カテゴリーエントリーポイントという概念が広まり、多くの企業が注目していますが、理論を実務に落とし込めず足踏みしているケースが少なくありません。筆者は過去10年以上にわたり数百件のブランド調査とマーケティング施策に携わってきましたが、CEPの活用事例を学ぶことで初めて実践の手応えをつかめた企業を数多く見てきました。
本記事では、実際の成功事例を通じてカテゴリーエントリーポイントをどのように発見し、戦略に落とし込み、成果につなげたのかを解説します。
カテゴリーエントリーポイントとは何か
カテゴリーエントリーポイント(CEP)とは、あるカテゴリーの利用や購入を考え出すきっかけとなる記憶や状況的な手がかりのことです。南オーストラリア大学アレンバーグ・バス研究所のジェニー・ロマニウク教授によって提唱された概念で、ブランド成長の枠組みとして注目されています。
消費者が商品やサービスの購入を考える際に、特定のブランドを思い出す「きっかけ」となる状況や目的のことと言い換えることもできます。たとえば「喉が渇いた」という状況で「コカ・コーラを飲みたい」と想起されれば、そのブランドは「喉の渇き」というCEPと強く結びついている状態です。
重要なのは、単なる「想起率」ではなく、「どんな場面でブランドが思い出されるか」までを問う点にあります。この視点がブランド戦略に大きな転換をもたらしました。
なぜカテゴリーエントリーポイント活用が重要なのか
従来のマーケティングでは、特定のターゲットに絞り込んで態度変容を促す手法が主流でした。しかし近年の実証研究によって、ブランド成長には強い好意の醸成よりも「ライトユーザーを含む広い層への認知拡大」が重要と示されています。
差別化より「間口の広さ」が成長の鍵であり、多くの利用文脈と結びつくブランドほど成長するという法則が明らかになっています。つまり、CEPと結びつきを増やすことがブランド成長の本質だと言えます。
実際の購買行動を観察すると、ブランドが選ばれるかどうかは、その前に「思い出されるかどうか」で決まるという事実が浮かび上がります。検索行動が起きる前に、すでに想起の段階で勝負がついているのです。
カテゴリーエントリーポイント活用でよくある失敗
CEP戦略を導入する際、多くの企業が陥りがちな失敗があります。筆者が支援してきた現場で繰り返し目にしたパターンを挙げていきます。
思い込みでCEPを決めてしまう
CEPを思い込みで決めてしまうリスクは深刻です。企業側が「こういう場面で使われるはずだ」と考えても、実際の消費者の想起と乖離していれば施策は空振りに終わります。定性調査や定量調査を通じた実証的な把握が不可欠です。
CEPと施策が分断される
CEPを特定しても、そこから広告クリエイティブやコンテンツ、店頭展開までが一貫していなければ意味がありません。CEPとクリエイティブ・施策が分断される問題によって、せっかくの知見が現場で活かされないケースが多発しています。
ブランドの軸がぶれる
ターゲットを広げすぎた結果、誰にも刺さらなくなってしまったという失敗も見られます。CEPを増やすことに注力するあまり、ブランドの一貫性を失い専門性が薄れるリスクには注意が必要です。
カテゴリーエントリーポイント活用の実践ステップ
実際にCEPを発見し戦略に落とし込むには、段階的なプロセスが有効です。
ステップ1:使用シーンを明らかにする
顧客がそのカテゴリーの商品・サービスを思い出すシーンを明らかにすることが最初のステップになります。インタビュー調査(グループインタビュー/デプスインタビュー)、カスタマージャーニーマップ、アンケート調査などから把握することができます。
フォーカスグループインタビューやデプスインタビューといった定性調査を活用すれば、消費者が無意識に持っている購買文脈を掘り起こせます。
ステップ2:競合の想起状況を確認する
それぞれの使用シーンにおいて、競合ブランドがどのように想起されているかを確認します。自社と競合のポジション関係を把握することで、どのCEPに勝機があるかが見えてきます。
ステップ3:ポテンシャルを評価する
発見したCEPすべてに投資するのは現実的ではありません。市場規模、競合状況、自社の強みとの整合性などを総合的に評価し、優先順位をつける必要があります。
ステップ4:施策に落とし込む
広告・コピー開発で「シーンを切り取る」、SNSや動画コンテンツで文脈を可視化する、ECサイトやLPで「用途別」訴求を展開、パッケージや店頭POPで「使用シーン」に言及といった具体的な施策展開が求められます。
カテゴリーエントリーポイント活用の成功事例
ここからは実際の企業がCEPをどう活用して成果を生んだのか、具体的な事例を見ていきます。
事例1:ポカリスエット──新たなCEPの開拓
ポカリスエットを連想するのは、「スポーツ中」「風邪をひいた時」などが一般的には多い状況です。ポカリスエットというブランドが、飲料水というカテゴリーにおける「スポーツ中」「風邪をひいた時」という利用文脈、いわゆるCEPの獲得に成功していると評価されます。
従来のスポーツ飲料は運動後の水分補給がメインでしたが、ポカリスエットは体調不良時という新たなCEPを開拓しました。この戦略によって利用シーンを拡張し、カテゴリー内での圧倒的な存在感を確立しています。
事例2:マクドナルド「ハッピーセット」──親の心理と結びつく
マクドナルド「ハッピーセット」が親の心を動かす理由として、CEPの設計が挙げられます。子どもの外食という状況だけでなく、「子どもに楽しい体験をさせたい」という親の感情とも結びついたCEPを構築しました。
おもちゃの付属という施策も、単なる付加価値ではなくCEPとブランドを強固に結びつける装置として機能しています。
事例3:ガリガリ君──特定シーンでの圧倒的想起
ガリガリ君の場合、シェアに比べて純粋想起率が高く、存在感を示しています。特に「暑い日に暑さを紛らわせようとする時」というCEPで圧倒的な存在感を示しています。
この事例は、特定のCEPで競合を圧倒することがブランド成長につながることを示しています。
事例4:牛乳石鹸「赤箱」──ロングセラーブランドの再成長
長年にわたり世の中から支持されてきたロングセラーブランドですが、歴史あるがゆえの悩みも多い状況がありました。「ファンを大事にする」VS.「新顧客を獲得する」という葛藤を抱えていたのです。
CEP診断を実施した結果、「お風呂上りに何かを飲んだり食べたりする時」というシーンでは、どのブランドの数値も20%前後で並んでおり、突出して高いブランドがまだ存在していないことが判明しました。
この未開拓のCEPに投資することで、既存ファンを失わずに新規顧客を獲得する道筋が見えました。
事例5:あるインクジェットプリンター──成熟市場での差別化
インクジェットプリンター市場はすでに成熟し、コモディティ化が進んでいます。加えてキヤノンとエプソンの2大ブランドが市場の大部分を占めています。
この状況で、特にビジネス用途での購入が多い対象ブランドについてCEP調査を実施しました。その結果、「在宅ワークで急ぎの資料を印刷したい時」という新たなCEPを発見し、そこに訴求を集中させることで認知と購買意向を高めることに成功しています。
カテゴリーエントリーポイント活用を成功させるコツ
事例から学べる成功のポイントをまとめます。
複数のCEPを計画的に押さえる
ブランドと結びついているCEPや属性の数とブランド成長の間には強い関連があり、シェアの大きなブランドほど結びついているCEPの数が多いことが研究で確認されています。単一ではなく複数のCEPを戦略的に獲得することが重要です。
CEPを広告から商品開発まで一貫させる
単なる機能やスペックではなく、「どんなときに使いたくなるか」を描くことで、より感情に訴えるクリエイティブが可能になります。CEPの視点をカスタマージャーニー全体に組み込むことで一貫性が生まれます。
定量化して競合比較する
各CEPにおける想起率や市場規模を定量調査で測定し、競合との比較を行うことで戦略の優先順位が明確になります。感覚ではなくデータで判断する姿勢が成果を左右します。
ライトユーザーの文脈を重視する
未顧客〈ライト・ノンユーザー〉ほど、CEPで最初に連想した商品を選ぶ傾向があり、ブランドスイッチも少ないという知見があります。ヘビーユーザーだけでなくライト層が持つCEPを把握することが顧客基盤拡大につながります。
まとめ
カテゴリーエントリーポイントの活用事例を通じて、理論を実務に落とし込む道筋が見えてきました。ポカリスエットやマクドナルドのように新たなCEPを開拓する戦略、ガリガリ君のように特定CEPで圧倒する戦略、牛乳石鹸「赤箱」のように未開拓CEPを発見して再成長を果たす戦略など、多様なアプローチが存在します。
成功の共通点は、思い込みではなく調査に基づいてCEPを発見し、それを広告から商品開発まで一貫して実装し、定量的に効果を測定している点です。インタビュー調査とアンケート調査を組み合わせ、デブリーフィングで知見を深めながら実践することで、CEPは単なる概念ではなく実務で機能する強力な武器になります。
自社ブランドがどんな場面で想起されるべきか、その設計こそが今後のマーケティングを左右します。
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