ロレアルと資生堂のブランド戦略の違いとは?化粧品業界における二大巨頭の戦い方を完全解説

化粧品業界を俯瞰すると、世界にはふたつの異なるブランド戦略が存在します。ひとつは、世界150カ国以上に37の国際ブランドを展開し、売上高約7兆円を誇るロレアルの戦略です。もうひとつは、日本国内で圧倒的な認知度を持つ資生堂が進める、プレミアム化とグローバル展開の戦略です。筆者がマーケティングリサーチの現場で見てきた限り、両社のアプローチは本質的に異なります。

両社の違いを理解することは、単なる業界分析にとどまりません。ペルソナ設定やブランド戦略を考える実務者にとって、グローバル市場で勝ち抜くための重要な示唆を含んでいます。本稿では、両社のブランド戦略の違いを組織構造、地域展開、M&A手法、収益構造の4つの視点から解き明かしていきます。

ロレアルのブランド戦略の核心

ロレアルのブランド戦略を一言で表現すれば、「普遍化」すなわちユニバーサリゼーションという独自の概念に集約されます。これは単なるグローバル展開とは異なります。

4つの事業部によるポートフォリオ経営

ロレアルグループは4つの事業部で構成され、コンシューマー・プロダクツ、ロレアル リュクス、ダーマトロジカル ビューティ、プロフェッショナル プロダクツの各事業が異なる市場ニーズに対応しています。各事業部は独立採算制で運営され、ブランドごとの収益責任が明確です。

主要ブランドは36にのぼり、ブランドごとにターゲットや抱えているニーズも異なる構造になっています。たとえばコンシューマー部門の「メイベリン ニューヨーク」は若年層のトレンド変化に敏感に対応し、ラグジュアリー部門の「ランコム」は高級感と専門性を訴求します。このように、同じグループ内でも明確なブランド分離が実現されています。

M&Aを研究開発の延長と位置づける戦略

ロレアルはM&Aを単なる成長手段とは考えず、研究開発の延長線上にあると位置づけ、ブランド文化の成熟を待つという稀有なスタイルを採用しています。買収後すぐに統合効率を追求する企業が多い中、ロレアルは買収先ブランドの独立性を一定期間維持します。

皮膚科医推奨のセラヴィは、2017年にロレアルが買収後、世界的なブランドへと成長を遂げ、売上は20億ユーロを超え、影響力のあるブランドを成功裏に買収しグローバル規模で成長させてきた長年の戦略が高く評価されています。買収から育成までの時間軸が長く、短期的な収益よりも市場育成を重視する姿勢が特徴的です。

地域ごとの分散型経営と意思決定の権限委譲

統一した戦略を持っていますが、オペレーションは分散しており、各国のチームに権限が与えられています。化粧品の開発・製造を各国で実施することで、どこで暮らしているかを問わず常に消費者のニーズに適合させています。日本限定のフォーミュラにこだわり、日本ロレアル リサーチ&イノベーションセンターの知見をフル活用して開発を進めた事例がその典型です。

各地域に研究開発拠点を配置する構造は、現地の肌質や美容文化に合わせた製品開発を可能にしています。筆者がデプスインタビューで化粧品ユーザーに接する際、地域ごとの肌悩みの違いは極めて顕著です。ロレアルはその違いを組織構造に反映させているのです。

ダーマ事業という新市場の主導

ロレアルの強さを最も象徴するのがダーマ事業で、皮膚科学のエビデンスに基づいた機能性を謳うこの分野で売上高は1.2兆円に達し、資生堂の全社売上高すら上回ります。市場の価値基準が「憧れやファンタジー」から「エビデンスに基づく機能性」へ不可逆的にシフトしたことを、ロレアルは1989年のラ ロッシュ ポゼ買収時点で見抜いていました。

ダーマトロジカル ビューティ事業部は、スキンシューティカルズは美容皮膚科やドクターズコスメ市場で強く、全体売上は約70億ユーロでロレアル全体の中で最も高い成長率を誇る状況です。AIを用いた肌診断ツールなど、科学的アプローチとテクノロジーを融合させた戦略が奏功しています。

資生堂のブランド戦略の核心

資生堂のブランド戦略は、ロレアルとは異なる文脈で形成されてきました。国内市場でのコーポレートブランド力を基盤に、選択と集中によるプレミアム化を進める戦略です。

コーポレートブランドを軸にした展開

資生堂の高いブランドパワーは、コーポレートブランドとして最適のモデルであり、このコーポレートブランドをマスターブランドとして拡張することが効果的です。国内市場において「資生堂」という名前そのものが品質保証として機能するため、各製品ブランドにはコーポレートブランドが併記されています。

この戦略は日本市場では有効ですが、グローバル展開においては両刃の剣となります。ロレアルが各ブランドを独立したエンティティとして運営するのに対し、資生堂は親ブランドへの依存度が高い構造です。

選択と集中によるブランドポートフォリオ再編

2024年11月に発表されたアクションプラン2025-2026では、全世界で展開する約30ブランドの中から、成長性と収益性の高い主要8ブランドに選択と集中を進めています。SHISEIDO、クレ・ド・ポー ボーテ、NARS、エリクシール、アネッサ、dプログラム、マキアージュなどが注力領域として明確化されました。

2014年から2016年の選択と集中で国内低価格帯ブランドの縮小や赤字事業からの撤退を進め、2017年から2020年にクレ・ド・ポー ボーテを中心に中国・アジアでの販売拡大とデジタルチャネル強化を実施しました。ブランド数の削減は収益性改善を目的としていますが、同時に経営資源の選択と集中という戦略的意図があります。

プレミアムスキンビューティーへの特化

資生堂はプレミアムスキンビューティー領域でのリーディングカンパニーを目指す戦略を鮮明にし、北米のクリーンビューティーブランドDrunk Elephantや皮膚科医監修ブランドDr. Dennis Gross Skincareなど、高価格帯・高機能スキンケア領域の強化を進めてきました。

プレステージ化粧品の売上比率は2014年約35%から2023年約70%へ上昇し、少品種・高収益・グローバル展開というモデルが完成しつつある状況です。ただし、買収したブランドの一部は減損処理を余儀なくされており、M&A戦略には課題も残ります。

中国市場への依存とリスク

資生堂の売上における中国依存度は、トラベルリテールを含めると実に3分の1以上の約36%に達し、この中国一本足打法は中国政府による代理購入への規制強化やC-Beautyの台頭という逆風を受け、その脆弱性を完全に露呈しました。これは資生堂だけでなく、同じく中国市場に大きく賭けていたエスティローダーなども苦しめている業界共通の課題です。

ロレアルは地域別売上高でヨーロッパ40%、アメリカ35%と二大先進市場で安定的に稼ぎ、中国を含む北アジアはわずか13%と、特定の市場の政治・経済リスクを回避するリスク分散を実現しています。地域分散の度合いが両社の安定性の違いを生んでいます。

両社のブランド戦略の決定的な5つの違い

ロレアルと資生堂のブランド戦略を比較すると、5つの決定的な違いが浮かび上がります。

組織構造とブランドの独立性

ロレアルは各ブランドが独立した経営単位として機能し、意思決定の速度が速い構造です。ブランドマネージャーには大きな権限が委譲され、現場の判断で施策を実行できます。資生堂は本社主導の意思決定が中心で、グローバル展開においてもコーポレートブランドとの紐づけを重視します。

資生堂ジャパンでは2024年1月にマーケティング部にメディア戦略部を統合し、ブランド・メディア・PRの3つの部門がワンチームとなる新たな組織体制に変更しました。組織改編によってオンラインとオフラインの融合を進めていますが、ロレアルのような分散型意思決定とは異なるアプローチです。

M&A戦略と育成期間

ロレアルは買収後にブランドの独立性を維持しながら、長期的な視点で市場育成を進めます。単にブランドを量的拡大のために買うのではなく、科学性、文化性、地域特性を持つブランドを選び、その核を守ったまま育てる方向へシフトしています。

資生堂は短期的な成果を求める傾向があり、買収したブランドの収益化を急ぐ姿勢が見られます。ベアエッセンシャルやドランクエレファントといったブランドを高値掴みし、結果的に減損処理に追い込まれた事例が示すように、長期的な市場育成よりも短期的な収益を重視する戦略が裏目に出ています。

地域展開と権限委譲の程度

ロレアルはアメリカ、日本、ブラジル、中国、インドそして南アフリカといった戦略的市場にそれぞれ研究開発およびマーケティング拠点を置き、各国における成功事例を世界の他の国々に展開しています。各地域が研究開発から製品化まで担う構造です。

資生堂は日本を中心とした研究開発体制を維持しており、各地域におけるブランドポートフォリオの最適化やマーケティング戦略の強化、サプライチェーンの効率化などを推進するグローバルトランスフォーメーションを進めていますが、権限委譲の程度はロレアルに及びません。

デジタル活用とデータドリブン経営

ロレアルは化粧品のカウンセリングツールとCRMが組み合わさった顧客カルテを導入し、情報をすべてデータで管理するDX化を進め、顧客データと店舗データの連携を行い分析してマーケティングに活かしています。AIで分析するシステムTrendSpotterを開発し、ライバルよりもいち早くトレンドを察知し、次の流行に適した商品の開発に活用しています。

資生堂もデジタルトランスフォーメーションを進めていますが、自社開発のデジタルツールを導入し紙カルテを電子化することで顧客情報の一元化を行い、美容部員は各チャネル・各店舗における購買履歴情報を確認できる段階です。データ活用の深度と速度において、ロレアルとの差があります。

収益構造と生産性の差

一人当たり売上高は資生堂3,100万円に対しロレアル8,200万円、一人当たり営業利益は資生堂110万円に対しロレアル1,600万円と、約14.5倍の差が生じています。この生産性の違いは、組織構造や事業モデルの差に起因します。

資生堂は制度品という販売モデルによって人件費率が高くなる傾向があり、美容部員を必要とする販売手法が収益を圧迫しています。海外企業やEC企業は美容部員を必要としない化粧品展開などにより販管費率を低く抑え高い利益率を実現し、営業利益率を見ると資生堂が8.0%であるのに対して仏ロレアルは18.0%、米エスティローダーは14.3%です。

両社の戦略から読み解く化粧品業界の勝ち筋

ロレアルと資生堂のブランド戦略を比較すると、化粧品業界で勝ち抜くための示唆が見えてきます。

ブランドポートフォリオの最適化が鍵

ロレアルの成功は、ポートフォリオ戦略の醍醐味として、すべてのブランドが順風満帆というのは望みではあるものの、必ず成長軌道への道筋を常に準備している点にあります。単一市場や単一ブランドへの依存を避け、複数のブランドで異なる市場ニーズに対応する構造が、環境変化への耐性を高めています。

資生堂もスキンケア、サンケアを軸に、メイクアップ、フレグランス、メディカル&ダーマ、ライフスタイル分野へ注力し、それぞれの成長領域でカテゴリーのトップを目指すブランドを配置したブランドポートフォリオを再構築する方針を打ち出しています。ブランド数の削減と重点投資の組み合わせが、今後の成否を分けるでしょう。

科学的根拠と機能性への回帰

市場の価値基準がエビデンスに基づく機能性へシフトしている現在、ダーマコスメ領域の重要性が増しています。ロレアルはこの流れを30年以上前から見据え、着実に市場を育成してきました。資生堂も肌は健康のバロメーターともいわれ、お客さまに健やかな美しさを提供することは、1872年に日本初の民間洋風調剤薬局として創業した資生堂のオリジンに立脚した戦略として、原点回帰を進めています。

定性調査で消費者の本音を聞くと、感情的な憧れだけでなく、科学的な効果を求める声が確実に増えています。ブランド戦略においても、情緒的価値と機能的価値のバランスが重要になっています。

デジタルとリアルの融合

ロレアルは美容部員によるライブコマースやネットカウンセリングで顧客との直接的なコミュニケーションによって意見やコメントを吸い上げ、その意見を素早く反映してアプローチ方法の改善や新たなニーズの発掘につなげ、オンライン専門の美容部員eBAを配置し複数のプラットフォームで積極的に顧客とのコミュニケーションを実施しています。

資生堂もオンラインとオフラインの融合をO+Oという言葉で社内に浸透させ、CXチームがデジタル部とともにDXを推進しています。デジタルとリアルの統合は、両社とも重要戦略として位置づけています。ただし、データ活用の深度や組織の機動性において、ロレアルが一歩先を行く状況です。

地域分散とリスクマネジメント

単一市場への依存は、環境変化に対する脆弱性を高めます。ロレアルは地域別売上高でヨーロッパ40%、アメリカ35%と二大先進市場で安定的に稼ぎ、中国を含む北アジアはわずか13%というリスク分散を実現しています。地域ごとの政治・経済リスクを分散させることが、長期的な安定成長に寄与します。

資生堂は26年の地域別売上高構成で日本、米州、欧州、アジアパックの構成比を引き上げることを予測し、地域分散を進める方針です。中国依存からの脱却は容易ではありませんが、リスク分散は待ったなしの課題です。

まとめ

ロレアルと資生堂のブランド戦略を比較すると、組織構造、M&A手法、地域展開、デジタル活用、収益構造のすべてにおいて両社の違いが明確になります。ロレアルは分散型の経営構造と長期的な視点でのブランド育成によって、安定した成長を実現しています。資生堂は選択と集中によるプレミアム化を進めていますが、中国依存や生産性の課題が残ります。

化粧品業界で勝ち抜くためには、ブランドポートフォリオの最適化、科学的根拠に基づく機能性の訴求、デジタルとリアルの融合、地域分散によるリスクマネジメントが不可欠です。両社の戦略は、異なるアプローチで同じ課題に挑んでいる事例として、実務者にとって多くの示唆を含んでいます。

筆者の経験では、ブランド戦略の成否を分けるのは、戦略そのものよりも実行力と組織の機動性です。デプスインタビューフォーカスグループインタビューで得られた消費者インサイトを、いかに迅速に製品開発やマーケティングに反映させるかが問われています。両社の戦略を参考に、自社のブランド戦略を見直すきっかけとしていただければ幸いです。

この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。