マーケティングの現場で目にする「STPD」の正体
筆者は長年リサーチ業界に身を置く中で、企業のマーケターから「STPD」という言葉を聞く機会が増えました。しかし調べてみると、この言葉には実は2つの異なる概念が存在します。ひとつは、定性調査や定量調査といったマーケティングリサーチ全般を指す文脈で語られるSee・Think・Plan・Doというマネジメント手法。もうひとつは、Segmentation・Targeting・Positioning・Differentiationという、STP分析にDifferentiationを加えた戦略フレームワークです。
本稿では前者、つまり「現状を見て、考え、計画し、実行する」というマネジメントサイクルとしてのSTPDを中心に解説します。そして、この遂行にマーケティングリサーチがどのように貢献するのか、実務者の視点で掘り下げていきます。
STPDとは何か――4つのステップで理解する
STPDは、ソニーの元常務取締役であった小林茂氏が提唱したとされるマネジメント手法です。See・Think・Plan・Doという4つの頭文字から成り、それぞれが明確な役割を持ちます。
Seeは「事実を見る」段階です。先入観を排し、現場の状況やデータをありのままに観察します。Thinkでは、Seeで得た情報を分析し、そこから課題や因果関係を読み解きます。Planは、Thinkで整理した内容をもとに具体的な行動計画を策定する工程です。そしてDoで、その計画を実行に移します。
このサイクルの最大の特徴は、計画の前に「見る」と「考える」という2つのステップを明示的に置いている点にあります。PDCAサイクルがPlanから始まるのに対し、STPDは観察と思考を起点とします。これにより、現場の実態に即した精度の高い計画を短期間で立案できるとされています。
PDCAとの違い――なぜ今STPDが注目されるのか
PDCAサイクルは長らく業務改善の定番手法でした。しかし近年、その限界も指摘されています。Planから始まるPDCAは、すでに課題がある程度明確になっている状況を前提とします。目標数値が設定でき、改善の方向性が見えている場合には有効です。
一方でSTPDは、まだ課題が顕在化していない段階や、新規事業の立ち上げなど、何が問題なのかを探る必要がある場面に適しています。先入観を持たずに現状を観察するSeeのプロセスが、思い込みから解放された発見をもたらします。
加えて、STPDはPDCAよりもサイクルを小さく早く回せます。客観的なデータに基づいて計画を立てるため、勘や経験に頼る時間が減り、DoへのスピードがPDCAより速いのです。変化の激しい市場環境では、この俊敏性が競争優位につながります。
マーケティング戦略とSTPD――実務における位置づけ
ここで混同されやすいのが、STP分析とSTPDの違いです。STP分析は、フィリップ・コトラーが提唱したSegmentation・Targeting・Positioningという戦略フレームワークを指します。市場を細分化し、狙うべき顧客層を定め、競合との差別化を図る。マーケティング戦略の基本中の基本です。
STPDはこうした戦略の「遂行プロセス」を支える手法です。たとえばSTP分析でターゲット市場を定めたとしても、そのターゲットが実際にどのような課題を抱えているのか、どんな価値を求めているのかは、現場を見なければわかりません。STPDのSeeとThinkが、戦略を実行可能な施策に落とし込むための土台を作ります。
つまり、STP分析は「どこで戦うか」を決める戦略思考であり、STPDは「どうやって戦うか」を実行する運用思考です。両者は相互に補完し合う関係にあります。
STPDの各ステップとリサーチの役割
See――現状を客観的に把握する
Seeのステップでは、先入観を持たずに事実を収集します。ここで威力を発揮するのがエスノグラフィー調査やデプスインタビューといった定性調査です。顧客の行動や発言をそのまま記録し、現場の生の声を拾い上げます。
たとえば新商品の販売が伸び悩んでいる場合、想定していたターゲット層とは異なる顧客が購入しているケースがあります。この「想定外の事実」をバイアスなく捉えることが、Seeの本質です。フォーカスグループインタビューを実施し、実際の利用者に話を聞くことで、企画段階では気づかなかった利用シーンや評価軸が浮かび上がります。
Think――データから因果関係を読み解く
Thinkでは、Seeで得た情報を分析し、なぜその現象が起きているのかを考察します。ここでは定量調査が補完的な役割を果たします。定性調査で見えてきた仮説を、アンケート調査で検証するのです。
たとえば「若年層が購入しているのは、SNS映えを意識しているからではないか」という仮説が立ったとします。この仮説をアンケート調査で数値化し、どの程度の割合の人がその動機を持っているのかを確認します。サンプルサイズを適切に設計することで、統計的に信頼できるデータが得られます。
このように、定性と定量を組み合わせることで、単なる観察ではなく、構造的な理解が可能になります。デブリーフィングの場で調査チーム全体が発見を共有し、多角的に考察を深めることも重要です。
Plan――仮説に基づいた実行計画を立てる
Planでは、ThinkまでのプロセスでBlueした課題と仮説をもとに、具体的な施策を設計します。ここで役立つのがペルソナやカスタマージャーニーといったツールです。リサーチで得た顧客の実像を、施策に落とし込むための共通言語として機能させます。
STPDの強みは、計画の精度が高いことです。勘ではなく、客観的なデータに基づいて計画を立てるため、関係者間での合意形成もスムーズになります。調査票の作り方ひとつをとっても、事前に仮説が明確であれば、必要な情報を的確に取得できます。
Do――実行と次のサイクルへ
Doは計画の実行段階ですが、STPDにはPDCAのCheckやActionに相当するプロセスが明示されていません。これはSTPDの弱点とも言えますが、実務では次のSeeに繋げることで補完します。施策を実行した後の顧客の反応を再び観察し、新たなサイクルを回すのです。
この継続的なサイクルこそが、STPDの真骨頂です。小さく早く回すことで、市場の変化に柔軟に対応できます。インタビュー調査を定期的に実施し、顧客の声を拾い続けることが、施策の精度を高めます。
STPDの実務での活用シーン
STPDが特に効果を発揮するのは、以下のような場面です。
新規事業の立ち上げでは、市場がどこに存在するのか、顧客が誰なのかすら不明確なことがあります。こうした状況で、いきなり計画を立てるのは危険です。まずは行動観察やN1分析を通じて、顧客の実態を丁寧に把握します。
既存事業の改善においても、売上が低迷している原因が不明なケースでSTPDは有効です。顧客理解を再定義し、何が起きているのかを観察することから始めます。筆者が関わった事例では、定性調査を活用した事業再生によって、赤字企業が黒字転換したケースもあります。
また、デジタルマーケティングの現場でも、STPDは注目されています。アクセスログを個別ユーザー単位で観察し、行動の理由を考察することで、施策の精度を高めるアプローチです。
STPDを成功させるための留意点
STPDは万能ではありません。まず、Seeの段階で調査バイアスが混入すれば、その後の全てのステップが狂います。観察者が無意識に持つ先入観を排除するため、複数の調査者で事実を確認し合うことが重要です。
また、STPDには効果検証のプロセスが組み込まれていないため、意識的に振り返りの場を設ける必要があります。発言録を作成し、後から見返せる形で記録を残すことも、次のサイクルに活かすための基本です。
さらに、STPDのフレームワークに囚われすぎないことも大切です。状況に応じて柔軟にステップを行き来し、必要なら定量調査を先に実施することもあります。フレームワークは思考の補助線であり、目的ではありません。
マーケティングリサーチがSTPDを支える
マーケティングリサーチャーの役割は、単にデータを集めることではありません。STPDの各ステップにおいて、適切な調査手法を選定し、得られた情報を意思決定に繋げることです。
Seeでは観察の視点を設計し、Thinkでは分析の枠組みを提供し、Planではインタビューフローや調査票を作成します。そしてDoの後には、次のSeeに繋がる集計・分析を実施します。
特にモデレーターのスキルは、STPDの成否を左右します。ラポール形成を通じて本音を引き出し、システム1とシステム2という思考モードの違いを理解しながら質問を重ねることで、表層的な回答ではなく深い洞察が得られます。
インタビュールームの選定も重要です。適切な環境が、調査の質を左右します。必要な設備が揃ったバイデンハウスのインタビュールームのような施設を活用することで、円滑な調査進行が可能になります。
まとめ――戦略と実行を繋ぐSTPDの実践
STPDは、See・Think・Plan・Doという4つのステップで構成されるマネジメント手法です。PDCAよりも小さく早くサイクルを回せるため、変化の激しい市場環境や新規事業に適しています。
この手法を機能させる鍵は、マーケティングリサーチです。定性調査で現場の事実を捉え、定量調査で仮説を検証し、得られた知見を施策に落とし込む。このサイクルを繰り返すことで、顧客理解が深まり、精度の高い意思決定が可能になります。
STP分析が「どこで戦うか」を決める戦略フレームワークであるならば、STPDは「どうやって戦うか」を実行するプロセスです。両者を使い分け、組み合わせることで、マーケティング活動の実効性は飛躍的に高まります。
筆者はこれまで多くの企業のリサーチに関わってきましたが、STPDの思考を取り入れた企業ほど、顧客の声を施策に反映させるスピードが速いと感じます。フレームワークに縛られず、現場の実態に即して柔軟に運用する姿勢が、成果を生むのです。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
