アンケートは回答者を裏切る
新商品の企画会議で、こんな経験はありませんか。アンケート調査では8割が「購入したい」と回答していたのに、実際に発売すると売れ行きは期待を大きく下回る。顧客ヒアリングで「使いやすい」と好評だった機能が、市場では全く刺さらない。マーケティングリサーチの現場では、このような「アンケート結果と現実のズレ」が日常的に起きています。
筆者が数百件のインタビュー調査に立ち会ってきた経験から言えば、アンケートやヒアリングで得られる回答の大半は、回答者の本音ではありません。人は質問されると、無意識に「社会的に望ましい答え」「質問者が期待していそうな答え」を選んでしまうからです。
この問題を正面から取り組み、独自の理論として体系化したのが、梅澤伸嘉博士です。ジョンソン在籍時に「カビキラー」や「ジャバ」など数々のロングセラー商品を開発し、30年以上にわたり市場創造型商品開発の理論を研究してきました。
本記事では、新市場に先発参入した商品の2つに1つが10年経ってもナンバーワンを保っているという圧倒的な成功率を誇る梅澤理論の核心である「未充足ニーズ」の考え方を通じて、なぜアンケートは本音を捉えられないのか、そして言葉にならない消費者の欲求をどう把握すべきかを解説します。
本音と建前のメカニズム
そもそも、なぜ人はアンケートで本音を語らないのでしょうか。心理学的には、人は集団で日常生活をする以上、周囲との関係は良好に保ちたいという欲求があるため、対応や発言に気を配ることが知られています。これは「ポジティブ・ポライトネス」と呼ばれ、相手に良く思われようと意見を合わせてしまう現象です。
ハーバード大学名誉教授のジェラルド・ザルトマン氏は、人間の意識は顕在意識が5%、無意識が95%であり、購買行動を決定づける思考プロセスのほとんどは無意識の領域で起きると述べています。つまり、消費者自身も自分が本当に何を求めているのか、明確に言語化できていないのです。
筆者がよく目にする典型例は、就職説明会でのアンケートです。参加者にしてみれば、どこに選考の要素が含まれているかわからないため、仮に悪くても悪いとは言わないという状況が発生します。評価が高くても母集団が形成できないのは、回答が建前で埋め尽くされているからに他なりません。
社内アンケートでも同様です。ネガティブな意見が出ると、特に社長はメンツをつぶされる気持ちになることが多いため、組織立てて犯人探しをしてしまうことがよくあるため、従業員は本音を出せなくなります。この構造は、消費者調査でも全く同じです。
梅澤理論が切り拓いた「未充足ニーズ」の発見法
梅澤伸嘉博士は、アンケートでは捉えられない消費者の本音を体系的に掘り起こす手法を開発しました。その中核が「CAS理論」と「キーニーズ法」です。
CASはConcept Assessment Studyの略で、生活ニーズと行動から問題を見つけ出して未充足ニーズを探索する手法であり、「Q1(生活ニーズ)→Q2(そのニーズを満たすための行動)→But(その行動における問題)」という構造で分析します。
たとえば梅澤博士がサンスター時代に開発したトニックシャンプーは、「Q1:頭を洗いたい→Q2:女性用シャンプーや石鹸で頭を洗う→But:気分まではスッキリしない」という問題を発見し、「気分もスッキリ頭を洗いたい」という強い未充足ニーズを見出して、当時は存在しなかった男性用シャンプーという新市場を誕生させました。
重要なのは、消費者に「男性用シャンプーが欲しいですか」と直接尋ねても、この答えは得られないという点です。なぜなら当時、男性用シャンプーという概念自体が存在しなかったからです。梅澤理論は、消費者ニーズを正確に理解する方法として、言葉にならない生活上の問題から未充足ニーズを逆算的に導き出す仕組みを持っています。
「聞く調査」から「観察する調査」へ
梅澤理論のもう一つの特徴は、「聞く」だけでなく「観察する」ことを重視している点です。梅澤伸嘉がジョンソン時代に、自らグループインタビューを企画、司会、分析、社内報告していた時のノウハウを結集させ、MIP開発を目指す企業がグループインタビュー(定性調査)を内製化できるようにシステマティックに進化させたのが「S-GDI(システマティック・グループ・ダイナミック・インタビュー法)」です。
この手法の肝は、回答者の発言そのものではなく、発言の背後にある生活文脈や行動パターンに注目することにあります。「ネットは便利だ。便利なネットでは提供できない価値が店舗にはある」と考えた関係者に対し、実際のユーザーは「ネットは不便。ネットが不便なので店舗に来ている」と考えていたという旅行代理店の事例が示すように、会議室で想定したニーズと現場の本音は180度異なることがあります。
筆者自身、インタビュー調査で「この商品は使いやすいですか」と尋ねた際、「はい、使いやすいです」と答えた直後に、実際に使ってもらうと何度も操作に迷う様子を目撃したことがあります。本音では使いにくいと思っていても、開発者を目の前にするとついつい建前を述べてしまうのです。
だからこそ、定性調査では、回答者の発言だけでなく、表情や仕草、実際の行動を丁寧に観察することが不可欠になります。
アンケート調査に潜む3つのバイアス
アンケートが本音を捉えられない構造的な問題を、バイアスの観点から整理します。
社会的望ましさバイアス
人間には、「自分は良い人間だと思われたい」という心理がある。従いまして、この心理を刺激するような質問はなかなか本音が出てこないのが「社会的望ましさバイアス」です。たとえば「あなたはネット上で誹謗中傷のコメントをしたことがありますか」という質問に対し、本当はあるのに「ない」と答えてしまう人が多くなります。
商品開発の文脈でも、「環境に配慮した商品を選びますか」という質問には多くの人が「はい」と答えますが、実際の購買行動では価格や利便性を優先することが大半です。この乖離こそが、調査バイアスの典型例です。
質問者への忖度バイアス
質問者側のブランド名が記載されていると、そのブランドに対する不満などが書きづらくなるというバイアスも見逃せません。自社製品に対する評価を自社名を明かして調査すると、回答者は企業への配慮から肯定的な意見に偏ります。
さらにアンケート調査を誰が実施しているのか回答者が知っていると、結果に影響が出る可能性が高いため、調査主体を匿名にするなどの設計上の工夫が必要になります。
言語化できないバイアス
「感覚」や「イメージ」で物事を捉えており「感じていることを言葉にできない」状態も、アンケートが本音を捉えられない大きな理由です。女性の「かわいい」という感覚は確かに存在するものの、「どんな風に」と言語化を求められても答えられないことが典型例です。
人間が言語化できる領域はわずかだと言われ、生活者の行動の95%は、無意識のうちに起こっているため、アンケートの質問文という「言語」だけで本音を引き出すことには根本的な限界があります。
梅澤理論の核心「商品コンセプト公式」
梅澤理論がなぜ高確率で成功商品を生み出せるのか。その秘密は「商品コンセプト公式」にあります。
梅澤先生は、商品コンセプトを、「お客様が買う前に欲しいと思わせる力」と定義して、それを表現する公式を作り上げたのです。企業の多くは自分たちの思いや理念を表現しがちですが、梅澤理論では徹底的に消費者起点でコンセプトを構築します。
さらにC/Pバランス理論では、コンセプト(C)は「ものを買う前、体験する前に欲しいと思わせる力」、パフォーマンス(P)は「買った後、買ってよかったと思わせる力」と定義され、CとPがともに高ければ成功商品になるとされています。
このCとPを発売前に測定できれば、成功確率は飛躍的に高まります。従来のアンケート調査では「買いたいですか」という表面的な質問に終始しますが、梅澤理論では「買う前の期待」と「買った後の満足」という時間軸を持った構造で消費者心理を捉えます。
筆者がこの理論で特に優れていると感じるのは、「未充足の強いディファレントDOニーズ」に対してそれを実現する「アイデア発想技法」を別に持っており、「商品コンセプト」としてアウトプットできるという後工程を持っている点です。ニーズを発見するだけでなく、それを商品化する道筋まで示しているのが、他の理論との決定的な違いです。
定量調査と定性調査の正しい使い分け
では、梅澤理論を実務に活かすには、どのような調査設計が必要でしょうか。
まず理解すべきは、定量調査と定性調査の役割の違いです。アンケートなどの定量調査は、仮説を検証し数値で裏付けるために使います。一方、インタビューや行動観察などの定性調査は、仮説そのものを構築するために使います。
「40人にインタビューをして得られた本音」と、「70%はバイアスがかかっている1,000枚のアンケート」、どちらからファクトを集めると成功確率が高まるかを考えることが第一歩です。人数の多さよりも、本音の深さが重要になる局面は確実に存在します。
梅澤理論の実践においては、まずCAS理論を用いたデプスインタビューやフォーカスグループインタビューで未充足ニーズを発見し、その後、発見したニーズが市場全体でどの程度のボリュームがあるかを定量調査で確認する、という順序が効果的です。
筆者の経験では、調査票の作り方段階で、「この質問は本音を引き出せるか」「バイアスが働かないか」を徹底的に吟味することが不可欠です。質問文一つで、得られる回答の質は劇的に変わります。
言葉にならない本音を捉える3つの実践手法
梅澤理論を参考にしながら、筆者が実務で活用している「言葉にならない本音」を捉える手法を3つ紹介します。
生活文脈の再現
日々の日常生活では自覚しているものの、インタビュールームでは「思い出せない」状態の時は、普段の生活の様子や態度、実際に使っている動作や反応を現場で観察させてもらうことが有効です。エスノグラフィー調査として知られる手法ですが、消費者の自宅や職場など実際の使用環境で観察することで、本人も気づいていない行動パターンが見えてきます。
投影法の活用
直接的な言語化は難しくても、連想や比喩で表現できるため、本質的な感情や心理を特定できるのが投影法です。写真やビジュアルを用いて「この商品に近いイメージは」と尋ねることで、言葉では表現しにくい感覚を引き出せます。筆者は、ブランドイメージ調査で複数の風景写真を提示し、「このブランドはどの風景に近いですか」と聞くことで、定性的なブランド理解を深めることがあります。
行動と発言の矛盾に着目
「痩せたい」と言いながらポテトを食べている集団にスポーツジムを紹介しても、絶対に入会しない。本当に痩せたいと思っているなら、ポテトなんて食べているわけがないという指摘は本質を突いています。発言と行動が矛盾している部分にこそ、本音が隠れています。インタビューフローを設計する際は、発言を聞くだけでなく、実際に商品を触ってもらう、使ってもらうといった行動観察の時間を必ず組み込むべきです。
ケーススタディ:梅澤理論が生んだ成功事例
梅澤理論の実践例として、日清食品の「カップヌードル・リッチ」が挙げられます。従来のシニア向け食品は「体に良い」がテーマの健康志向でしたが、調査によって、実際の食生活では揚げ物といった贅沢な食事を取っている層の存在がわかり、これを「リッチ」という言葉で捉え直し、「フカヒレスープ味」や「すっぽん味」を展開してシニア層に受け入れられたのです。
アンケートで「シニア向けにどんな商品が欲しいですか」と聞いても、「健康的なもの」という建前の回答しか得られなかったでしょう。しかし実際の食生活を観察し、行動から逆算することで、「たまには贅沢したい」という言葉にならない本音を捉えたのです。
また、お米でパンが作れる「GOPAN」の開発者で元三洋電機執行役員の竹内創成さんは長年、梅澤理論を学び、その手法によって「GOPAN」を開発し、発売当初、商品を発表しただけで問い合わせが殺到する大ヒット商品となった事例も、単なる製品改良ではなく消費者ニーズに基づいた開発の成果です。
これらの事例に共通するのは、「消費者に聞いたこと」ではなく「消費者の生活から読み取ったこと」を起点に商品を開発している点です。
アンケート結果を正しく読み解く視点
では、アンケート調査が全く無意味かというと、そうではありません。重要なのは、アンケート結果を「そのまま信じない」ことです。
そのデータが意味あるデータなのか、偏りが含まれるデータなのか、外れ値として排除すべきデータは含まれるのか、情報ソースの精度の高さはどうか、そういった内容を吟味するのも、分析担当の役割になります。筆者は、アンケート結果を見る際、必ず「この回答は建前ではないか」「本音と乖離していないか」という批判的視点を持つようにしています。
特に、全ての項目で満点評価が並ぶような結果は要注意です。すべての調査で満点評価を受ける部門長が現実として組織にいるのかを考えれば、その結果が建前に偏っている可能性を疑うべきです。
また、サンプルサイズの大きさだけに注目するのではなく、回答の質を見極める目が必要です。1000人のバイアスがかかった回答よりも、40人の本音を聞いた方が、実務的には有益なことが多々あります。
調査設計で押さえるべき5つのポイント
梅澤理論の考え方を踏まえ、本音を引き出す調査設計のポイントを整理します。
第一に、質問文は「行動」を聞く形にします。「どう思いますか」ではなく「どう行動しましたか」と過去の事実を聞くことで、建前が入り込む余地を減らせます。
第二に、調査主体を匿名にするか、第三者機関を通じて実施します。自社名を出すと回答が忖度に偏るため、調査の目的から設計方法まで、バイアス排除を意識した設計が必要です。
第三に、定量調査の前に必ず定性調査を実施します。仮説なき定量調査は、的外れな質問項目を並べるだけに終わります。
第四に、質問だけでなく観察を組み合わせます。インタビュールームでの発言と、実際の行動を比較することで、本音と建前のギャップを可視化できます。
第五に、デブリーフィングで調査結果を多角的に解釈します。回答をそのまま受け取るのではなく、なぜそう答えたのか、背景にある心理は何かを深掘りする時間を確保すべきです。
まとめ
アンケート調査が本音を捉えられない理由は、人間が持つ社会的望ましさバイアス、質問者への忖度、そして言語化できない無意識の欲求という3つの構造的な問題に起因します。梅澤伸嘉博士が体系化した未充足ニーズ理論とCAS理論は、この問題に正面から取り組み、消費者の生活行動から逆算的に本音を導き出す手法を提供しています。
重要なのは、「消費者に聞く」から「消費者を観察する」へ、「発言を信じる」から「行動から読み解く」へと、調査設計の発想を転換することです。定量調査と定性調査を適切に組み合わせ、バイアスを排除した設計を行うことで、言葉にならない本音に近づくことができます。
筆者の実務経験からも、梅澤理論の考え方は極めて実践的です。アンケート結果を鵜呑みにせず、その裏にある生活文脈や行動パターンまで踏み込んで分析することで、真に消費者が求める商品やサービスの開発が可能になります。マーケティングリサーチに携わる方は、ぜひ一度、自社の調査設計を梅澤理論の視点で見直してみることをお勧めします。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。

