はじめに:定性調査の「モデレーター」に注目すべき理由
近年、フォーカスグループインタビューやデプスインタビューなど、マーケティングリサーチにおいて「モデレーター」の役割が注目されています。とくに、定性調査においてモデレーターは、単なる進行役ではなく、リサーチの成功を大きく左右する重要な存在です。
近年はセルフリサーチサービスの登場により、誰でも気軽にインタビュー調査ができるようになりました。十分な訓練や正しいトレーニングを積んでいないままモデレーターを担当する人が増えています。しかし、誰もが正しいモデレーションの仕方がわからず試行錯誤しているのが現状です。
この記事では、「モデレーター」とは何か、その意味や役割、持つべきスキルセット、正しいアプローチについて、初心者にもわかりやすく解説します。
定性調査のモデレーターとは?基本的な意味と定義
モデレーター(Moderator)とは、定性調査における①インタビューの進行役と、②インタビューをリアルタイムに分析するリサーチャー役、の2つを兼任するマーケティングリサーチにおける専門職です。
一般的なモデレーターにはセミナーやパネルディスカッションの司会進行役という意味もありますが、マーケティングリサーチ業界においては定性調査における代表的な調査手法であるフォーカスグループインタビューやデプスインタビューの司会者のことを指します。
マーケティングリサーチ業界では、モデレーターの進行業務をモデレーション(Moderation)と呼びます。
マーケティングリサーチにおけるモデレーターは、インタビュー調査の成功を左右する高度な技能職
モデレーターはインタビューの参加者が緊張しないようにリラックスした雰囲気作り、発言しやすい雰囲気を作り、調査目的達成に向けて質問を投げかけたり(=asking)、参加者同士の会話を聞きます。(=listening)
モデレーターは消費者と単なるおしゃべりをする役割だと思われることもありますが、インタビュー調査の成功を左右する重責を負う職種です。単なるおしゃべりではなく、消費者の本音を、誘導せずに中立的に引き出すための特別な訓練を受けています。また、柔軟な対応やアドリブでの深堀り(プローブ)をするために思考の瞬発力を求められることから、マーケティングリサーチにおいてモデレーション最も習得難易度の高い技能です。
グローバルのマーケティングリサーチ業界において、プロのモデレーターとして仕事を任させれるには通常、5年以上のモデレーション経験を求められることが多いです。
モデレーターの定性調査における主な役割
1. 消費者が本音を話しやすいリラックスした雰囲気をつくる
モデレーターは常に明るく笑顔で、インタビュー参加者が安心、リラックスできるよう努めます。緊張したり、ストレスを感じると人間は本音を話しづらいものです。また、人前で話すのが苦手な方や緊張しやすい方もいます。モデレーターはインタビュー参加者一人一人の特性に応じたアイスブレイク、コミュニケーションを行い、和やかな空間づくりをしています。
フォーカスグループインタビューにおいては、参加者同士が会話しやすいようなインタラクティブな空間を作るためのアイスブレイクを行います。
2. 分析に必要な情報を抜け漏れなく引き出す
モデレーターは質問を投げかけながら、調査目的を達成するために設定した調査項目を網羅的に聴取します。
インタビューはときに分析に不必要と思われる話題に話がそれ、インタビュー時間を圧迫することがあります。その際、モデレーターは話題を軌道修正しながら、予定していた調査項目をすべてカバーするように場をコントロールします。
3. リアルタイムに分析・洞察する
モデレーターは、インタビュー参加者の言語情報(質問に対する回答)、非言語情報(表情、声のトーン、服装、挙動など)からリアルタイムに分析を行います。
モデレーターは臨機応変に仮説を修正・更新し、それを検証するための質問を見出し、インタビュー参加者に投げかけ、さらに仮説を深化させ、本質に迫ります。
4. 質問の深堀り(プローブ)を行う
モデレーターは、消費者の本音や、意識・実態を明らかにするために、質問を投げかけ深堀り(プローブ / probe)を行います。
消費者は普段の自分の行動を完璧に説明できるわけではないので、「なぜその行動をしているか」と直接的に質問しても、表面的な回答に終始するだけで、本質に迫ることはできません。モデレーターは様々な角度からの質問を投げかけることで、「なぜその行動をしているのか」を明らかにしていきます。
5.タイムマネジメントをする
モデレーターは定めた調査時間を超えないよう時間・進行を管理する必要があります。インタビューの参加者が別の用事に遅刻してしまう可能性や、インタビュー聴講者が別の会議に遅刻してしまう可能性があります。
また、インタビュー時間を超過するとインタビュー参加者には追加の謝礼をお支払いする必要があります。書記や同時通訳を発注している場合は超過時間分の費用を請求されます。
モデレーターは、参加者全員の時間的コストの損失を防ぐために、計画通りにインタビューの時間配分をコントロールします。
モデレーターに求められるスキルセット
場の雰囲気づくり
常に明るく笑顔でニコやかな雰囲気、声はハリ・ツヤがあり大きな声。角が取れた、穏やかな声。穏やかな口調で話します。
ぶっきらぼうな表情や態度、大きすぎる声、小さすぎる声、詰問的な口調、ガサツな笑い声のモデレーターに対して、インタビュー参加者は心を閉ざしてしまいます。
発話を促す傾聴力
モデレーターは、インタビュー参加者が話をし続けたいと思えるように反応し、相づちを絶妙なタイミングで行います。
また、発言が止まってしまい沈黙や気まずい空気感が漂わないよう、空気感をコントロールする能力も不可欠です。モデレーター自身がテンポよく話すことでインタビュー参加者もテンポよく話してくれます。
インタビュー参加者の話を乱暴に遮ったり、薄い反応を続けるとインタビュー参加者は口が重たくなり発話量が減ります。またモデレーターのテンポが悪いと、インタビュー参加者もゆっくりと話すようになってしまい発話量が減ります。
発話量は定性データの量そのもので、多いほど分析に役立ちます。初心者のモデレーションと比べると、優秀なモデレーターは同じ時間内で発話データ量を圧倒的に多く得ることができます。
優秀なモデレーターは、相づちのトーンを変えるだけで、インタビュー参加者の会話スピードを早くさせたり、遅くしたり、会話を続けさせたり、切り上げたりすることができます。これは筆者自身もなかなか特殊なスキルだなと感じています。
中立性・バイアスをかけない
一方で、傾聴力を意識するあまり以下のような聴取・反応をすると対象者の回答を無意識に誘導してしまいます。
- 期待通りの回答をもらった際のオーバーな反応
- 同調的・共感した反応
- インタビュー参加者の回答に対して口癖で「ありがとうございます」と頻繁に回答する
- テスト・試供してもらった商品に肯定的な評価をしてもらいたそうな素振り
リサーチャー・モデレーターが対象者の回答を誘導してしまうことをマーケティングリサーチ業界では「バイアス」と呼びます。
バイアスをかけて得た回答(定性データ)は消費者の本来の意見ではなく誘導されたデータ・誤ったデータです。誤ったデータをもとに行った分析は価値がないどころか、誤った意思決定を招き、企業の損失に繋がります。
誤ったデータに対していくら分析をしても分析結果に価値がないことをコンピューターサイエンスの世界ではGarbage in, garbage out(ゴミを入れればゴミしか出てこない)と言います。質の悪いデータを入力すると、どんなに優れたシステムや分析でも、結果も同様に質の悪いものになる、という分析の原則のことです。
定性調査はインタラクティブな調査である性質から、バイアスがかかりやすい調査手法です。よって、モデレーターは、バイアスを最小限にとどめるよう、細心の注意を払います。
思考の瞬発力と臨機応変な対応力
モデレーターは、通常、調査項目をもとにしたインタビューフローを事前に作成し、インタビューに臨みます。
定性調査は定量調査と異なりインタラクティブな調査なので、当初の想定・仮説とは異なる内容がインタビュー参加者から発話されることがあります。そして、大抵の調査は仮説通りではない、あるいは仮説を覆すような内容になることがほとんどです。
モデレーターはインタビューフローの内容に囚われず、臨機応変に仮説を修正・更新し、それを検証するための質問を素早く見出し、インタビュー参加者に投げかけ、さらに仮説を深化させ、本質に迫ります。
構造化インタビュー・半構造化インタビュー・非構造化インタビューの違い(記事作成予定)
構造的把握能力
モデレーターは、目の前の一人の消費者を深く理解することが役割の本分ではありません。消費者の行動の背景にある価値観や本質的なニーズから、特定の商品カテゴリーの市場の構造、その市場のゲームのルールを把握し、勝ち筋を見出すことに本質的な目的があります。
優秀なモデレーターは、具体と抽象の行き来、構造的把握能力を必ず有しています。一人のインタビュー参加者の具体的な発話内容を抽象的に構造化する。あるいは抽象的な発話内容を深堀し、具体性を解明していくことが求められます。
例えば、インタビュー聴講者は「何が発話されたか」だけに注目しますが、優秀なモデレーターは、「何を発話していないか」にも目を向けます。常に論理性を持ちながら、インタビューでは柔和な雰囲気で会話をすることが求められます。
言語化能力
定性調査は定量調査と異なり、定性データ(質的データ)を扱うため、何を比較し、どの差分に注目をし、どの差分を無視するか、を数字ではなく言葉で構造を表現する必要があります。
数字はグラフなどにすると誰の目にも差分が明らかなので「発見」しやすいという特徴があります。一方で、定性調査においてはどこに差分があるか視覚的にわかりづらいので「発見」がしづらい、特徴を持ちます。また、定性調査では、「なぜそれが大きな発見と言えるのか」を言葉で説明できて初めて相手に「発見」が伝わります。
よって、モデレーターには自然と高い言語化能力が求められます。
また、言語化能力はインタビュー中にも必要不可欠なスキルです。
インタビュー参加者によって発話する内容は全く異なります。また、同じような内容であっても人が異なれば異なる語彙や表現をします。また、同じような内容に聞こえても、背景にある理由や価値基準は人によって全く異なります。自分の感じていることを、うまく言葉で表現できないインタビュー参加者もいます。
定性調査は聞いたことを聞いたままに受け止める行為ではありません。必ずインタビュー参加者の背景・価値観・性格・思考のクセ・表現のクセ、非言語情報に注目し、インタビュー参加者が本当に意図した内容を汲み取る必要があります。
言語化能力はその他、適切な質問を作る力、デブリーフィング、インタビュー後のレポート作成などにも求められます。そのためにも高い言語運用の能力が必要なのです。
モデレーターは、定性調査のリサーチャーとは異なる
マーケティングリサーチ業界では定性調査のリサーチャー(定性リサーチャー)と呼ばれる、定性調査の設計・分析・報告書作成を担当する役割があります。
よく混同されていますが、モデレーターと定性調査リサーチャーのスキルセットは大きく異なります。
| スキル | モデレーター | 定性リサーチャー |
| 場の雰囲気づくり | 必要 | 不要 |
| 発話を促す傾聴力 | 必要 | 不要 |
| 思考の瞬発力と臨機応変な対応力 | 必要 | 不要 |
| 構造的把握能力 | 必要 | 必要 |
| 言語化能力 | 必要 | 必要 |
さいごに:モデレーターは自分でやると大変。想像以上にプロフェッショナルな仕事
実際にモデレーターを経験したことがある読者の方はすでに体感されているかもしれませんが、モデレーターは単なるおしゃべりをする職種ではなく、思考力も体力も求められるプロフェッショナルともいうべき職種です。
とはいえ、「簡単そうだ」「誰でもできそう」「自分はできている」と思われている方も少なくありません。
リサートでは主催する「モデレーター養成講座」を通じてこれまでに80名以上の方にモデレーションのトレーニングを行ってきました。一方、適切なアプローチができている受講者は1割にも満たないのが現状です。
「自分はできている」と思われている方ほど、バイアスをかけたり、自分が欲しい答えを相手に答えさせてしまうような誘導を無意識に行ってしまっている傾向があります。
プロのモデレーターは、複数のテクニカルなスキルを磨き、トレーニングと実践を長年繰り返すことで初めて生まれます。筆者の肌感覚では、海外のマーケティングリサーチ業界の基準にもなっている通り、5年程度の実務経験を要し、スキルの維持には少なくとも年間100回程度モデレーションを行う必要があると感じています。
とはいえ、モデレーションは一度マスターしフリーランスとして独立すれば、プロフェッショナルに相応しい高い報酬と柔軟な働き方を得ることができます。また、世の中では珍しい、面白い案件に出会えることもモデレーターの醍醐味です。ぜひ、読者の皆様にもモデレーターにチャレンジしてみていただきたいと思っています。
リサートにモデレーターを派遣してもらう
リサートでモデレーション能力を向上させる
リサートでモデレーターになる
この記事の監修者

角 泰範 | マーケティング・リサーチャー
リサート所属モデレーター。シンクタンク・マーケティングリサーチ複数社を経て現職。マーケティングリサーチャーとして10年以上の経験を有し、大手ブランドの広範な商材・サービスの調査を支援。統計学的な分析手法とインタビューをハイブリッドに活用した、定量・定性の両軸での消費者分析力が強み。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。






