シーン&ベネフィットは顧客が買う理由を解き明かす
筆者は15年以上マーケティングリサーチに携わってきましたが、商品開発の現場で最も見落とされているのが「顧客がどの場面で、何を得たくて商品を使うのか」という視点です。シーン&ベネフィットは、この2つの要素を同時に捉える顧客理解の手法になります。
シーンとは顧客が商品を使う具体的な状況や文脈を指します。時間帯、場所、誰と一緒か、どんな気分か、何をしようとしているか。これらすべてがシーンを構成する要素です。ベネフィットとは顧客が商品から得られる価値や利益を意味します。機能的な便益だけでなく、感情的な満足や自己表現の実現も含まれます。
この2つを掛け合わせることで、顧客の購買行動の本質が見えてきます。同じ商品でも、使うシーンが変われば求められるベネフィットは異なります。逆に、同じベネフィットを求めていても、シーンが違えば選ばれる商品は変わるのです。
なぜシーン単独でもベネフィット単独でも不十分なのか
多くの企業はターゲット設定に年齢や性別、職業といった属性を使います。30代女性、会社員、既婚者。こうした切り口で顧客を捉えても、なぜその商品を選ぶのかは見えてきません。属性は顧客の外側にある情報であり、内面の動機とは直結しないからです。
ターゲットやシーンを見つけ出すのは、ターゲットやシーンに応じた新たなベネフィットが求められているはずだ、という期待からです。顧客セグメントを考える目的は、最終的に他とは違うベネフィットを提供して差別化することにあります。
一方で、ベネフィットだけを明確にしても限界があります。「時短」というベネフィットを求める顧客がいたとして、朝の出勤前なのか、仕事の合間なのか、週末の家事なのかで必要な商品は全く異なります。シーンを特定しなければ、どんな商品を開発すればよいのか具体化できないのです。
シーンとベネフィットはセットで考えてこそ意味を持ちます。「平日朝の出勤前、身支度に時間をかけられない30代女性が、5分で整った印象を作りたい」。ここまで具体化すれば、開発すべき商品の姿が鮮明に浮かび上がります。
シーン&ベネフィット分析が解決する3つの実務課題
新商品開発において、機能や仕様ばかりに目が向き、顧客視点が抜け落ちることは珍しくありません。開発チームは技術的な優位性を語りますが、顧客にとってその機能がどんな場面で役立つのかが伝わらなければ購入には至りません。
シーン&ベネフィット分析を行うと、商品の特徴を顧客の言葉に翻訳できます。「高速処理チップ搭載」ではなく「朝の忙しい時間に、待たされることなくアプリが起動する」という表現に変わります。これは単なるコピーライティングの技術ではなく、開発段階から顧客のシーンを想定することで生まれる視点です。
既存商品のリニューアルでも威力を発揮します。売上が伸び悩んでいる商品の多くは、ベネフィットが不明瞭か、ターゲットとするシーンが曖昧です。どちらかを再定義するだけで、商品の位置づけが明確になり、訴求メッセージが変わります。
競合分析においても有効な視点を提供します。同じカテゴリーの商品でも、競合が狙っているシーン&ベネフィットを整理すると、空白地帯が見えてきます。誰も狙っていないシーンや、満たされていないベネフィットが差別化のチャンスになります。
実務で使えるシーン&ベネフィット分析の7ステップ
分析の第一歩は、顧客が商品を使う可能性のあるシーンをすべて洗い出すことです。ブレインストーミング形式でチーム全体で考えます。時間軸、場所、同行者、目的、気分、前後の行動といった切り口から発想を広げます。この段階では質より量を重視し、50から100程度のシーンをリストアップします。
次に、各シーンで顧客が求めるベネフィットを紐づけます。機能的ベネフィットとは、商品やサービスが持つ具体的な機能や品質から得られる利益を指します。それに加えて、情緒的ベネフィットや自己表現ベネフィットも考慮に入れます。1つのシーンに対して複数のベネフィットが紐づくことも多いです。
3つ目のステップでは、シーン×ベネフィットのマトリクスを作ります。縦軸にシーン、横軸にベネフィットを配置し、どの組み合わせが重要かを評価します。重要度は、そのシーンの発生頻度、ベネフィットの強度、競合の充足度などから判断します。
4つ目は優先順位づけです。すべてのシーン&ベネフィットに対応することは現実的ではありません。自社の強みが活かせる領域、市場規模が大きい領域、競合が手薄な領域を見極めて、注力すべき組み合わせを3から5個に絞り込みます。
5つ目のステップでは、デプスインタビューや行動観察で仮説を検証します。想定したシーンが実際に存在するのか、そのシーンで本当にそのベネフィットが求められているのかを確認します。顧客の生の声と行動から、机上で考えた分析を修正していきます。
6つ目は、検証結果を元にシーン&ベネフィットを具体化します。「誰が、いつ、どこで、誰と、何をしている時に、何を得たくて商品を使うのか」を一文で表現できるレベルまで詳細化します。この記述が、後の商品開発やコミュニケーション戦略の基盤になります。
最終ステップでは、定義したシーン&ベネフィットを組織全体で共有します。開発、マーケティング、営業、カスタマーサポートなど、顧客接点を持つすべての部門が同じ理解を持つことで、一貫した顧客体験を提供できます。
分析を深めるための3つの問い
シーンを特定する際に有効な問いがあります。「この商品を最後に使ったのはいつですか」ではなく「最後に使った時、その前後で何をしていましたか」と聞きます。前後の文脈を聞くことで、商品が顧客の生活の中でどう位置づけられているかが見えてきます。
ベネフィットを掘り下げる時は「なぜそれが重要なのですか」を繰り返します。「便利だから」「時短になるから」という表面的な回答の奥に、本当に実現したい状態が隠れています。5回程度繰り返すと、根源的な欲求に辿り着きます。
競合商品との比較では「どんな時にA社の商品を選び、どんな時に当社の商品を選びますか」と聞きます。同じ顧客が使い分けている実態を知ることで、自社商品が選ばれるシーン&ベネフィットの特性が浮かび上がります。
宅配便業界に見るシーン&ベネフィット開発の実例
宅急便の歴史をマーケティングという側面から振り返ると、ベネフィット開発とシーン開発の歴史として捉えることができます。ヤマト運輸が宅急便を始めた1976年当時、個人が荷物を送る手段は郵便小包と鉄道小荷物しかありませんでした。
初期のベネフィットは「電話一本で集荷に来てくれる」「翌日配達」「時間指定」という3つの便利さでした。これらは明確に競合との差別化になりましたが、サービス開始時点ではシーンは広く「荷物を送りたい時」という漠然としたものでした。
その後、市場の成長とともにシーンが細分化されていきます。「引っ越しの荷物を送る」「ゴルフバッグを送る」「スキー用具を送る」など、特定のシーンに特化したサービスが次々と生まれました。各シーンで求められるベネフィットも異なります。引っ越しなら大量の荷物を一度に送れること、ゴルフなら傷つかないよう丁寧に扱われることです。
さらに「クール宅急便」の登場で、生鮮食品を送るという新しいシーンが開拓されました。このシーンでのベネフィットは「鮮度を保ったまま届く」という機能的価値と「遠方の家族に旬の味を届けられる」という情緒的価値の両方を含みます。
現在では「メルカリで売れた商品を発送する」「ふるさと納税の返礼品を受け取る」といった、当初は想定していなかったシーンにも対応しています。シーンの変化に合わせてベネフィットを再定義し続けることで、50年近く業界をリードし続けているのです。
飲料メーカーが実践したシーン特化戦略
ある飲料メーカーは、従来「健康志向の消費者」という属性でターゲットを設定していました。しかし売上は伸び悩み、なぜ自社の商品が選ばれるのかが不明瞭でした。そこでシーン&ベネフィット分析を導入しました。
フォーカスグループインタビューで顧客の飲用シーンを詳しく聞き取ると、「昼食後のデスクで、午後の仕事に向けて気分をリフレッシュしたい」という具体的なシーンが浮かび上がりました。このシーンで求められるベネフィットは、栄養補給という機能的価値よりも「罪悪感なく甘いものを摂取できる」という情緒的価値が強いことが分かりました。
この発見を元に、商品パッケージを小型化し、デスクに置きやすいサイズに変更しました。味も「健康的だが物足りない」という評価から「ほんのり甘くて満足感がある」方向に調整しました。広告では「午後3時のリセットドリンク」というメッセージを打ち出しました。
結果として、ターゲットは変えていないにもかかわらず、売上は前年比140%に成長しました。顧客インタビューでは「この商品は自分のために作られたと感じた」という声が複数聞かれました。シーンとベネフィットを明確に定義したことで、顧客に刺さるメッセージが生まれたのです。
BtoB商材でのシーン&ベネフィット活用法
シーン&ベネフィットはBtoC商材だけでなく、BtoB商材でも有効です。筆者が関わったあるSaaS企業の事例を紹介します。同社は業務効率化ツールを提供していましたが、競合が多く差別化に苦戦していました。
担当者へのインタビューで詳しく使用状況を聞くと「月末の売上集計作業で、深夜残業を避けたい」という切実なシーンが見えてきました。このシーンでのベネフィットは、単に作業時間の短縮ではなく「定時で帰れることで家族との時間が持てる」という生活の質の向上でした。
さらに、意思決定者である部門長にとっては「部下の残業時間削減による人件費削減」という機能的ベネフィットと「働きやすい職場を作る管理職としての評価向上」という自己表現ベネフィットが重要でした。同じツールでも、利用者と意思決定者でシーンもベネフィットも異なっていたのです。
この発見を営業資料に反映させました。担当者向けには「月末の深夜残業から解放される」というメッセージを、部門長向けには「チームの残業時間を月40時間削減した事例」という定量的データを提示しました。商品は変えていませんが、誰にどのシーン&ベネフィットを訴求するかを変えただけで、成約率が25%向上しました。
シーン&ベネフィットを定着させる組織の作り方
シーン&ベネフィット分析を一度実施しただけでは意味がありません。組織全体に浸透させ、継続的に更新していく仕組みが必要です。成功している企業には共通するパターンがあります。
まず、ペルソナにシーン&ベネフィットを組み込みます。「35歳女性、既婚、子ども2人」という属性情報だけでなく「平日朝7時、子どもを送り出した後の30分で、自分の時間を取り戻したい」というシーン&ベネフィットを記述します。これにより、チーム全体が同じ顧客像を共有できます。
次に、定期的な顧客接点の場でシーン&ベネフィットを検証します。営業の商談記録、カスタマーサポートへの問い合わせ、SNSでの言及などから、想定していたシーンが実際に存在するか、新しいシーンが生まれていないかを確認します。四半期に一度程度、インタビュー調査を実施して仮説を更新することも有効です。
さらに、商品開発やマーケティング施策の企画会議で「このアイデアはどのシーン&ベネフィットに対応するのか」を必ず問うルールを設けます。答えられない企画は通さない。こうした規律を持つことで、顧客視点が組織文化として定着していきます。
可視化も重要です。オフィスの壁に主要なシーン&ベネフィットのマトリクスを掲示したり、社内システムで誰でも参照できるようにしたりします。日常的に目に触れる環境を作ることで、自然と顧客視点で考える習慣が生まれます。
陥りやすい3つの罠と回避策
シーン設定が抽象的すぎると実用性が失われます。「リラックスしたい時」では具体的な商品開発に結びつきません。「金曜夜、一週間の仕事を終えて帰宅した直後、ソファに座って一息つきたい時」まで具体化して初めて意味を持ちます。
ベネフィットを機能に置き換えてしまう間違いも多く見られます。「高速処理」は機能であり、ベネフィットではありません。「朝の忙しい時間に、待たされるストレスなくアプリが使える」がベネフィットです。常に顧客の感情や状態の変化として表現することを意識します。
自社都合でシーン&ベネフィットを決めつけることも避けるべきです。「こんなシーンで使ってほしい」という願望と「実際に使われているシーン」は往々にして異なります。エスノグラフィー調査などで実態を観察し、顧客の真実に基づいた定義をすることが成功の鍵です。
シーン&ベネフィットが切り拓く次の顧客理解
マーケティングの世界では長年、顧客を属性で分類してきました。しかし人々の価値観が多様化し、ライフスタイルが複雑化する現代において、年齢や性別といった外的な要素だけで顧客を理解することには限界があります。
シーン&ベネフィットという視点は、顧客の内面と行動の両方を捉えます。いつ、どこで、何をしているかというシーンは観察可能な事実であり、何を得たいかというベネフィットは心の中の動機です。この2つを結びつけることで、購買行動の構造が立体的に見えてきます。
今後、AIやデータ分析技術の進化により、個々の顧客のシーン&ベネフィットをリアルタイムで捉えられる時代が来るでしょう。位置情報、行動履歴、購買データなどから、今まさにどんなシーンにいて、どんなベネフィットを求めているかを推定し、最適な提案ができるようになります。
しかしテクノロジーがどれだけ進化しても、顧客の心の中で何が起きているかを理解しようとする姿勢は変わりません。シーン&ベネフィットという枠組みは、顧客理解の本質を捉える普遍的な視点として、これからも実務の中心であり続けるはずです。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
