コンセプト開発を誤ると商品は売れない
新商品を企画する際、最も避けたいのは「作ってみたものの、顧客にまったく響かなかった」という事態です。筆者はこれまで数百件の商品開発プロジェクトに携わってきましたが、失敗するケースの大半はコンセプト開発の段階で顧客理解を誤っています。
ある美容家電メーカーの事例では、過度に情報を与えた消費者調査で高い購入意向が出たにもかかわらず、実際の市場では反響がありませんでした。調査対象者が商品のどこに価値を感じているのか、不満点はないのかを分析しないまま開発を進めた結果、訴求ポイントを明確化できなかったのです。
コンセプト開発におけるマーケティングリサーチは、単に「受容性を測る」だけでは不十分です。顧客の潜在的な欲求を掘り起こし、競合との差別化ポイントを見極め、訴求すべき価値を明確にする一連のプロセスとして活用する必要があります。
本記事では、コンセプト開発の各段階でどのような調査手法を活用すべきか、実務で使える具体的な方法論を提示します。
コンセプト開発とは何か
商品開発コンセプトとは、新商品が想定するユーザー層、利用するシーン、使用のベネフィットといった商品開発のための基本的な考え方を示したものです。素材や形態、機能といった開発仕様を設計する前段階において、開発の方向性を定める羅針盤となります。
表現方法が情緒的、感性的なものとなるケースも多くあります。実際の商品開発仕様は、この開発コンセプトに沿って決められることになります。
現代の消費者は、自分に最適な商品を選ぶ確かな選択眼を持っています。商品開発コンセプトが消費者ニーズに十分対応していなかったり、明確でわかりやすいものになっていなければ、消費者から選ばれない商品になります。
商品ライフサイクルの短期化により、市場にモノやサービスがあふれている現代社会においては、消費者に商品を見つけてもらい選んでもらうために、ターゲットが必要としている価値と実際に提供できる価値を一致させる必要があります。
コンセプト開発におけるリサーチの重要性
コンセプト開発を成功させるには、開発者の目線だけでは思いつかなかったようなアイデアを得ることが重要です。そのためには、消費者自身も気づいていない潜在ニーズを発見する必要があります。
リサーチを活用する最大の目的は、顧客インサイトの発見にあります。顧客インサイトとは、購買行動の裏に隠れている顧客の潜在的な欲求のことです。筆者の経験上、ヒット商品の多くは顕在化したニーズではなく、顧客自身も気づいていないインサイトに応えています。
リサーチなしでコンセプトを開発すると、開発者の思い込みや社内の論理に偏りがちです。一方で、リサーチを効果的に活用すれば、事前に消費者の評価・反応を確認することでコンセプトをブラッシュアップでき、製品・サービスで重視すべき要素を把握できるため商品開発やマーケティングを効率的かつ効果的に進めることができます。
さらに複数のコンセプト案を提示して評価の高いものを採用するなど、意思決定の精度を高めることができます。社内の意思決定がエビデンスで合意形成されるため、スムーズに進みます。
コンセプト開発の3つのフェーズと調査活用法
フェーズ1:インサイト発見のための調査
コンセプト開発の第一歩は、消費者のニーズを把握することです。ここで重要なのは、表面的な要望ではなく深層心理を探ることです。
デプスインタビューやフォーカスグループインタビューといった定性調査が有効です。エスノグラフィー調査を通じて、消費者の実態や行動の背景にある感情を捉えることで、開発者の目線だけでは思いつかなかったようなアイデアが見つかります。
筆者が関わったある食品メーカーのケースでは、デプスインタビューを通じて「健康に配慮しつつも美味しさを諦めたくない」というシニア層のインサイトを発見しました。このインサイトをもとに開発したカップヌードルは7ヶ月で1400万食のヒット商品となりました。
インサイト発見には、消費者が語る現象だけでなく、その原因を探る視点が必要です。手段と目的を整理し、行動と心理の矛盾点を見つけ、ネガティブをポジティブに変換する柔軟な視点が求められます。
フェーズ2:コンセプト案の開発と絞り込み
インサイトを発見したら、それをもとに複数のコンセプト案を開発します。この段階では、ニーズ、シーズ、アイデアを統合して全く新しいコンセプトを開発したり、既存のコンセプトの新たな方向を決定したりします。
複数のコンセプト案が作成できたら、絞り込みの調査を行います。主にアンケート調査などの定量調査で評価をします。コンセプトの利用意向、新規性の2軸で評価をするなど評価する軸を決めておくことで意思決定がスムーズになります。
絞り込みの基準は「ユーザーの共感性」「競合商品への優位性」「時代の反映性」などです。どんな層に受け入れられるのか、コンセプトが理解できるか、といった項目も確認しておくとコンセプトのブラッシュアップにも役立てられます。
ただし、コンセプトを提示する際は注意が必要です。過度に情報を与えると、消費者がコンセプトや便益の理解を深めることでバイアスがかかり、購入意向が高く出る傾向があります。純粋な評価を得るため、必要最小限の情報で提示することを心がけます。
フェーズ3:コンセプトの改良とテスト
コンセプトを絞り込んだら、ベネフィット、具体的な商品のスペック、価格帯などを加えたフルコンセプトを作成します。この段階では再び定性調査が威力を発揮します。
インタビュールームを活用したインタビューで、ターゲットとなる消費者にコンセプトを提示し、商品の魅力が伝わるか、どこを改良すればよいかを確認していきます。定量調査だけでは見えにくい価値観や背景にある要因、深層心理などを詳細につかむことができます。
最終的なコンセプトテストでは、購入意向、新奇性、独自性、共感性、信頼度、内容の理解度、魅力度といった複数の指標で評価します。定量調査でコンセプトへの評価を数値的に把握し、定性調査でその理由を掘り下げていくという方法が効果的です。
筆者が支援したあるプロジェクトでは、コンセプトテストの結果、全体評価は高いものの新奇性が低いという課題が見つかりました。別のコンセプト案で高評価だった新奇性の要素を取り入れて改良した結果、最終的に市場で高い評価を得ることができました。
定性調査と定量調査の使い分け
コンセプト開発において、定性調査と定量調査を適切に組み合わせることが成功の鍵です。それぞれの特性を理解し、開発フェーズに応じて使い分けます。
定性調査は、消費者自身も気づいていない潜在ニーズを発見したい場合や、インサイトを探りたい場合に役立ちます。回答者の意識や感情をより深掘りし、消費者のインサイトを探ることができる点が最大のメリットです。対象者とじっくり対話することで、対象者自身も気づいていないインサイトを発見することができるため、新たなアイデアの糸口を得られます。
一方、定量調査は、全体の傾向を数値的に押さえたい場合の調査手法です。複数案の比較やスコアリングに優れており、意思決定に必要なエビデンスを提供します。多くのサンプルサイズを集めやすいため、市場におけるポジショニングなどを確認できる分析や、ターゲットの特性を整理する分析など、様々な角度から検証したい場合に適しています。
定量調査からわかった傾向を定性調査で掘り下げて詳細を把握する、定量調査から考察した仮説を定性調査で確認する、定量調査を実施する前に定性調査を行い質問設計の精度を高めるなど、両者を組み合わせることで消費者のニーズを多面的に分析しやすくなります。
実務で使えるコンセプトテストの設計
コンセプトテストを実施する際の具体的な設計方法を解説します。筆者が実務で使用している手順に沿って説明します。
まず評価の土台となる「何を評価するか」を固めます。提示する新商品・サービスのコンセプトの内容と、それを調査対象者にどう見せるかを具体的に決定します。コンセプトは商品のアピールポイントを簡潔にまとめた説明文で、A4サイズ横向きの1ページにまとめ、対象者に評価してもらうのが一般的です。
次に「どのように評価を集めるか」として、調査目的やコスト、コンセプト提示の必要性を考慮し、WEB定量調査やインタビュー調査、会場調査といった代表的な手法の中から最適なものを選択します。機密性が重視される製品の場合は会場調査が選択されることが多くあります。
調査対象者は、商品開発上のターゲット層や、競合からのスイッチ可能性を探るために競合ユーザーなど、調査課題に合致した対象者を定義して選定します。想定がしにくい場合は、幅広い層に聴取し調査から発見するアプローチも有効です。
質問項目は、全体評価、新奇性、独自性、共感性、信頼度、理解度、魅力度といった複数の指標で構成します。それぞれ5段階評価とその理由を自由回答で聞くのが基本です。コンセプト案は、単独で呈示する絶対評価と、複数を並べる比較評価がありますが、最初に各絶対評価をとり最後に比較評価とするのが一般的です。
コンセプト開発におけるよくある失敗
コンセプト開発においてリサーチを活用する際、いくつかの典型的な失敗パターンがあります。これらを理解しておくことで、同じ過ちを避けることができます。
最も多い失敗は、調査結果を表面的に受け取ることです。消費者が「こんな商品が欲しい」と答えたことをそのまま開発に反映しても、実際には売れないケースが多くあります。一般的に、顧客はアンケートなど調査を受けた際に現象について多くを語りますが、その原因についてはあまり語らない傾向があるためです。
もう一つの失敗は、調査方法の選択を誤ることです。インサイト発見が必要なフェーズで定量調査だけを実施したり、逆にコンセプトの絞り込みフェーズで定性調査だけを行ったりすると、信頼性のある調査結果を得られず不要なコストがかかる場合があります。
さらに、一度発見したインサイトが永続的に有効とは限りません。新しい機能の登場や市場の変化により、顧客が求める体験の質は常に変動します。「自社の顧客はこうだ」と決めつけず、定期的な調査を通じてインサイトの鮮度を保ち続けることが重要です。
最後に、インサイト分析がレポート作成だけで終わってしまうケースも少なくありません。インサイトは具体的なアクションを実施して初めてビジネス上の効果を生みます。部門間でインサイトを共有し「次に何をすべきか」という具体的な計画に落とし込むことが必要です。
コンセプト開発成功のための実践事例
実際のコンセプト開発プロジェクトでリサーチをどのように活用したかの事例を紹介します。
パナソニックの食器洗い乾燥機は、2003年をピークに売上が低迷していました。同社は子育て層の主婦をターゲットに販売戦略の再構築を開始しました。競合他社を含めた食器洗い乾燥機の主な訴求は「家事がラクになる」というものでしたが、この訴求は本当に正しいのかを検証するため、主婦の日常生活を徹底調査してターゲットの顧客インサイトを探りました。
その結果、子育て層には「子育てをしっかりやることが愛情表現である」という潜在意識があり、「家事がラクになることは子育てに手を抜いている」と見られるのではないかと考えていることがわかりました。子育てをしている主婦層には、育児や家事の負担を家電で解消することに罪悪感があり、それが食器洗い乾燥機への購入に歯止めをかけていたというインサイトを発見しました。
この結果から食器洗い乾燥機がもたらす価値の訴求を大きく変更し、「家事をラクにする家電」から「子どもと一緒にいられる時間を長くする家電」へブランディングの変換を図りました。ターゲットの罪悪感を取り除き顧客インサイトを発掘した結果、競合他社が市場から撤退する中で売上を回復することに成功しました。
もう一つの事例は、P&Gの消臭スプレー「ファブリーズ」です。「日常の嫌なニオイを消す」というコンセプトで発売されましたが、売上が伸び悩んだためユーザー調査やインタビュー調査を実施しました。その結果、ヘビーユーザーの使用実態から「掃除を終えた自分へのご褒美として非日常感のある香りを楽しみたい」というインサイトを発見しました。
そこで、コンセプトを「掃除を終えたご褒美」や「日常にフレッシュな香りを楽しむ」に変更した結果、2ヶ月で売上が倍増し、その後の大ヒットにつながりました。
まとめ
コンセプト開発におけるマーケティングリサーチの活用は、単なる受容性測定ではなく、インサイト発見からコンセプト改良までの一連のプロセスとして捉える必要があります。
インサイト発見フェーズでは定性調査を中心に、消費者の深層心理を探ります。コンセプト絞り込みフェーズでは定量調査で複数案を評価し、意思決定に必要なエビデンスを集めます。コンセプト改良フェーズでは再び定性調査を活用し、訴求ポイントを明確化します。
筆者の経験上、成功するコンセプト開発プロジェクトに共通するのは、調査を単発のイベントとして扱うのではなく、継続的な仮説検証サイクルとして位置づけていることです。企画段階だけで終わらせず、開発中、リリース後も継続して行うことで、市場の変化に対応したコンセプトの進化が可能になります。
コンセプト開発は商品開発やマーケティングの成否を分ける重要なプロセスです。リサーチを効果的に活用することで、市場ニーズを捉えたコンセプトへとブラッシュアップでき、上市後に「想定したほど売れない」といったリスクを軽減することができます。本記事で紹介した方法論を実務に取り入れ、成功するコンセプト開発を実現してください。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
