最近、ある小規模な赤字のマーケティングリサーチ会社の買収(事業承継)を検討しました。その過程で見えてきた事業分析の土地勘をM&Aに挑む方におすそわけしたいと思います。今回は赤字の会社なので、黒字化、経営再建、事業再生したい方にも少しヒントになるかもしれません。
リサートではマーケティングリサーチ会社の経営や事業再生の依頼、事業承継の依頼をお待ちしています。
赤字の構造的原因を見抜く①:売上の構成と推移
最初に確認すべきは赤字であれば「なぜ儲からなくなったのか」という根本です。決算書の数字だけ追っているだけでも、ある程度のことがわかります。
1つの仮説は、サービスが顧客ニーズにあっていないパターンです。オーソドックスですね。顧客別の売上推移を時系列で5~10年分並べてみると、ある時期を境に大手顧客からの大型案件がぱったりと消えているケースに出くわします。何かの不満やニーズの不一致があったのでしょう。ここは何が起きたのかをマネジメントインタビューや従業員インタビューでヒアリングするとよいでしょう。
2つ目の仮説は、顧客側が内製化できるようになってしまったパターンです。フロー型のビジネスモデルであれれば、一度提供したら「もう自社でできる」と確信され取引がなくなってしまったのかもしれません。ストック収益がない以上、顧客の自然減をカバーする手段が構造的に存在しません。
3つ目、主要顧客との取引が「下請け化」し単価が下がっているパターンです。同一顧客の取引履歴を深掘りすると、かつては数百万円の高単価で、得意な調査テーマを受注していたのに、近年は単純作業の代行しか発注されていないことがあります。昔は新規事業テーマが多かったが、今は実査代行屋さんになっている、などです。案件単価が10分の1以下になっていることも珍しくありません。付加価値が崩壊し、「便利な下請け業者」に成り下がっているサインです。ブランド力は外形上まだ残っているように見えても、実態はすでに空洞化しています。
- 顧客別の売上高を5年分時系列で並べ、大口顧客が消滅した背景を特定する
- 主要顧客の案件単価や調査テーマの推移を追い、上流から下流への劣化度合いを数値で測る
- 新規顧客の年間獲得件数と、直近3年間の新規顧客から得た売上比率を計算する
- 営業活動の実態が組織的なのか、オーナー社長の属人的な人脈依存なのかを確認する
4つ目は、営業組織の不在です。老舗企業では組織的な営業機能がなく、オーナー社長の昔の人脈だけで案件が来る構造になっていることがほとんどです。案件が舞い込むと全員がその納品に没頭し、その間、次の営業活動がゼロになる。案件が終わるとまた「口を開けて待つ」状態に戻る。目先のデリバリーに集中してしまい、長期的な視野が欠如してしまう現象です。この現象は私の経験では、中小企業に限らず、大手企業ですら多発しています。中小企業においては案件を取るたびに将来の売上を削っている状態であり、経営の寿命を確実に縮めています。
買収後のPMIでは、営業担当とデリバリー担当を明確に分けることを段階的に行う必要があります。見込み顧客のパイプラインを常に一定数確保しておく仕組みを作らない限り、売上の底抜けは止まりません。これはキャリア採用だけで解決する問題ではなく、誰が何をいつやるかというプロセス設計の問題です。
赤字の構造的原因を見抜く②:明らかに高い固定費がないか?
コンサルティングやリサーチのようなB2Bサービス業は、原価の大半が人件費と外注費のため、売上総利益率が90%を超えることも珍しくありません。それでも営業赤字が続いているなら、原因はただ一つ、固定費の異常な高止まりです。売上がピーク時の半分以下になっても、オーナー社長の役員報酬が変わらず、社員が減っているのに、オーバースペックなオフィスの家賃も払い続けている。
限界利益率が高いビジネスにおいて、売上が減少しても固定費を削らない構造は、損益分岐点売上高を非現実的なまでに押し上げます。「強制的にコスト構造にメスを入れない限り黒字化は絶対にない」という認識でいることが必要です。この点を甘く見て高い買収価格をつけると、PMI後に取り返しのつかない後悔をします。
Tips:事業継続のリスク「社長が明日倒れたらどうなる?」
案件ごとの担当者記録やタイムカードを照らし合わせると、営業開拓、顧客リレーション、デリバリーのすべてがオーナー社長一人のマンパワーに集中している属人的なケースはよくあります。社長が退任するか倒れると、売上を作るエンジンと納品するエンジンが同時に止まってしまいます。
つまり、買収を検討していたその会社ではなく個人商店です。この場合、何を買おうとしているのかをよく考える必要があります。顧客アカウントを買うのか?独自性のあるノウハウを買うのか?業務プロセスを買うのか従業員を買うのか?それって買収ではなくて事業譲渡ではいいのではないでしょうか?小規模な会社であればあるほど属人的になっています。売り手も買い手もこの属人性を組織的プロセスに移行できるか?という点が非常に重要です。
PMI時の隠れコスト:レガシーITインフラの整理・移行
ITデューデリジェンスで見落とされがちなのが、デジタル化の遅れがもたらす隠れた負債です。総勘定元帳の通信費や消耗品費を細かく見ると、そのIT環境の実態が浮かび上がります。
- 社内データが紙、ローカルに散在している
- GoogleWorkspaceやMicrosoft365に移行していない
- 請求書が紙運用(会計ソフトウェアが入っていない)
- 受注履歴はあるが、お問い合わせ履歴がない(CRMや営業管理シートの不在)
- 社員が私用の端末で仕事をしている
- クラウドフォンではなく、物理の固定電話を契約してる
こうしたレガシーなIT環境のまま買収を実行すると、親会社のモダンなクラウド環境へ統合する際に予想以上のコストが飛んでいきます。全員のPCを買い替え、アカウントを新規発行し、バラバラのローカルファイルをクラウドへアップロードし、旧システムのデータを移行する。直接コストだけで数十~百万円、作業の人件費を入れると想定の倍になることもあります。
この見えないIT統合コストは、買収前に必ず見積もっておく必要があります。M&Aの交渉では買収価格の議論に集中しがちですが、PMIにかかるコストの試算も同じくらい重要です。買収価格を安く抑えても、統合コストで結果的に高い買い物になるケースは少なくありません。
セキュリティの観点も見ておく必要があります。顧客情報の管理体制、使用しているソフトウェアのライセンス状況、個人情報保護法への対応状況。特に調査業やリサーチ業では、個人情報を大量に扱うことがあります。データの保管場所と管理責任者が明確でない場合、買収後に自社のセキュリティポリシーとの整合を取るために相当な工数がかかります。
PMIではまず止血策を行う
PMIの話に入ります。小規模B2Bサービス企業の事業再生において、最初にやるべきことは「成長」ではなく「止血」です。売上を伸ばす前に、出血を止める。この順番を間違えると、成長投資が不採算の穴に吸い込まれていきます。
買収直後のPMIで、以下の止血を親会社主導で機械的に断行します。
- 役員報酬の適正化(必要に応じて前社長の退任と退職金の精算)
- 不要なオフィス拠点の完全解約と親会社への物理的統合
- 経費を例外なくすべて承認制とする(原則経費使用不可とするなど)
- ペーパーレス化(紙の保管にも家賃がかかる)
- ITインフラの移行
これらを確実に実行すれば、仮に買収後も売上が下落し続けた最悪シナリオでも、損益分岐点が劇的に下がります。小規模な会社であれば、初年度から数百万〜1000万円規模の営業黒字を創出できる可能性があります。
止血が完了した後に着手するのが成長フェーズです。対象企業に眠っていた形式知化されていない優れたメソッドを、親会社の既存顧客基盤に向けてクロスセルしていく。これが実現した瞬間、投資回収は急加速します。老舗企業が過去に蓄積した顧客との信頼関係や実績、業界特有のノウハウは、新しいチャネルと組み合わせることで初めてその真の価値を発揮します。
ここで強調したいのは、事業再生において「成長を先に語る売り手は危険」だということです。売り手側から「これからこういう施策を打てば売上が回復する」という話が出てきたとき、冷静に問い直してください。なぜ今まで打ってこなかったのか。打てなかった理由こそが、その会社の構造的な問題の核心です。
売り手も買い手もバラ色の売上成長計画を夢想しないことを共通認識として持った方がよさそうです。総勘定元帳や取引履歴という生々しいデータから、ビジネスやサービスの老朽化、、固定費の硬直化、私的流用、属人化といった死角を冷徹に炙り出し、コントロール可能なコスト削減策とリスク遮断策を見極めることが重要です。
記事で紹介した視点と手法が、M&Aを通じた企業成長や事業再生に挑む経営者・投資家の実践的な羅針盤になれば幸いです。リサートではマーケティングリサーチ会社の経営や事業再生の依頼、事業承継の依頼をお待ちしています。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。より新しいデータでは株式会社バイデンハウス代表取締役。現在ではインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
