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エスノグラフィーの学術的背景|文化人類学からマーケへの応用

エスノグラフィーの学術的背景|文化人類学からマーケへの応用

エスノグラフィーという言葉を、マーケティングの調査手法として耳にした方は多いはずです。でも、この手法のルーツは文化人類学にあります。
異国の村に何ヶ月も住み込み、そこで暮らす人々の行動を丸ごと記録する。そんな地道な営みから生まれた方法が、なぜいま消費者理解の現場で重宝されているのか。学術的な背景をたどると、その理由がくっきり見えてきます。

エスノグラフィーはどこから来たのか

エスノグラフィーは、ギリシア語のethnos(民族)とgraphein(記述)を組み合わせた言葉で、日本語では民族誌と訳されます。
19世紀末、人類学者たちは自分たちとは異なる文化を理解するために、現地へ長期間おもむき、暮らしのなかに身を置いて観察を続けました。書物や伝聞ではなく、自分の目と体で確かめる。この姿勢が学問の土台になりました。

それ以前の人類学は、探検家や宣教師が持ち帰った報告を机の上で読み解く、いわゆる安楽椅子の学問が中心でした。自分の足で現地に立ち、そこで起きていることを直接見るという転換が、研究の質を根っこから変えていきます。

方法として確立させたのが、ブロニスワフ・マリノフスキーです。彼が1922年に発表した『西太平洋の遠洋航海者』は、メラネシアのトロブリアンド諸島に住み込み、島々をまたぐ贈与の慣習を克明に描いた記録でした。
同じころ、アメリカではフランツ・ボアズが文化相対主義を唱えます。ある文化を外の物差しで良し悪しを決めるのではなく、その内側の論理で理解しようとする構えです。この二人が、後のエスノグラフィーの背骨をつくりました。

人類学者が磨いた3つの見方

百年かけて人類学が育てた道具立てのなかで、いまのマーケティングにそのまま効くものが三つあります。

  • 参与観察。外から眺めるのではなく、その場に加わりながら観察する。相手の生活のリズムに自分を合わせていく
  • 厚い記述。人類学者クリフォード・ギアツが提唱した考え方で、行動をそのまま書くのではなく、その裏にある意味まで書き込む
  • 内部の視点。当事者本人が世界をどう見ているか、その人の論理を掴もうとする

三つに共通するのは、答えを急がない態度です。
数字で切り取る前に、まず対象の世界にどっぷり浸かる。同じ光景を何度も見るうちに、最初は気づかなかった小さな癖や、本人が当たり前すぎて口にしないルールが浮かび上がってきます。ここが、質問して回答をもらうだけの調査との決定的な違いになります。こうした観察を軸にした手法は、定性調査の考え方そのものにつながっています。

なぜマーケティングは人類学を借りたのか

アンケートやグループインタビューで集まるのは、本人が言葉にできた範囲の答えです。
ところが人の買い物は、本人ですら理由をうまく説明できないことのほうが多い。習慣、その場の空気、部屋の間取り、家族の目。買う理由は暮らしのなかに散らばっていて、聞くだけでは拾いきれません。
台所の棚に何がどう並んでいるか、洗剤をどの動作で使っているか。本人が語らない細部にこそ、次の商品のヒントが眠っています。

「自分がなぜそれを選んだのか、正直よくわからない」。インタビューの場で、そう打ち明ける方は少なくありません。

だからこそ、生活の現場に入り込むエスノグラフィーが力を発揮します。
花王は、人々が年齢の重なりをどう受け止めているかを探るために、半年をかけたエスノグラフィー調査を行ったと報告されています。博報堂の生活総研は、デジタル空間の膨大な行動データを人類学の目で読み解くデジノグラフィという試みを進めています。言葉にならない本音、つまり消費者インサイトを掘り当てる入り口として、この手法が選ばれてきました。

学術の作法から、現場が借りるべきもの

企業がエスノグラフィーを使うとき、人類学の作法をそっくり真似る必要はありません。借りるべきは、態度のほうです。

  • 自分の先入観をいったん脇に置き、判断を保留したまま見続ける
  • 一度の観察で終わらせず、文脈ごと、時間をかけて追いかける
  • 記録を数えるのではなく、その意味を解釈する

この構えは、使う人への共感から発想を立ち上げるデザイン思考とも深く響き合います。
百年前、遠い島で人類学者が磨いた「相手の世界に入って理解する」という方法は、形を変えて、いまも消費者の隣に立つための道具として生きています。手法の目新しさに目を奪われるより、その根っこにある姿勢を受け継ぐこと。そこにエスノグラフィーの本当の価値があります。

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よくある質問

エスノグラフィーとフィールドワークは同じものですか?

フィールドワークは、現地に出向いて調べる活動全般を指す広い言葉です。エスノグラフィーは、そのフィールドワークを通して人々の暮らしや文化を記述する手法であり、またその成果物である記録そのものを指します。参与観察や長期の滞在を伴う点で、単発の現地訪問とは性格が異なります。

マーケティングのエスノグラフィーは、どのくらいの期間が必要ですか?

目的によって幅があります。数日から数週間で終える簡易な行動観察もあれば、生活の変化を追うために半年ほどかける調査もあります。深い発見を狙うほど、同じ対象を時間をかけて繰り返し見ることが効いてきます。

少人数の観察で得た結果を、全体に当てはめても大丈夫ですか?

エスノグラフィーは、多くの人に共通する割合を測る手法ではありません。行動の背後にある理由や仕組みを深く掴むことが得意です。数量的な裏づけが必要なときは、観察で見つけた仮説をアンケートなどの定量調査で確かめる流れがおすすめです。

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この記事を書いた人

石崎健人
石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス 代表取締役

リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。

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出典:インタビュールーム株式会社(リサート)
https://researto.com/column/ethnography-anthropology-background/

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