安いと分かっていても、限定品につい手が伸びる。得する話より、損する話のほうが頭に残る。
人の買い物は、理屈どおりには動きません。その不合理さを、まじめに研究するのが行動経済学です。
マーケティングや調査の現場で、なぜこの人はこう動くのかを読み解くとき、行動経済学のレンズは強力な武器になります。年間100件を超える調査で人の行動を見てきた立場から、基本の理論から活用、注意点までを整理します。
行動経済学とは
行動経済学とは、人が実際にどう判断し、どう行動するかを、心理学の知見を取り入れて研究する学問です。
従来の経済学は、人は常に合理的に、自分の利益が最大になるよう選ぶ、と考えてきました。けれど現実の人は、感情や思い込み、その場の状況に流されて、しばしば不合理な選択をします。行動経済学は、その不合理さに一定のパターンがあることを明らかにしてきました。
行動経済学と従来の経済学の違い
- 従来の経済学。人は合理的で、損得を計算して最も得な選択をすると考える
- 行動経済学。人は感情やバイアスに左右され、しばしば不合理に選ぶと考える
大事なのは、その不合理さがランダムではなく、予測できる方向に偏っていることです。
この偏りを知ると、人の行動がぐっと読みやすくなります。
行動経済学が注目される理由と歴史
行動経済学は、近年とくに注目を集めています。
背景には、その正しさが世界的に認められてきたことがあります。
- 2002年、ダニエル・カーネマンが心理学の知見を経済学に持ち込み、ノーベル経済学賞を受賞した
- 2017年、ナッジ理論のリチャード・セイラーが、同じくノーベル経済学賞を受賞した
- 行政や企業が、ナッジを政策や施策に取り入れるようになった
経験的に知られていた販促のコツが、学問として裏づけられたこと。
これが、ビジネスでの活用が一気に広がった理由です。
システム1とシステム2
行動経済学の土台に、2つの思考モードがあります。ノーベル賞を受けたダニエル・カーネマンが整理した考え方です。
- システム1。速くて直感的。ほとんど無意識に、瞬時に判断する
- システム2。遅くて論理的。じっくり考えて、慎重に判断する
買い物の多くは、システム1で決まります。じっくり比較したつもりでも、最初の直感に後から理由をつけているだけ、ということが少なくありません。
くわしくはシステム1とシステム2の解説もあわせてどうぞ。
代表的な理論とバイアス
知っておくと現場で効く理論を、いくつか挙げます。
- プロスペクト理論。人は得する喜びより、損する痛みを大きく感じる、いわゆる損失回避
- アンカリング。最初に見た数字が、その後の判断の基準になってしまう
- サンクコスト効果。すでに払ったお金や時間が惜しくて、やめられなくなる
- 現状維持バイアス。変化を避け、今のままを選びがちになる
- バンドワゴン効果。みんなが選んでいるものを、自分も選びたくなる
- フレーミング効果。同じ内容でも、見せ方しだいで印象が変わる
どれも、自分は冷静に選んでいるつもりの人ほど、知らずに影響を受けています。
もっと知っておきたいバイアス
現場でよく出会うものを、もう少し挙げておきます。
- ハロー効果。一つの良い印象が、全体の評価を引き上げる。パッケージが上質だと、中身まで良く感じる
- 保有効果。自分が持っているものを手放したくなくなる。お試しで使うと、返したくなくなる
- おとり効果。あえて見劣りする選択肢を混ぜると、狙いの選択肢が選ばれやすくなる
- 同調効果。周りに合わせて、自分の判断を変えてしまう
名前をすべて覚える必要はありません。
大事なのは、人の判断はこれだけ簡単に揺れる、と知っておくことです。
プロスペクト理論をもう少し詳しく
いくつかの理論のなかでも、とくに知っておきたいのがプロスペクト理論です。
人は、同じ金額でも、得るときの喜びより、失うときの痛みを大きく感じます。たとえば、1万円をもらう嬉しさより、1万円を落とす悔しさのほうが、心に強く残ります。その差は、おおよそ2倍とも言われます。
だから、お得です、と伝えるより、今買わないと損します、と伝えるほうが、人は動きやすい。
値引きやポイントの見せ方も、この損失回避を意識すると、効き方が変わります。安さを訴えるか、失う痛みを避けさせるか。同じ施策でも、どちらの言い方をするかで、反応は変わります。
ナッジ理論とは
行動経済学を、実際に人の行動を変える形に応用したのが、ナッジ理論です。
強制したり、報酬で釣ったりせず、選択肢の見せ方や順番を工夫して、望ましい行動へそっと後押しする考え方です。デフォルトを変える、選びやすく並べる。こうした小さな仕掛けで、人の選択は大きく変わります。
ナッジ理論のマーケティング活用も参考にどうぞ。
行動経済学のマーケティング活用例
- 期間限定や残りわずかと伝え、損失回避を刺激する
- 松竹梅の三択を用意し、真ん中を選ばせる
- 元値を見せてから割引価格を出し、アンカリングを効かせる
- 多くの人が選んでいると示し、バンドワゴンを起こす
- 無料お試しから入れ、現状維持バイアスで継続につなげる
よく知られた販促のコツの多くは、行動経済学で後から説明がつきます。
理論を知ると、なんとなくの施策に、再現性のある根拠を持てます。
有名な例に、レストランのメニュー設計があります。
あえて高い松コースを一番上に置くと、その隣の竹コースが手ごろに見えて、選ばれやすくなります。一番売りたいものを真ん中に置く。この並べ方ひとつで、注文の構成は大きく変わります。身のまわりの売り場や通販サイトを、行動経済学の目で見直すと、こうした仕掛けがあちこちに見つかります。
行動経済学とマーケティングリサーチ
行動経済学は、調査の場面でも効きます。
アンケートで「価格は重視しません」と答えた人が、実際の購買では真っ先に値段を見る。こうした、言葉と行動のズレを読み解くとき、バイアスの知識が手がかりになります。消費者インサイトを掘るときも、本人が気づいていない動機の多くは、こうした無意識の偏りと結びついています。
調査の設計でも、質問の順番や聞き方が回答を歪めることを知っておくと、より正確なデータが取れます。
たとえば、新商品の評価を聞くとき、最初に高級な競合品を見せてから自社品を出すと、アンカリングで評価が下がります。
調査の段取りそのものが、結果を左右するのです。だからこそ、バイアスを知ったうえで設計することが、信頼できるデータの前提になります。
行動経済学を使うときの注意点
便利な道具ですが、使い方を誤ると逆効果です。
- 理論を知っていても、現場の人が理論どおりに動くとは限らない
- バイアスを悪用すると、短期的には売れても、信頼を失う
- 何にでも後づけで説明できてしまい、分かった気になりやすい
とくに、人の不合理さにつけ込んで誘導するやり方は、いわゆるダークパターンと呼ばれ、嫌われます。
行動経済学は、人をだます技術ではなく、人を深く理解するための視点として使うのが、長く効くやり方です。
行動経済学を学ぶ入り口
もっと知りたい人へ、入り口になる本を挙げておきます。
- カーネマンの『ファスト&スロー』。システム1とシステム2を軸に、人の判断の癖をていねいに解き明かした一冊
- セイラーの『実践 行動経済学』。ナッジの考え方を、身近な例で学べる
どちらも難しい数式は出てきません。
マーケティングに関わる人なら、読み物として楽しみながら、現場で使える視点が手に入ります。
リサートと行動経済学
リサートは、調査で得た消費者の行動を、行動経済学のレンズで読み解いています。
数字の裏にある無意識の偏りまで踏み込むことで、表面的な分析では見えない打ち手が見えてきます。マーケティングリサーチで人の本音と行動に近づきたいときは、まずは課題の整理からご相談ください。
リサートにマーケティングリサーチの相談をする

モデレーターの相談をする
経験豊富なモデレーターを皆様のリサーチプロジェクトにアサインします。

モデレーターになる
モデレーションスキルを体系的に学べるトレーニングプログラムです。

リサーチの相談をする
定性調査・定量調査の設計から実施・分析まで、まずはお気軽にご相談ください。



