自社の事業タイプを知らずに調査を設計していませんか
マーケティングリサーチの現場で、クライアントから「競合に勝てる施策を見つけたい」という相談を受けたとき、筆者はまず業界の競争構造を確認します。なぜなら、同じ消費財でも医薬品と外食では競争のルールがまるで違うからです。医薬品業界では特許や専門性が勝敗を分け、外食業界では立地や価格帯が重要になります。
この違いを整理せずに調査を始めると、間違った問いを立ててしまいます。規模拡大が成功の鍵となる事業で顧客の細かなニーズを聞いても意味がなく、専門性で勝負する事業で価格感度だけを調べても本質を見誤ります。調査設計の前に事業の競争構造を把握する必要があり、そこで役立つのがアドバンテージマトリックスです。
筆者がリサーチ実務でこのフレームワークを使う理由は、調査の問いを正しく定めるためです。事業タイプが分かれば、何を明らかにすべきかが見えてきます。
アドバンテージマトリックスとは何か
アドバンテージマトリックスは、ボストン・コンサルティング・グループが考案した業界の競争環境を分析する手法で、「競争要因が多いか少ないか」「優位性を構築する可能性が大きいか小さいか」という2つの軸で業界を4つのタイプに分類します。
競争要因とは、消費者が製品やサービスの価値をどれくらい多くの観点で決定しているかを示し、優位性構築の可能性は大量生産でコストを下げられる可能性、つまり規模の経済性の働きやすさを指します。
縦軸は競争要因の数、横軸は優位性構築の可能性です。この2軸の組み合わせにより、事業は特化型事業、規模型事業、分散型事業、手詰まり型事業の4つに分かれ、それぞれで売上規模と収益率の相関関係が異なります。
ここで重要なのは、4つのタイプは固定されたものではなく、戦略次第で転換可能だという点です。分散型事業や手詰まり型事業に分類される場合、特化型事業や規模型事業へ転換を図ることが収益性向上の鍵となります。
4つの事業タイプの特徴
特化型事業は、競争要因が多く存在する一方、特定の分野で独自の地位を築くことで優位性の構築が可能なタイプです。事業規模と収益性には相関がなく、戦略次第で高い収益を出す可能性を秘めています。医薬品業界では、アステラス製薬は泌尿器や移植、第一三共は循環器、大塚HDは中枢神経系に強みを持ち、各社ともに専門性が高くニッチな分野に特化して独自の地位を築いています。
規模型事業は、競争要因がほとんどなく、競合が少ないため規模を増やして収益が挙げられるタイプで、規模の経済効果によって優位性を構築可能です。日本の自動車業界やコンピューター業界などが該当します。生産量や販売量を増やすほど、コストダウンが図れます。
分散型事業は、競争要因が多く競争が激化しやすい中で、優位性構築が難しいタイプです。規模の経済性が働きにくく、規模を大きくすると逆に収益性の維持が難しくなることから、大企業は少なくなっています。小中規模の外食業界や個人商店といった零細小売業界、アパレル業界などが該当します。
手詰まり型事業は、競争要因も少なく優位性も構築しにくい、つまり企業間格差がほとんど生まれなくなったタイプです。中規模・小規模の企業は淘汰され、大企業は規模の拡大が限界に達し、優位性が構築できなくなった状態で、この領域で事業を成功させることは難しいため、新規参入はせず、既にこの領域にいる場合は早期撤退が望ましいとされています。
なぜリサーチ実務でアドバンテージマトリックスが必要なのか
マーケティングリサーチの現場では、クライアントから「顧客ニーズを知りたい」という依頼が日常的に寄せられます。しかし筆者の経験上、この問いは不十分です。なぜなら、事業タイプによって「知るべきニーズ」が根本的に異なるからです。
規模型事業では、個別の細かいニーズよりも市場全体のボリュームや認知率、購入障壁の大きさを把握する必要があります。一方、特化型事業では少数の顧客が抱える深い課題や未充足のニーズを掘り下げなければ意味がありません。分散型事業では、小規模でも収益を確保できる独自性のあるポジショニングを探る調査が求められます。
調査設計の段階で事業タイプを見誤ると、収集したデータが経営判断に使えなくなります。筆者は過去に、規模型事業のクライアントに対して顧客の細かい不満を集めるデプスインタビューを実施してしまい、結果的に使えない示唆しか得られなかった経験があります。本来必要だったのは、市場シェア拡大のボトルネックを特定する定量調査でした。
アドバンテージマトリックスを使えば、調査の目的と手法が明確になります。事業の競争構造を理解することで、何を聞くべきか、誰に聞くべきか、どのような手法で聞くべきかが自然と導かれます。
調査設計でよくある失敗パターン
筆者がリサーチの現場で目にする典型的な失敗は、事業タイプを考慮せずに調査手法を選んでしまうケースです。
あるクライアントは、競合が少なく規模拡大が収益の鍵となる規模型事業を展開していました。しかし、依頼された調査内容は「既存顧客の詳細なニーズ把握」でした。筆者が確認すると、本当に知りたいのは「なぜ市場シェアが伸びないのか」という点でした。この場合、既存顧客へのデプスインタビューではなく、非顧客層を含む大規模なアンケート調査で認知率や購入障壁を測定すべきでした。
別のケースでは、特化型事業を展開する企業が市場全体の満足度調査を実施しようとしていました。しかし特化型事業では、市場の多数派ではなく、自社が狙うニッチなセグメントの深い課題を理解することが重要です。この場合、広く浅く聞く定量調査よりも、ターゲット層に絞ったフォーカスグループインタビューのほうが有効でした。
手詰まり型事業では、顧客調査をしても打ち手が見つからないことがあります。なぜなら、競争要因も優位性も限られており、調査で新しい示唆を得ることが難しいからです。この場合、顧客理解よりも事業構造そのものを見直す必要があり、リサーチの役割も変わります。
これらの失敗に共通するのは、事業の競争構造を理解しないまま調査を設計してしまう点です。アドバンテージマトリックスを使えば、こうした失敗を避けられます。
リサーチ実務での具体的な活用方法
調査設計の前に事業タイプを判定する
筆者がプロジェクトを開始する際、まず行うのは事業タイプの判定です。クライアントとのキックオフミーティングで、競争要因と優位性構築の可能性を整理します。
競争要因を洗い出すには、顧客が購入を決める際に何を重視しているかをリストアップします。外食業界では店舗の立地・価格帯・サービスの内容、パソコンではメーカー・価格・CPUやメモリなどのスペックが競争要因となります。要因が5つ以上あれば「多い」、3つ以下なら「少ない」と判断します。
優位性構築の可能性は、規模を拡大したときにコストが下がるかどうかで判断します。大量生産や一括仕入れでコストが大幅に下がるなら「高い」、規模を拡大しても人件費や家賃が比例して増えるなら「低い」と見ます。
この判定を踏まえて、調査の問いを設定します。規模型なら「市場シェア拡大のボトルネックは何か」、特化型なら「ターゲット層の深い課題は何か」、分散型なら「小規模でも差別化できるポイントは何か」といった具合です。
事業タイプ別の調査手法の選び方
特化型事業では、定性調査が有効です。ニッチなセグメントの深い課題を掘り下げるため、デプスインタビューや専門家へのヒアリングを重視します。筆者は医療機器メーカーのプロジェクトで、医師や看護師への深掘りインタビューを実施し、既存製品では解決できていない臨床現場の課題を特定しました。
規模型事業では、定量調査が中心になります。市場全体の認知率、購入意向、ブランドイメージなどを数値で把握し、シェア拡大の障壁を明らかにします。筆者が関わった飲料メーカーのケースでは、非顧客層1000名へのアンケート調査を実施し、「店頭で見かけない」という認知不足が最大の課題であることが分かりました。
分散型事業では、定性と定量を組み合わせます。まずフォーカスグループインタビューで顧客が感じる価値を探り、次に小規模な定量調査で仮説を検証します。規模拡大が難しいため、少数の顧客に深く刺さるポジショニングを見つけることが重要です。
手詰まり型事業では、顧客調査よりも競合分析や業界動向調査が有効なケースが多くあります。筆者は鉄鋼業界のクライアントに対し、顧客ニーズ調査ではなく、新興国市場の参入可能性調査を提案しました。既存市場での差別化が困難なため、事業領域そのものを見直す必要があったからです。
仮説構築と調査票設計への応用
事業タイプが分かれば、調査票の設計も変わります。規模型事業では、認知経路や購入場所、リピート意向といった「量」に関する質問が中心になります。特化型事業では、現在の課題や理想の解決策、専門性への評価といった「質」に関する質問を重視します。
筆者がインタビューフローを作成する際も、事業タイプを意識します。特化型では、ターゲット層の業務フローや意思決定プロセスを深掘りする流れを組み立てます。規模型では、ブランド想起や購入チャネルの選択理由など、市場全体の傾向を把握できる質問を配置します。
調査対象者の選定も事業タイプに応じて変えます。特化型では、ターゲットセグメントに該当する少数の専門家やヘビーユーザーを厳選します。規模型では、市場を代表するサンプルを幅広く集めます。サンプルサイズの考え方も、事業タイプによって異なります。
事業転換を見据えた調査戦略
コンビニ業界のローソンは、規模型事業で最大手のセブンイレブンに対抗するため、「100円ローソン」で低価格帯に特化し、「成城石井」を買収して富裕層に特化する戦略を採り、規模型事業から特化型事業へ転換しました。
このような事業転換を検討する際、リサーチの役割は大きく変わります。筆者が関わったあるプロジェクトでは、分散型事業を展開するカフェチェーンが特化型への転換を目指していました。そのため、調査の焦点を「一般的な顧客満足度」から「特定のライフスタイル層が求める体験価値」へとシフトさせました。
調査では、ターゲット層候補である健康志向の高い30代女性に絞り、彼女たちがカフェに求める価値を深掘りしました。その結果、「オーガニック食材」や「静かな空間」といった要素が重要であることが分かり、店舗コンセプトの転換に活かされました。
分散型事業の外食業界では、小規模事業のままなら事業維持コストを低く抑えやすく、革新的なブランディングに成功すれば特化型事業へ転換できます。一方、セントラルキッチンを持つ大手ファミリーレストランは、規模の経済効果を得られるレベルまで拡大し、規模型事業へ転換を図るチャンスを得られます。
事業転換を見据える場合、現在の事業タイプだけでなく、目指すべき事業タイプを念頭に調査を設計する必要があります。筆者は調査企画書に、現在の事業タイプと目標とする事業タイプを明記し、調査がどの転換シナリオを検証するものかを明確にします。
実践事例:新規事業参入における調査設計
筆者が担当したある消費財メーカーのプロジェクトでは、新規に家電市場への参入を検討していました。家電業界は、大量生産で製造コストを安くすることで他社より優位となる規模型事業の傾向が強い業界です。
このケースでは、まず市場全体の規模とシェア構造を把握するマーケティングリサーチを実施しました。次に、既存プレイヤーのコスト構造や流通チャネルを分析し、新規参入のハードルを定量的に評価しました。顧客ニーズ調査よりも、競合分析と市場参入障壁の評価に重点を置いたのは、規模型事業では規模の経済が成功の鍵だからです。
別のプロジェクトでは、特化型事業を目指すスタートアップ企業の支援を行いました。この企業は、特定の業界向けのSaaSサービスを開発していました。調査では、ターゲット業界の10社に対して深掘りインタビューを実施し、既存ツールでは解決できていない業務課題を特定しました。少数の企業への深い理解が、特化型事業では重要だったからです。
手詰まり型事業からの脱却を図る企業では、顧客調査ではなく、新市場の探索調査を実施しました。既存市場では差別化が困難なため、隣接市場や海外市場での機会を探ることに焦点を当てました。
調査結果の解釈と戦略提言への活かし方
調査が終わった後、結果をどう解釈し、どのような戦略提言につなげるかも、事業タイプによって変わります。
規模型事業では、調査結果から「市場シェアを拡大するボトルネック」を特定することが重要です。認知率が低いなら広告投資を増やし、流通が弱いなら店頭展開を強化します。筆者は調査報告書に、シェア拡大のために優先すべき施策を数値根拠とともに示します。
特化型事業では、「ターゲット層の深い課題と自社の強みの適合度」を分析します。調査で明らかになった課題に対し、自社の技術やノウハウがどう応えられるかを検討します。筆者は発言録から顧客の生の声を抽出し、課題の文脈を丁寧に伝えます。
分散型事業では、「小規模でも差別化できるポジショニング」を提案します。調査結果から、競合が手を出していないニッチな顧客層や独自の価値提供方法を見つけ出します。筆者はデブリーフィングの場で、クライアントと一緒に差別化ポイントを議論します。
手詰まり型事業では、調査結果が「撤退」や「事業転換」の判断材料になることもあります。筆者は事実を淡々と伝え、厳しい現実を直視してもらうことを重視します。
アドバンテージマトリックスを使った調査企画書の書き方
筆者が調査企画書を作成する際、冒頭に事業タイプの整理を記載します。具体的には、競争要因のリストと優位性構築の可能性を図示し、クライアントと認識を合わせます。
次に、事業タイプに応じた調査の問いを明記します。「本調査では、規模型事業における市場シェア拡大のボトルネックを特定することを目的とします」といった形で、調査のゴールを事業特性と結びつけます。
調査手法の選定理由も、事業タイプと紐づけて説明します。「特化型事業であるため、ターゲット層への深掘りインタビューを実施します」といった具合です。これにより、なぜその手法を選んだのかがクライアントに伝わります。
筆者は調査企画書に、事業タイプごとの調査設計のロジックを盛り込むことで、提案の説得力を高めています。アドバンテージマトリックスは、調査の必然性を示すための強力なツールになります。
まとめ
アドバンテージマトリックスは、事業の競争構造を4つのタイプに分類し、それぞれの収益性と規模の関係を整理するフレームワークです。マーケティングリサーチの実務では、調査設計の前に事業タイプを判定することで、何を明らかにすべきか、どのような手法を使うべきかが明確になります。
特化型事業では深い課題を探る定性調査、規模型事業では市場全体を把握する定量調査、分散型事業では差別化ポイントを見つける組み合わせ調査、手詰まり型事業では事業構造そのものを見直す調査が有効です。事業転換を見据える場合、目指すべき事業タイプを念頭に調査を設計する必要があります。
筆者の経験上、アドバンテージマトリックスを使うことで、調査の目的が明確になり、クライアントとの認識のズレが減ります。調査結果の解釈や戦略提言も、事業タイプに応じて変わります。リサーチ実務者にとって、このフレームワークは調査設計と戦略判断をつなぐ橋渡しの役割を果たします。
次回プロジェクトを始める際は、まず事業の競争要因と優位性構築の可能性を整理し、アドバンテージマトリックスで事業タイプを判定してみてください。それだけで、調査の質が大きく変わります。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
