スマホを見ていたら「ポチっていた」経験はないか
通勤中にInstagramを眺めていて、気になる商品を見つけた。次の瞬間にはECサイトで購入を完了していた。そんな経験をした人は少なくないはずです。筆者自身、SNSで流れてきた投稿をきっかけに、数分後には購入ボタンを押していたことが何度もあります。
こうした行動を2019年にGoogleが「パルス消費」と名付け、新たな消費行動の概念として提唱しました。従来のマーケティングフレームワークでは説明できないこの現象は、スマートフォンが購買インフラとなった現代において、企業が理解すべき最重要トピックのひとつです。
パルス消費とは何か
パルス消費とは、スマートフォンを操作している時に瞬間的に買いたい気持ちになり、商品を見つけた瞬間に購入を完了させる消費行動を指します。
パルスとは「脈拍」や「鼓動」を意味する言葉であり、瞬発的に生じる抗いがたい心情を表現しています。消費者が特定の商品やサービスに対して感じる「ピンとくる瞬間」が、購買を一気に引き起こす点が特徴です。
重要なのは、パルス消費において「買いたい気持ち」とは商品とお金を交換する瞬間ではなく、消費者が特定の商品やサービスに対してピンとくる瞬間だということです。その瞬間以降、消費者の心理はすでに買い物かごに商品を入れた状態になり、同一カテゴリーで別の商品を購入する可能性は著しく低くなります。
ジャーニー型消費との決定的な違い
従来の消費行動は「ジャーニー型」と呼ばれてきました。AIDMA(Attention→Interest→Desire→Memory→Action)やAISAS(Attention→Interest→Search→Action→Share)といったプロセスを経て消費者は商品購入に至ると考えられていました。
これに対し、パルス型消費は認知から一気に購入に至るモデルであり、「Explore(探索)→Hit(ピンとくる)→Action(買う)」という公式でまとめられています。認知から購入までの時間が劇的に短縮され、場合によっては数秒から数分で意思決定が完了します。
Googleの調査では、約半数の消費者がECサイトや店舗を訪れた時点では特定の商品やブランドを決めていなかったと回答しています。「何か良いものはないかな」と受動的に情報収集している最中に「ピン」とくる商品に出会い、そのまま購入に至る流れが一般化しているのです。
衝動買いとの違いは何か
パルス消費は衝動買いと混同されがちですが、両者には明確な違いがあります。衝動買いはブランド品や嗜好品のような非日常を求めた消費行為であるのに対し、パルス消費は食料品や日用品など日常的な買い物でも頻繁に行われます。
パルス型消費はその商品に出会う前に「なんとなく気になって」オンラインで調べていたものや事柄に左右され、偶然目にした情報がきっかけで突発的に購買意欲が高まり、その刺激が一定以上に達した場合にその場で購入に踏み切る点が特徴です。購入後の後悔も衝動買いのように生じることは少ないとされています。
パルス消費が生まれた背景
パルス消費という現象が顕著になった背景には、複数の社会的要因が絡み合っています。
まずスマホの普及などにより、いつでもどこでも買い物ができるようになり、金額ベースで見てもインターネットで消費財を購入するという行動は年々増加しています。24時間どこでもスマホから買い物を行える環境が当たり前になったことが、パルス消費を促進する最大の要因です。
さらにデータ分析やAIを活用したターゲティング広告、パーソナライズドマーケティングなどの進化が、消費者の興味を瞬時に捉え、パルス型消費行動を促進する環境を整えました。消費者が「偶然見かけた」と思っている広告も、実は高精度でターゲティングされている場合が多いのです。
加えてキャッシュレス決済の浸透により、現金が手元になくともボタン1つで金銭のやりとりが生まれる状況も、購入の心理的ハードルを下げています。
購買を引き起こす6つの直感センサー
Googleがパルス消費の調査を進める中で、消費者の購買意欲が高まる理由を尋ねたところ、「なんとなく」や「ピンときたから」という曖昧な回答ばかりでした。そこで「ピンときた」というときの買い物中の気分や動機、前後の行動、日々の習慣などを聞き取り、掘り下げた結果、6つの直感センサーがあることが明らかになりました。
セーフティ(Safety):より安心安全なもの
ネットショッピングにおいて消費者は生産者や販売者の顔を直接見ることができないため、不安を抱きやすく、常に安心できる買い物をしたいと考えます。そのため有名なECサイトを利用したり、ネームバリューのある会社から購入する傾向が強くなります。
セーフティの直感センサーに働きかけるためには、サイト内によくある質問を充実させ、消費者の疑問を解決することや、返品ポリシーを明確に提示することが重要です。
フォーミー(For me):より自分にぴったりだと思うもの
パルス型消費行動の中には「自分に合ったものを見つけたい」という直感センサーが存在し、例えば自分の体型や髪型に近いモデルから自分に似合いそうなものを選ぶといったケースが見られます。
最近よく見かける「パーソナルカラー診断」「骨格診断」などを根拠としたおすすめは、この「フォーミー」を意識したマーケティングの代表例と言えます。
コストセーブ(Cost save):お得なもの
消費者はできるだけお得に商品やサービスを購入したいと考えます。ECサイトでは複数の商品が比較できるように掲載されていたり、価格順に並び替えができる機能が、このセンサーに訴えかけています。
フォロー(Follow):売れているもの・第三者が推奨するもの
TwitterやInstagramなどのインフルエンサーが投稿している記事を見て購入を決断するケースであり、現在は芸能人よりも友人やインフルエンサーを参考にして購入を決めている人が多いというデータもあります。口コミやレビューが購買に大きく影響する理由がここにあります。
アドベンチャー(Adventure):知らなかったもの・興味をそそるもの
手に入る情報量の増加に伴って、消費者の冒険心がくすぐられるというセンサーです。未知の商品やブランドであっても、「なんとなく良さそう」「今の自分に合っている気がする」といった直感を信じて購入する傾向が強まっています。
パワーセーブ(Power save):買い物の労力を減らせること
インターネットの普及により、消費者は店舗でしか買えない商品よりもネットショッピングで時間や手間をかけずに手軽に買い物を終えたいと望んでいる傾向があります。努力や時間を節約できる商品に対して購買意欲が高まるのです。
重要なのは、これら6つの直感センサーはすべて誰もが持っているものですが、状況によって反応しやすいセンサーは変化するという点です。同じ人物でも商材によってどこを重視するかは異なります。
パルス消費とZ世代の親和性
パルス消費を語る上で、Z世代との関係性は無視できません。Google社が提唱している「パルス消費」や、SNSがEC連携を行う中で、コンテンツを見てそのままECに飛んで買うといったスタイルが、デジタルネイティブ世代の新たな消費行動となってきています。
Z世代の場合は「なんとなく」「ピンときた」という表現に加えて「ノリで」「よさげだから」といった表現の印象からパルス型消費行動が発生すると分析されています。
各SNSを閲覧しているユーザー別にパルス型消費行動の経験有無を尋ねたところ、Instagramが最多で42.7%が「ある」と回答、続いてFacebook40.5%、Twitter38.1%という結果が出ており、ビジュアルで訴求できるInstagramは特にパルス型消費行動を起こしやすいと考えられます。
企業が実践すべきパルス消費への対応策
パルス消費という新たな購買行動に対し、企業はどのように対応すべきでしょうか。実務視点で押さえておくべきポイントを解説します。
瞬間的な購買意欲を逃さない導線設計
SNSからECサイトへの購入導線を作ることは必要不可欠であり、適切なSNSアカウント運用ができているかを見直す必要があります。
商品タグをタップすると商品詳細ページや購入ページに簡単に移動できる仕組みを整えることで、ユーザーの「気になる、欲しい」という気持ちを高めたまま購入ページに移動できます。もし商品タグがない場合、「後で買おう」とその場の購買欲求が薄れてしまい、結果的に購入につながらない恐れがあります。
パーソナライズされた情報提供
パルス消費を引き出す上で最も重要とされる直感センサーが「これは私のためのものだ」と感じさせる「フォー・ミー」であり、顧客データや閲覧履歴、購買履歴などを活用してAIレコメンデーションなどを通じて個人に最適化された商品や情報を提示することが効果的です。
画一的な情報ではなく、個々の消費者の状況や興味関心に合わせたアプローチが鍵となります。
SNSを活用した情報発信とクチコミ醸成
パルス型消費はスマートフォンを介して行われることがほとんどのため、SNSの活用が有効であり、「なんとなく」「ピンときたから」といった購入トリガーに作用するためには商品ページの画像や動画などを「買いたい」と思わせるデザインで訴求することが最重要といえます。
ECサイトでの新規購入においてはInstagram広告・投稿とクーポンの組み合わせによるパルス消費の促進が効果的であり、店舗の新規訪問においては企業アカウント投稿に加えて来訪者にSNS上へ口コミを投稿してもらう施策が効果的です。
信頼性の担保と不安の解消
セーフティのセンサーに訴えかけるため、口コミやレビューの掲載、明確な返品ポリシーの提示などにより、消費者が安心して購入できるようにサイトの信頼性を強調する必要があります。レビューや口コミを積極的に表示することで信頼性が高まり、購買転換率が上昇します。
パルス消費時代のマーケティング事例
Z世代マーケターの体験として、Twitterを何気なく見ていた時に「小顔に見えるお洒落なマスクがとてもいい商品だった」と化粧品会社が販売しているマスクを紹介しているツイートを見つけ、他のユーザーの口コミや感想を数件読み、次の瞬間にはECサイトで購入していたという体験が紹介されています。これはまさに「フォロー」と「アドベンチャー」というトリガーが起因となって発生したパルス型消費行動の好例です。
企業のInstagramアカウントは通常の投稿や広告でのアプローチだけではなく、キャンペーンを織り交ぜて消費行動を促進しつつ、商品購入者・店舗訪問者に対して口コミ投稿を促進してもらうような取り組みも掛け合わせて運用することが効果的という知見も得られています。
パルス消費を捉える際の注意点
パルス消費は瞬間的な購買行動に見えますが、パルス消費とは「点」と見てしまいがちですが、パルス消費は点ではなく「線」で捉えるべきであり、ピンとくる前に消費者本人も認識していなかった消費者インサイトが少しずつ心の奥で蓄積されていたという視点が重要です。
パルス消費が起こる瞬間を「消費者インサイトの顕在化」とすれば、マーケティングで重要になるのは顧客の消費者インサイトをどれだけ理解しておけるかです。消費者本人も普段は気づいていない奥にある本音を、企業側が理解することが求められます。
また、現在でも情報収集や比較検討などのプロセスを踏んでいくモデルはスタンダードな消費行動であり、カスタマージャーニーを念頭に置いたマーケティングは有効であるという前提を忘れてはいけません。パルス型消費行動に対しても有効な対策を用意することで商機を広げられると考えるべきです。
パルス消費の今後
デジタル化の進展やソーシャルメディアの普及で情報の拡散速度が加速し、オンラインショッピングの進化により購入障壁は低くなっており、パルス型消費行動は今後も増加が続く可能性が高いと考えられます。
スマートフォンが生活に不可欠となり、情報が溢れる現代において消費者の購買行動は「時間をかけた検討」から「瞬時の直感的な判断」へと大きくシフトしており、パルス消費はこの変化を的確に捉えた概念であり、今後のマーケティング活動において無視できない重要な要素です。
新しい生活様式においてSNSの利用時間は伸びる傾向にあり、SNS上で情報が検索される機会も増えているため、企業はSNSを「消費行動のインフラ」と捉え、積極的に活用する努力が求められます。
まとめ:パルス消費時代のマーケティングとは
パルス消費は、スマートフォンが購買インフラとなった現代における必然的な消費行動です。従来のジャーニー型とは異なり、認知から購入までが一瞬で完結するこのモデルに対応するためには、6つの直感センサーを理解し、瞬間的な購買意欲を逃さない導線設計が不可欠です。
重要なのは、パルス消費を「点」ではなく「線」で捉え、消費者インサイトの蓄積と顕在化のプロセスを理解することです。SNSを消費行動のインフラと位置づけ、パーソナライズされた情報提供と信頼性の担保を両立させることで、企業は新たな購買機会を創出できます。
筆者が現場で見てきた限り、パルス消費に成功している企業は例外なく、消費者の「ピンとくる瞬間」を設計し、その瞬間から購入までの摩擦をゼロにする努力を惜しんでいません。あなたの事業においても、この視点でマーケティング施策を見直してみてはいかがでしょうか。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
