顧客の声が経営を変える瞬間
売上の低迷に悩む企業が、会議室で数字とにらめっこを続けても答えは出ません。筆者はこれまで数十社の経営改善に携わってきましたが、V字回復を遂げた企業に共通するのは、徹底した顧客視点への転換でした。
本記事では、CX戦略を軸に経営改善を実現した3つの事例を紹介します。いずれも定性調査を起点に顧客の本音を掘り起こし、商品開発やサービス設計を根本から見直した企業です。
これらの事例から見えてくるのは、顧客理解が単なるマーケティング施策ではなく、経営そのものを変革する力を持つという事実です。
CX戦略が経営改善に直結する理由
CXとはカスタマーエクスペリエンスの略で、顧客が商品やサービスに触れる全過程での体験を指します。この体験を設計し最適化する取り組みがCX戦略です。
従来のマーケティングは商品の機能や価格を中心に組み立てられてきました。しかし市場が成熟した現在、機能面での差別化は困難になっています。筆者が支援した企業の多くは、競合との価格競争に巻き込まれ、利益率の低下に苦しんでいました。
CX戦略が経営に効く理由は3つあります。1つ目は、顧客の感情や行動の背景にある本質的なニーズを捉えられる点です。2つ目は、その理解をもとに商品やサービスを再設計できる点です。3つ目は、顧客との関係性が深まり、リピート率や推奨意向が向上する点です。
こうした変化は売上だけでなく、利益率の改善にも寄与します。価格ではなく体験で選ばれる企業は、値引きに頼らずに収益を確保できるからです。
事例1:赤字の食品メーカーが定性調査で黒字転換
ある中堅食品メーカーは、主力商品の売上が3年連続で減少し、赤字が続いていました。経営陣は商品のリニューアルを検討しましたが、何を変えるべきか方向性が定まりませんでした。
筆者が提案したのは、まず顧客の実態を知ることでした。デプスインタビューを20名に実施し、商品を購入する場面や食べる瞬間の感情を丁寧に聞き取りました。
調査で明らかになったのは、顧客が商品に求めていたのは味の改良ではなく、罪悪感のない食体験だったという事実です。多くの人が健康を気にしながらも、我慢せずに食べられる選択肢を探していました。
この洞察をもとに、企業は商品の訴求軸を刷新しました。パッケージには糖質やカロリーの情報を大きく表示し、レシピサイトでは罪悪感なく楽しめる食べ方を提案しました。商品そのものは大きく変えていません。
結果、発売から半年で売上は前年比140%に伸び、翌年には黒字化を達成しました。顧客の本音を捉えた訴求が、購買行動を変えたのです。
この事例の詳細は定性調査を活用した事業再生の記事でも紹介しています。
事例2:ホテルチェーンが顧客体験の再設計で稼働率を回復
都市部に複数の拠点を持つビジネスホテルチェーンは、コロナ禍で稼働率が急落しました。需要回復後も稼働率は7割程度で停滞し、競合との差別化が課題でした。
経営陣は設備投資によるリニューアルを検討しましたが、筆者は投資の前に顧客の利用実態を調べるよう助言しました。フォーカスグループインタビューを3回実施し、出張利用者とレジャー利用者の両方から話を聞きました。
浮かび上がったのは、宿泊客が求めているのは豪華な設備ではなく、滞在中のストレスを減らす工夫だという事実でした。チェックインの待ち時間、朝食会場の混雑、Wi-Fiの不安定さなど、小さな不満が積み重なっていました。
ホテルはこれらの課題を1つずつ解消しました。モバイルチェックインを導入し、朝食を複数の時間帯に分散させ、全室のWi-Fi環境を見直しました。大規模な改装は行わず、運用の改善に注力したのです。
半年後、顧客満足度スコアは15ポイント上昇し、稼働率は9割を超えました。リピート率も向上し、安定した収益を確保できるようになりました。
この事例が示すのは、CX改善は必ずしも多額の投資を必要としないという点です。顧客の声に耳を傾け、体験の障壁を取り除くだけで、成果は出ます。
事例3:オンラインサービス企業が解約率を半減させた顧客理解
サブスクリプション型のオンライン学習サービスを運営する企業は、新規獲得には成功していたものの、解約率の高さに悩んでいました。3カ月以内の解約率は40%を超え、収益が安定しませんでした。
筆者が提案したのは、解約者と継続者の両方にインタビューを実施し、行動と心理の違いを明らかにすることでした。インタビュー調査を通じて30名から話を聞きました。
調査で分かったのは、解約者の多くがサービスの価値を実感する前に離脱していたという事実です。学習の習慣が定着せず、ログイン頻度が下がり、そのまま忘れられていました。継続者は最初の2週間で学習リズムをつかんでいました。
企業は初期体験の設計を見直しました。登録直後に短時間で完了できる学習プログラムを用意し、達成感を得やすくしました。また、学習の進捗をメールで定期的に通知し、モチベーションを維持する仕組みを導入しました。
これらの施策により、3カ月以内の解約率は20%まで低下しました。顧客生涯価値が向上し、マーケティング投資の回収期間も短縮されました。
この事例が教えてくれるのは、顧客の離脱ポイントを特定し、そこに手を打つことの重要性です。顧客理解は解約防止という守りの施策にも強力に機能します。
3つの事例に共通する成功の要因
これらの事例には4つの共通点があります。1つ目は、経営層が顧客理解の重要性を認識し、調査に予算と時間を投じた点です。2つ目は、定性調査を通じて顧客の行動や感情の背景を深く掘り下げた点です。
3つ目は、調査結果を商品やサービスの具体的な改善につなげた点です。顧客の声を聞くだけでなく、それを実行に移したからこそ成果が出ました。4つ目は、改善後も継続的に顧客の反応を観察し、施策を調整した点です。
筆者が支援した企業の中には、調査結果をレポートにまとめただけで終わってしまったケースもあります。顧客理解は実行して初めて価値を生みます。組織全体で顧客理解を共有し、行動に変える仕組みが不可欠です。
また、これらの企業は調査手法の選択にも工夫を凝らしています。定性調査で仮説を立て、必要に応じて定量調査で検証するという流れを意識していました。
CX戦略を実践するための具体的なステップ
これらの事例を参考に、CX戦略を経営改善に活かすステップを整理します。
最初のステップは、顧客の実態を把握することです。売上データや顧客属性だけでなく、購買に至るプロセスや利用中の感情を理解します。デプスインタビューやエスノグラフィー調査が有効です。
次に、顧客の課題や欲求を洗い出します。不満や不便だけでなく、潜在的なニーズにも目を向けます。ここで重要なのは、顧客の言葉をそのまま受け取るのではなく、その背景にある本質を見抜くことです。
3つ目は、優先順位をつけて改善施策を設計することです。すべての課題に同時に取り組むのは現実的ではありません。影響度が大きく、実行可能性の高いものから着手します。
4つ目は、施策を実行し、効果を測定することです。顧客の反応を観察し、数値で成果を確認します。期待通りの結果が出ない場合は、仮説を見直して再度調整します。
最後に、得られた知見を組織全体で共有し、継続的な改善サイクルを回します。CX戦略は一度の施策で完結するものではなく、顧客の変化に合わせて進化させるものです。
経営改善におけるCX戦略の限界と注意点
CX戦略は万能ではありません。いくつかの注意点があります。
1つ目は、調査対象の選定です。既存顧客だけに話を聞くと、離れた顧客や潜在顧客の視点が抜け落ちます。多様な顧客層から意見を集めることが重要です。
2つ目は、調査バイアスへの配慮です。質問の仕方や調査環境によって、顧客の回答は変わります。中立的な姿勢で臨み、誘導的な質問は避けます。
3つ目は、実行力の問題です。顧客理解が深まっても、組織が動かなければ成果は出ません。経営層のコミットメントと、現場を巻き込む仕組みが必要です。
4つ目は、短期的な成果を求めすぎないことです。CX改善は顧客との関係性を築く取り組みであり、効果が出るまでに時間がかかる場合もあります。焦らず継続することが大切です。
顧客視点が経営の軸になる時代
紹介した3つの事例は、顧客視点が経営改善の起点になることを示しています。数字の分析だけでは見えない顧客の本音を捉え、それを商品やサービスに反映させた企業が、競争を勝ち抜いています。
筆者が現場で実感するのは、顧客理解は特別なスキルではなく、誰でも身につけられる姿勢だという点です。顧客の立場に立ち、その行動や感情に興味を持つこと。そこから経営の変革は始まります。
CX戦略は大企業だけのものではありません。むしろ中小企業こそ、顧客との距離が近い強みを活かして、きめ細かな体験設計ができます。今回紹介した事例の企業も、いずれも従業員数100名前後の規模でした。
経営に行き詰まりを感じたら、まず顧客の声に耳を傾けてください。そこに答えがあります。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
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