【完全解説】ノーベル経済賞のシステム1・システム2理論とはなにか?消費行動における2つの思考モード「直感」「論理」を再考する

はじめに:カーネマンのシステム1・システム2

ダニエル・カーネマンは「人間の意思決定は、直感(システム1)と論理(システム2)を二重過程し行われる」と提唱しています。この功績で彼は2002年にノーベル経済学賞を受賞しました。若いマーケターの読者の皆さんにはなじみの薄い理論かもしれませんね。

しかし、長年インタビューの現場に立ってきた私としては、この理論にどうにも違和感が拭えません。現場で出会う消費者のケースからはもう理論の修正が必要だと感じています。

そもそも、システム1・システム2とはなにか?なぜノーベル賞を受賞したのか?

カーネマン以前の経済学は、簡単に言うと「人間は損得を完璧に計算して動く合理的な生き物(ホモ・エコノミクス)」だと考えていました。

これに対し、カーネマンは心理実験を通じて「人間は驚くほど感情的で、損をすることを極端に嫌う非合理な存在である」とシステム1・システム2を提唱しました。

• システム1(直感): パッと反応する。Amazonの「今すぐ買う」ボタンを推すなど。

• システム2(論理): じっくり考える。スペック表を見比べるなど。

システム1(ファスト)システム2(スロー)
即応的知能熟考的知能
高速低速
直感的論理的
無意識的意識的
非言語的言語的
習慣的計画・推論的

この理論を使って、様々な企業が商業的に大きな成功を収めてきました。しかし、この理論には批判も多いです。ここからは筆者がモデレーションをしている中で感じている、現場の本音です。

システム1・システム2に対する現場の違和感①:醤油の買い物に「意思」はあるか?

私が実際に経験した醤油に関する現場での実例です。

スーパーでキッコーマンの1リットル醤油をカゴに入れた人に「なぜそれを選んだんですか?」と聞くと、たいてい「いつもこれだから」という答えが返ってきます。

カーネマンの理論なら、これは「システム1(直感)」の仕業です。しかし、本当にそうでしょうか?

その人は、「家の醤油が切れそう、今夜困る」という絶対的な現実に支配されています。

インタビューで聞かれたから「システム2(論理)」を無理やり発動させて理由をひねり出しているだけです。「環境に適応」しているだけなのです。

私はここに、思考以前の「システム0(環境・制約)」を見ます。

3. 現場の違和感②:マンションを「一目惚れ」で買う主婦

これまた私が実際に経験したマンション販売事業に関する現場での実例です。

かつて、マンションのモデルルームで驚くべき光景を目にしました。

大根の葉をはみ出させた普段着の主婦が、「一目惚れしました。今サインして、明日手付金を持ってきます」と即決したのです。

数千万円の買い物を、直感(システム1)だけで決めるなんてあり得るのでしょうか?

実はここには、彼女は何ヶ月、何年もかけて各地の物件を見倒し、カタログを読み込み、自分たちの理想像を固めきっていました。システム2的ですね。

その膨大な蓄積が、現場では「直感」という形で噴出したに過ぎません。

これも、理論上の分類を超えた「積み上げられた環境(システム0)」による決断なのです。

現場の違和感:Excelで結婚相手を選ぶ「論理の罠」

一方で、カーネマンが「賢い」としたシステム2(論理)が、人を不幸にする現場も見てきました。

結婚相談所のインタビューで候補者の年収や条件をExcelでマトリックス化して比較している人に出会いました。

一見、最高に論理的ですが、私は「これじゃ決まらないな」と直感しました。

結婚という人生の決断は、論理(システム2)だけでは不可能です。「理屈を超えてこの人といたい」という感情(システム1)を、論理が邪魔をしているからです。

まとめ:マーケターが本当に見るべきもの

カーネマンの「システム1・2」はもっともらしいのですが、それに当てはめようとすると、消費者の真の姿を見誤ります。

• 「直感」に見える行動の裏に、過去の「経験の積み重ねや成功体験」はないか?

• 「論理」で動かない背景に、動かしがたい「環境の制約」はないか?

私たちがインタビューで探るべきは、脳内のプロセスはもちろんですが、その手前にある「システム0」、つまり前提条件です。この泥臭い現場の事実こそが、机上の空論ではない、生きたマーケティングを生むのです。

醤油一つとっても、筆者はインタビューで購入要因を探る際に、前提条件を抑えるべく、くまなく過去の事実をフラットに聞き、将来の意向を確認します。

モデレーションの際に聞くこと

  • その醤油はいつ買ったのか?
  • (なぜ必要になったのか?)それはいつ頃?なんのきっかけで?
  • どこで買ったのか?他によくスーパーは?そのときはそのスーパーに何の用で?
  • この醤油は買わない、とかある?
  • 予算はなんとなくどれくらい?
  • その醤油をはじめて買ったのはいつか?
  • そのときは何が決め手に?
  • 使ってみて、どうだった?他の醤油と違う?
  • 満足だは何点?どうして?
  • 次回別のものに切り替える可能性はある?
  • その醤油が世の中からなくなったら、何を選ぶ?どうして?

きっと様々な制約条件=システム0が見つかるはずです。

この記事の監修者

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。

この記事を書いた人

石井 栄造 | マーケティング・リサーチャー
リサート所属モデレーター。1950年生まれ。立教大学社会学部卒業後、株式会社インテージ、株式会社ビデオリサーチでパネル調査とシングルソースデータの設計・分析を担当。株式会社ガウス生活心理研究所にて定性調査を担当し、1997年に有限会社アウラマーケティングラボを設立。ブランド開発や消費者評価の定量調査を含めたリサーチ全般の請負、コンサルタントとして活躍中。著書に「図解ビジネス実務事典 マーケティングリサーチ」「図解 マーケティングリサーチの進め方がわかる本」「基本がわかる実践できる マーケティングリサーチの手順と使い方[定性調査編]」などがある。