出し」を増やす、見逃せない副次効果です。

武者小路実篤の「友情」を読んだことはありますか?私は主人公の不器用な…はっきり申し上げるとデリカシーのない恋愛の態度と、周囲の男たちへの嫉妬からくる焦りまくった行動、それを見た意中の人の反応などから、当時好きな人がいた自分が周りからどう見られているかを想像してしまい悶絶したことがあります。

そして日記。日記をつければ、自分の心情をしっくりくる言葉で表す訓練を毎日積めます。

読書で得た語彙を使いこなす訓練にもなりますね。もちろん、先述の通り生成AIに読み込ませて、さらに深掘りすることにも使えます。

日記を書き続ければ、何年か前に書いたことがその日の行動や感情の伏線になっていた…などの発見もあるかもしれません。生成AIは明文化された内容の関連付けが得意です。

このような経験は確実に「あなた自身の好き」の解像度を上げてくれますし、その時は理解できない「誰かの好き」を「自分ごと化」するのに役に立ってくれるでしょう。

次回について

次回はいよいよ、自分だけでなく他者が登場する回です。自分の「引き出し」から相手の気持ちを探して紐付ける訓練に移ります。

特に、自分に経験のないことをしている他者をどう理解するか。そのコツをしっかりお伝えできればと思います。どうぞお楽しみに!

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よくある質問

Q.入社時から商材が好きではない場合、どうやって顧客理解を深めるべき?
A.商材を好きになる努力をしつつ、難しければ「好きになった擬似人格」を自分の中に構築することをお勧めします。主人格とその擬似人格の内的対話を通じて、顧客視点を獲得していく方法が有効です。
Q.「好きになる」と「好きになるをやってみる」の違いは何ですか?
A.「好きになる」は自然な好意の形成ですが、「好きになるをやってみる」は意識的に擬似人格を構築し、その人格を通じて商材を好きになったと仮定して理解を深めるプロセスです。
Q.自分が楽しめない体験をする際に意識すべきポイントは?
A.周りが楽しんでいるが自分が楽しめない部分にこそ注目してください。恐怖や違和感を脇に置き、心身の変化を客観的に観察することで、新しい感覚を発見できます。

この記事を書いた人

石崎健人
石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス 代表取締役

リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。

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