日用品市場を二分する戦略の違い
筆者は長年、消費財メーカーのマーケティングリサーチに携わってきました。その中で最も興味深い対比が、花王とP&Gです。両社とも洗剤やシャンプー、スキンケア商品を扱い、ドラッグストアの棚で並んで見かける企業ですが、花王は「技術と製品品質」から出発する会社、P&Gは「市場ニーズとブランド戦略」から出発する会社という根本的な違いがあります。
この違いは単なる経営スタイルの差ではありません。P&Gは花王の約6倍以上の売上を誇り、営業利益率は25%を超える高収益体質。対する花王は、利益率は10%前後という数字に表れています。では、なぜこれほどまでに収益構造が異なるのでしょうか。
本稿では、両社の戦略を5つの視点から比較し、それぞれの成功モデルの本質に迫ります。現場でマーケティングに関わる方にとって、自社の戦略を見直す実践的なヒントになるはずです。
ブランド構築の出発点が違う
P&Gは徹底したターゲット絞り込み
P&Gでは「The P&G Marketing Framework」と呼ばれるブランド構築フレームワークを策定しており、WHO(誰に)、WHAT(何を)、HOW(どのように)という3つの視点を明確に提示したうえでマーケティング計画を立てています。戦略立案書には冒頭部分にターゲット層を明記する雛型が用意されており、絞り込むことが前提になっています。
筆者がP&G出身のマーケターに話を聞いたところ、「買わざるを得ない人」を探すことが重要だと教わったといいます。既存商品では解決できない課題を抱え、半ば諦めている層を見つけ、想像もしないソリューションを提供する。これがP&G流のポジショニングです。
花王は技術起点で顧客価値を探す
一方、花王の商品開発研究所は、商品ブランドを統括するマーケティング部門(事業部)と緊密な連携を取り、商品の発売や改良に関わる研究を進めています。これまでは事業部任せで、商品の「出口」まで考えることはしてこなかった状況がありました。最近になって「初めから顧客にとっての価値を意識した研究開発をしよう」という方向に舵を切っています。
つまり花王は、優れた技術を先に開発し、その後で顧客ニーズに結びつける流れが強かったのです。花王は技術視点が強く、何ができるかの機能は語れるけど、それがユーザーにとってどううれしいのかと置き換えた瞬間に、なかなか言葉が出にくいという指摘もあります。
組織体制とブランドマネジメントの違い
P&Gは個別ブランド独立運営
P&Gは、各製品カテゴリに強力なグローバルブランドを持ち、それぞれが独立した事業体のように運営される「ブランド主導型モデル」です。パンテーン(ヘアケア)とオーラルB(歯磨き・歯ブラシ)はまったく別の戦略・収益構造を持っており、それぞれのブランドチームがマーケティング・開発・販売戦略を担当します。
P&Gではブランドマネージャーが責任を負うスタイルを確立しています。戦略を立てるのも、新規開発商品以外はブランドマネージャーであり、ブランドを育成するための仕組みを整えているのが特徴です。営業が売上責任を負うのではなく、利益の先にブランドマネージャーがいるという組織設計になっています。
花王はマトリックス運営で技術を横展開
花王では、ビジネスユニットと機能ユニットの「マトリックス運営」が行われています。研究開発部門は機能ユニットのひとつであり、「商品開発研究」と「基盤技術研究」に分かれます。商品開発研究では事業ユニットとのマトリックス運営による強みを生かし、基盤技術研究ではさまざまな商品に広く横断的に生かされていく科学・技術の研究を行っています。
この仕組みによって、花王は一つの技術を複数のブランドに展開できます。ただし社風は協調性重視のイメージで、リーダーシップを求めるP&Gやユニリーバとは対照的に、上司とうまくプロジェクトを進める力が求められます。
ブランドポートフォリオ戦略の違い
P&Gは個別ブランド戦略で希釈化を回避
P&Gのブランド戦略のうち注目したいのが、企業名を出すことなく商品名のみアピールしている点です。アリエールやボールド、ブラウンやジレット、SK-II、パンパースなどもP&Gの製品ですが、どれも製品名に「P&G」とは大々的に入っていません。
これは意図的な戦略です。P&Gは製品ごとに独自ブランドを立ち上げ、製品毎に異なるポジショニングを打ち出します。ある一つのブランドが複数の製品にまたがると、消費者のそのブランドの認知がぼやけてしまう「ブランドの希釈化」を回避するためです。
P&Gはこの10億ドルブランドを洗剤のアリエール、シェービングのブラウン、シャンプーのパンテーンなどを筆頭に22も保有しています。一方の花王は1,000億円の売上を超えているブランドは「メリーズ」「アタック」「ビオレ」の3つだけです。この数字が、両社のブランド戦略の違いを端的に示しています。
花王は企業ブランドと製品の共存
花王の場合、「花王」という企業ブランドが前面に出る傾向があります。アタック、ビオレ、メリーズといった製品ブランドは強いものの、「花王の製品だから安心」という企業イメージが購買に影響を与えています。
これは技術力と品質への信頼が背景にあります。花王の「アタック」は、性能は従来以上、使用量やパッケージを4分の1以下にするという小型化を実現させ、消費者の「洗濯洗剤のコンパクト化」という潜在的ニーズを掘り起こした画期的な製品でした。こうした技術主導の商品開発が、花王ブランドの信頼を支えています。
顧客理解のアプローチが違う
P&Gは「Consumer is Boss」を徹底
P&Gのスローガンは「Consumer is Boss」です。プレミアム価格帯のオムツ市場で、5年間で売上が10倍近くになった事例があります。少子化が進む中、ただシェアを奪い合うのではなく、新たな市場を見出し創造していく姿勢が特徴的です。
P&Gでは市場ニーズの把握が最優先されます。製品の機能よりも、消費者がどう感じるか、どんな体験を得られるかが重視されます。
花王はデータで顧客をストーリーで理解
花王も近年、顧客理解を深化させています。以前のデータ分析では、目的は「自社ECの改善」あるいは「顧客理解」といったように、それぞれの課題に対して解決策を提示するような、点でのアプローチが基本でした。しかし本来であれば、ある時点のお客様を点として理解するのではなく、ストーリーとして「線」で理解する必要があります。
カスタマーサクセスの視点から、生活者のストーリー全体をデータで把握する方向にシフトしています。花王では「花王エコーシステム」にお客さまの声をその日のうちに入力し、マーケティング、商品企画、研究、生産、消費者相談室、品質保証などの商品に関わる各部門の社員が日々確認し、改善すべき点はないか、より良い商品の提供につながるお声はないかを考えます。
グローバル展開と市場戦略の違い
P&Gは製造外注でグローバル効率化
P&Gは製造自体は一部外注し、サプライチェーンも極めて効率化されています。そのぶん、経営資源を「売れるブランド」や「伸びる市場」に集中でき、規模を活かした収益最大化が可能です。
この戦略により、P&Gは世界中で迅速に製品を展開できます。ブランドマーケティングに資源を集中投下し、製造は最適な場所で行うという割り切りが、高い営業利益率を生んでいます。
花王は垂直統合で日本市場を深掘り
花王の売上の5割以上は日本国内が占めています。中国や東南アジアへの展開も進めていますが、依然として「日本市場に強く依存した構造」がベースです。
花王は、製造・販売・品質管理を自社で一貫して行う垂直統合型モデルの特性があります。これにより、製品品質の徹底管理が可能になりますが、固定費が高くなり利益率に影響します。
花王は独自の専門卸である販売会社を持ち、販社制度によるユニークな流通政策を貫いています。今日一般消費財メーカーで販売会社を持つ会社は花王が唯一です。この販社制度が、花王の競争優位の源泉の一つになっています。
どちらの戦略が正しいのか
結論から言えば、どちらも正しいのです。P&Gは市場ニーズ起点でグローバルに効率化を追求し、高収益体質を実現しました。花王は技術起点で日本市場を深掘りし、品質への信頼を獲得しています。
重要なのは、自社がどちらのモデルを選ぶかを明確にすることです。中途半端に両方を追うと、どちらの強みも発揮できません。
筆者が現場で見てきた失敗例の多くは、「技術は優れているが市場ニーズが不明確」か「ニーズは把握しているが技術で差別化できない」かのどちらかでした。花王とP&Gの戦略の違いは、この二つのアプローチを極めた結果なのです。
もしあなたが技術力に自信があるなら、花王のように顧客価値への変換を強化すべきです。もし市場理解に強みがあるなら、P&Gのようにブランドごとの独立運営を検討する価値があります。両社の戦い方から学ぶべきは、「自社の強みを徹底的に磨く」という姿勢そのものです。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
