前回の復習
前回は、顧客理解の難しさの原因についてお話ししました。
顧客理解に関するトレーニングが不全になりがちなことに加え、そもそも人間は他者理解が好きではない側面がある。
理解とは「自分の中にリアリティある相手の人格を持つ」こと、「自分の中に、その人格を住まわせること」。だから、自分にとって縁が遠い人、よく知らない人や、まして苦手な人についてそうすることは、苦痛が伴う。
こう考えると、他者理解の延長線上にある顧客理解が困難なのは、むしろ人として自然なことと思えてきます。顧客理解に積極的な人のほうが珍しいのです。
ただ、「顧客理解の組織浸透はやっぱり無理なのか…」と、諦めるのはまだ早い。世の中には顧客理解に秀でた組織もしっかり存在します。
そこで、この難しさを克服するための打ち手について話していきましょう。
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顧客理解が得意だった上司
思い出深い上司は何人もいますが、その中のひとり、マーケティングやリサーチ、顧客理解にまつわるエピソードに事欠かない方についてお話しします。
仮にTさんといたしますが、本当に面白い人でした。
「君たちリサーチ部門の存在意義には、社内に議論を引き起こすこともある」と言って、わざと過激な考察を書かせるよう指示したり(嫌々書いた私の後輩のところに速攻で関係部門の部長から連絡がきて、不謹慎ですが笑ってしまいました)、エビデンスのないことに「あなたの感覚でいいから数字を出しなさい」と私に言ってきて、逃げ場のない状況になり慌ててエビデンスを後づけで考えなければならなくなるなど、思い出せるエピソードには枚挙に暇がありません。
なんと言いますか、愉快さ8割怒り2割を常に心の中に同居させながら働かせてくれる人でした。Tさんと関わる仕事では、いつも半笑いで「あーもう!しょうがない!」と叫びたい気分でいた記憶があります。
そのTさんにリサーチ結果の報告をすると、必ず以下の問答が発生するのです。
「あなたの言っているこの顧客像、プロフィールや行動を見ると、F県に住んでいる親戚のおじさんに思い当たる人がいる。」
「でも、おじさんはこんなニーズやインサイトは持っていないよ。」
「むしろ、◯◯と思っている気がする。」
当時は「いやいや、あなた個人のn=1当てはめられても…」と思うこともありましたが(未熟でした)、これこそが顧客理解の姿であること、前回までお読みの方なら気付かれたと思います。
自分の中にリアリティある顧客像を持ち、主人格と内なる対話をしていますよね。その対話の内容を私に共有してくれているのです。
他者理解、顧客理解の楽しさを思い出す
思い出すのは、こういう話をするときのTさんの実に楽しそうな声と顔です。
他者理解、顧客理解は難しいですが、達成すれば楽しいものなのですよね。
- よくわからなかったことが腹に落ちて「そういうことだったのか!」となる快感
- 相手に対して急に覚えるようになる親近感、仲間意識
- 「自分を理解してくれている」と相手から向けられる感謝やリスペクト
皆さんも、覚えがありませんか?
状況により様々ですが、他者理解に関する洞察が機能したときには次々とポジティブな気持ちが沸いてきます。
Tさんはリサーチ報告を受けるときに、顧客理解が進むことで感じられるポジティブな気持ちの「期待」を、リアルに持ち合わせていたのではないか。そんな気がします。
それが、Tさんにとって顧客理解に取り組むモチベーションになっていたのかもしれません。
であれば、あなたが顧客理解を組織に浸透させるためにやれることのひとつは、その楽しさを思い出させてあげることです。
例えば調査報告会は、調査結果を情報として共有する会ではなく、聞いている人(特に意思決定者)が顧客に関して洞察を深めるための会と位置付けてはどうでしょうか。
つまり、聞いている人が自分の「引き出し」の中を振り返り、ああ覚えがあるなあと感じられる会にするということです。会の進行も報告書の内容も、そこに最適化させていく。
その意味では「報告会」ではなく「考察会」「洞察会」と表現した方が実態を表しているかもしれません。「理解」の楽しさを思い出し、再体験してもらうための会ですから。
実際、私もこのような考えに基づいて、報告会や報告書をチューニングしています。
カウントしたわけではないのですが、そうした後、聞いている人たちが笑顔になる…特に苦笑いを漏らす回数は格段に増えました。仮に耳の痛い話だったとしても、「覚えがあるなあ」と感じてもらえたからだと思っています。
もちろん、このやり方は万能ではありません。最低限の信頼関係がある場でしか機能しません。
もともとマーケティングリサーチに懐疑的な人や、私という個人に対して強い警戒心を持っている人は、「洞察会」には乗ってきませんでした。
考えてみれば当然で、洞察とは自分の経験や価値観の大事なところを開陳することです。警戒する人がいるところで、そんなことができるわけありませんよね。
結局、そのときはまるでうまく行きませんでした。
我々マーケティングリサーチャーは、顧客の声をバックに、時として意思決定者に耳の痛いことを言わなければならない役割を負っています。
それゆえに正義感に引っ張られやすい。
しかし、だからこそ、意思決定に関わる方々と良好な関係性を築いておく必要があります。
長期的な視点で信頼残高を積み重ね、その上で初めて「一緒に考える」段階に進めるのです。
私自身も、「売り手目線の発想ばかりで、全然顧客目線に立っていない!」という怒りが先に立ってしまい、この順序を誤った経験があります。深く反省しています…。
あなたはマーケティングリサーチャーではないかもしれませんが、決してこの現実を無視してはいけません。
一発の報告会で何もかもうまくいくほど組織が甘くないことは、あなたもよくご存知のことと思います。
「役に立つ」へのブリッジ
「楽しい」だけでは、組織は顧客理解のためにヒトモノカネを使おうとはなりません。ビジネスですから。
そこでもう一押しが必要になります。「顧客理解は楽しいし、役に立つ」と思ってもらうことです。
余談ですが、私は人を動かす要素を雑にふたつにまとめると「楽しい」と「役に立つ」だと思っています。このふたつが揃うことで強力な駆動力を発揮します。
なお、どちらが優先かといえば「楽しい」です。
「つまらないですが役に立つからやりましょう」と言っても、なかなか人間は動きづらいからです。
この「役に立つ」感覚を持ってもらうために、私は顧客に関して、様々な意思決定者が持っている仮説を拾いまくりました。
そのような仮説は往々にしてエビデンスがなく、中には思いつきに思えるものもありました。しかしそれらの存在をまず全肯定しました。第四回でお伝えした通り、「主観に基づいて発言すること」と「その発言内容を精査すること」は分けて考えるのです。
その中で、特に筋が良さそうな仮説を検証する目的で、調査企画を立案しました。エビデンスを獲得するのです。
その結果を「洞察会」の形で報告すると、その意思決定者は「やっぱり自分の思っていた通りじゃないか」「顧客理解は楽しい上に役に立つのだな」という実感を持ちやすくなります。
ゴマすりに見えるかもしれませんが、別に意思決定を歪めるわけではありません。顧客理解を組織全体に浸透させるためと割り切って進めました。
そして、エビデンスが得られた仮説は精緻なものに進化します。精緻な仮説に基づいた打ち手は、成功確率が上がります。成功した打ち手のベースに顧客理解があったことを、組織全体で共有するようになります。その意思決定者も大いに面目を施します。
こうして、組織全体が「顧客理解は役に立つ」という実感を持つようになっていきました。
もちろん、こんなに上手く行ったケースばかりではありません。他のやり方もあるかもしれませんが、私があなたに伝えられる数少ないやり方と受け止めてくれると嬉しいです。
顧客理解のプロ「キャリアアドバイザー」
最後に、顧客理解をビジネスに結びつけているわかりやすい例を挙げます。
転職サービス、人材紹介のキャリアアドバイザーです。
キャリアアドバイザーとは、転職希望者と面談し、転職候補の企業を紹介する役割の職業人です。
私が人材紹介会社にいたとき、キャリアアドバイザーにインタビューしたり、キャリアカウンセリング(転職希望者との面談と転職先紹介)に同席させてもらったことがあります。
特に好成績を挙げている方に特徴的だったのが、膨大な経験に基づいた顧客の類型をいくつか内在させていることです。ペルソナと言い換えてもいいかもしれません。
キャリアアドバイザーは、相手の人物像や、働くことに関する価値観、働く中で実現していきたいことなどについて、常にその類型に基づいた仮説を持って面談しています。少なくとも、私にはそう見えました。
事前に提出された履歴書や職務経歴書、メールに記載された内容なども含めた相手の情報から
「この人は顧客の類型に照らし合わせると、こういう価値観を持っていそう」
「だとしたら、合っている転職先は…」
などの仮説を持ち、実際の面談で対話しながら修正していくイメージです。
そのような面談で起きる特徴的なこととして、転職希望者が大切にしているが言語化できない「思い」を、キャリアアドバイザーがスラスラと語ることがあります。
それを聞いた転職希望者が「そう!その通り!」と嬉しそうな、そしてすっきりした顔つきで返事をし、キャリアアドバイザーを自分の理解者として全幅の信頼を寄せることにつながります。
この現場は、何度見ても「すごいな…」と思ったものです。
当然、このようなプロセスを経た転職希望者は、強力なプロの理解者を得た感覚を持ち、実際の転職に踏み出しやすくなります。
人材紹介会社は、転職が成立した場合に、その転職者の年収に応じた一定割合を売上として受け取る事業形態をとっています。転職希望者が転職を躊躇してしまっては、売上になりません。
つまり、転職候補者が転職に踏み出しやすくなるということは、その会社の業績にプラス影響を与えるということです。キャリアアドバイザーの顧客理解力が、事業の業績にそのまま結びついてきます(もちろん、これだけで業績のすべては説明できません。必要条件のひとつとして考えてください)。
この事例をひとつの参考に、ぜひ考えてみてください。
顧客理解力が業績に結びつく構造を、あなたのビジネスでどう実現するか。
イニシアチブは「理解される側」が持つ
なお、ここで大事なことを一点。
ご覧いただいた通り、他者理解、顧客理解は「理解される側」がイニシアチブを持ちます。
顧客理解が成功したことは、理解の対象者が寄せるあなたへの信頼を感じ取って実感するものです。決して「自分はその人を理解している」と勝手な独りよがりに陥ってはなりません。
理解の対象者の反応から、おそるおそる「理解できているかも…」と感じるぐらいに慎重であってもよいと思います。
おわりに
「顧客理解の『問い直し』から始めよう」は以上となります。
あなたにとって楽しく、そして役に立つ内容だったとしたら、とても嬉しく思います。
人としての本能に抗い、顧客理解にチャレンジし続けるあなたは、他の方と差別化された能力を身につけようとしています。
そして、お気づきかもしれませんが、「理解」は人間にしかできません。
生成AIは使うべき強力なツールですが、自分のかわりに「理解」はしてくれません。
あなた自身、そしてあなたの組織に顧客理解が浸透することは、これからのビジネス環境でも、普遍的かつ強力な武器になると思います。
これからも顧客理解力を強化し、組織の浸透を目指してみてください。必ずあなたのためになるはずです。
心から応援しています。
個人として顧客理解力を高めるメソッドについて、後日お伝えできればと思っています。
あわせて読みたい:顧客理解の「問い直し」から始めよう①から読む
あわせて読みたい:「本当のペルソナ」の作り方
あわせて読みたい:マーケティングリサーチを活用して調査会社を再建する話
リサートに顧客理解のリサーチの相談をしませんか?
この記事の監修者

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
この記事を書いた人
山本 寛 | マーケティング・リサーチャー
リサート所属。1975年生まれ。新卒入社の株式会社オリエンタルランドで2009年よりマーケティングリサーチャーのキャリアを歩み始める。その後、人材紹介のパーソルキャリア株式会社、株式会社ディー・エヌ・エーにリサーチャーの専門職として在籍。また、2020年から個人としても複数社を支援中。2025年より桜美林大学非常勤講師。事業会社側のリサーチャーとして、アンケート調査・インタビュー調査・観察調査など複数の手法を組み合わせて顧客インサイトを見出している。








