インタビュー調査で対象者が話してくれない瞬間に直面する
インタビュールームに入った瞬間から、空気が重たい。質問を投げかけても、返ってくるのは短い単語だけ。期待していた深い話は一向に引き出せず、時計の針だけが進んでいく。筆者はこの光景を、定性調査の現場で何度も目の当たりにしてきました。
参加者が十分にオープンでないと、信頼性や有用性のあるデータを収集することが困難になるのは、調査実務者なら誰もが理解している事実です。しかし実際の現場では、マニュアル通りに進まない場面が頻繁に起こります。対象者が緊張している、質問の意図が伝わっていない、あるいは本音を話すことへの抵抗感がある。理由は様々ですが、共通しているのは「このままでは調査目的を達成できない」という焦りです。
本記事では、インタビュー調査で対象者が喋ってくれない状況に陥った際の具体的な対策を、実務の視点から解説します。単なる小手先のテクニックではなく、なぜ対象者が話せないのか、その心理的メカニズムから紐解いていきます。
対象者が話さない理由を心理的側面から理解する
対象者が話してくれない背景には、必ず理由が存在します。多くの場合、それは対象者側の問題ではなく、調査設計やインタビュアーの振る舞いに起因しています。
インタビュー調査ではほとんどの場合が初対面となるため、対象者が緊張しているケースが多くなります。この緊張は、単に人見知りという性格的特徴だけでなく、評価されるのではないかという不安、間違ったことを言ってはいけないというプレッシャーからも生まれます。
心理的安全性が担保されていない状態では、対象者は無難な発言しかしなくなり、深いインサイトを得ることが困難になります。つまり、対象者が話さないのではなく、話せる環境が整っていないのです。
もう一つの要因として、質問の設計ミスがあります。抽象的な質問には答えづらいので、「おいしいです」としか回答がもらえないことも多くあります。「どう思いますか」という漠然とした問いかけでは、対象者は何を答えればいいのか分からず、沈黙するか当たり障りのない返答に終始します。
ラポール形成は最初の15分が勝負を決める
対象者との信頼関係構築、いわゆるラポール形成は、インタビュー成否の7割を決めると言っても過言ではありません。しかし現場では「時間がもったいない」と、この過程を軽視してしまうケースが散見されます。
最初に信頼関係を構築することを「ラポール形成」といいますが、雑談や簡単に答えられる質問などを行い、意識的に距離を縮めることが求められます。具体的には、対象者が住んでいる地域の話題、趣味、仕事内容など、答えやすく緊張をほぐせるテーマから入ります。
対象者がモデレーターを信頼してくれて初めて本音を話してくれるようになるため、この段階を省略すると、その後どれだけ優れた質問を投げかけても表面的な回答しか得られません。筆者の経験では、ラポール形成に15分程度を割いたインタビューは、その後の展開が驚くほどスムーズになります。
「何を話してもいいんだ。」という安心を実感させることがラポール形成の目的であり、対象者が「この人には話しても大丈夫だ」と感じられるかどうかが、その後の情報の質を左右します。
ラポール形成で避けるべき3つの落とし穴
ラポール形成を意識していても、間違ったアプローチをとると逆効果になります。一つ目は、形式的な自己紹介だけで終わらせること。「今日はよろしくお願いします」だけでは、対象者の緊張は解けません。
二つ目は、いきなり調査テーマに関連する質問をしてしまうこと。調査とは関係のない話題から始めてリラックスしてもらう、共通の話題を出して共感を得るといった方法が効果的です。
三つ目は、インタビュアー側が一方的に話し続けること。ラポール形成の段階でも、対象者に話してもらう時間を多く確保すべきです。相手の話を聞く姿勢を最初から示すことで、「この場では自分が主役なのだ」という安心感が生まれます。
質問設計の見直しが沈黙を防ぐ鍵になる
対象者が答えられない質問を投げかけていないか、冷静に振り返る必要があります。質問の作り方一つで、得られる情報の質は大きく変わります。
過去の具体的な経験を尋ねる方が、より詳細で正確な情報を得やすくなります。「普段どう思っていますか」という抽象的な問いではなく、「前回その商品を買った時、どんな気持ちでしたか」と具体的なエピソードに落とし込むと、対象者は記憶を辿りながら答えやすくなります。
「はい」か「いいえ」では答えられない、自由な回答を促す質問のことをオープンクエスチョンといいます。「この商品は好きですか」というクローズドクエスチョンではなく、「この商品のどんなところが気になりましたか」とオープンに問いかけることで、対象者の思考が広がります。
「どこの店で買ったのか」「買ったもの以外に候補の商品はあったのか」「買った商品をいつ使ったか」など、回答しやすい事実について質問すると良いです。事実を積み重ねていくことで、対象者は自然と深い心理に辿り着けます。
誘導尋問が対象者の口を閉ざす
調査側が期待する答えを示唆してしまう誘導尋問は、対象者を沈黙させる大きな要因です。インタビュアーの意見や期待が少しでも言葉ににじみ出てしまうと、対象者はそれに合わせようとしたり、反対意見を言いにくくなったりして、得られる情報の信頼性が損なわれてしまいます。
「このパッケージ、素敵だと思いませんか」という質問は、明らかに「素敵」という評価を前提としています。こうした問いかけを受けた対象者は、本当は別の感想を持っていても、それを表現しづらくなります。結果として、当たり障りのない同意の言葉を述べるか、沈黙を選ぶことになります。
公平な姿勢を保ち、相手の自由な発言を大切にしましょう。インタビュアーは常に中立であり、どんな回答も等しく価値があることを態度で示す必要があります。
沈黙を恐れず活用する姿勢が深い洞察を生む
インタビュー中の沈黙は、多くのインタビュアーにとって居心地の悪いものです。しかし、沈黙こそが対象者の思考が深まっている証拠であることも少なくありません。
沈黙は居心地の悪いものですが、それに慣れることで、会話の流れにおいて沈黙を急いで埋めることのないようにしましょう。対象者は沈黙の時間を使って、自分の気持ちを整理し、適切な言葉を探しています。この過程を遮ってしまうと、本来得られたはずの深い洞察を失うことになります。
「沈黙」も定性情報の1つです。なぜその質問に対して即答できなかったのか、どれだけの時間を要したのかという情報も、分析の材料になります。筆者が担当したあるインタビューでは、価格についての質問に長い沈黙があったことで、対象者が「高いと感じているが言いにくい」という心理状態にあることが読み取れました。
沈黙はけっして悪いものではなく、その時間を使って、対象者は自分の意見を整理することができます。沈黙を待つ忍耐力は、モデレーターに求められる重要なスキルの一つです。
傾聴力を高めて対象者の言葉を最後まで聞く
対象者が話さない原因の一つに、インタビュアーが話を遮っているという問題があります。本人は気づいていなくても、相手の発言を途中で奪ってしまう癖を持つ人は少なくありません。
話の途中で遮らないことが基本です。沈黙が訪れても急かさず、対象者の考える時間として尊重します。対象者が言葉に詰まった時、助け舟を出したくなる気持ちは理解できます。しかし、対象者が言いかけた言葉に助け船を出すことは、対象者自身の意欲を失わせ、不必要な情報バイアスを与えることにもなります。
対象者も「自分の話を聞いてもらえている」「理解しようとしてくれている」と感じてもらうことで、より多くのことを語ろうとするようになります。傾聴の姿勢を示すには、適切な相づちと共感的な反応が効果的です。
参加者の話についていくのが難しくなり、参加者があなたが追いつくまで待っていなければならなくなるため、メモを取りながらのインタビューは避けるべきです。録音・録画機材を活用し、インタビュー中は対象者に集中することが推奨されます。
対象者の言葉を言い換えない原則
対象者の発言を「それはこういう意味ですね。」と言い換えてはいけません。インタビュアーが勝手に解釈して要約すると、対象者は「自分の言いたいことが伝わっていない」と感じ、話す意欲を失います。
対象者が「香り」と表現しないで「匂い」という言葉を使ったのは何らかの意味があります。言葉の選択そのものに、対象者の深層心理が表れています。それを別の言葉に置き換えてしまうと、重要な情報を損なうことになります。対象者の言葉をそのまま受け取り、必要であれば「今おっしゃった〇〇について、もう少し詳しく聞かせてください」と深掘りする姿勢が正解です。
リアクションと場の雰囲気が対象者の発話量を変える
対象者が話しやすいと感じる場の雰囲気作りは、モデレーターの重要な役割です。回答には正解や不正解、良い・悪いがないことを伝え、対象者が自由に発言できるようにすることもポイントです。
筆者が観察してきた優秀なモデレーターに共通するのは、リアクションの豊かさです。たとえ聞いたことがある話でも「そうなんだ!」と、大げさに明るく返答する。リアクション大きめに演技することで、自分を騙せるメリットもあります。対象者は、自分の話に興味を持ってもらえていると感じると、より多くを語ろうとします。
会場の選定においては、静かでプライバシーが確保され、適度にリラックスできる雰囲気の場所を選ぶのが理想です。物理的な環境も、対象者の心理状態に影響を与えます。照明が明るすぎたり、室温が適切でなかったりすると、対象者は無意識のうちに居心地の悪さを感じ、話すことに集中できなくなります。
調査対象者が固くならずに自由に発言できるような雰囲気を作ります。これは単なる技術ではなく、対象者への敬意と、その人の経験や意見に価値があるという姿勢の表れです。
深掘り質問の技法が本音に辿り着く道筋を作る
対象者が話し始めても、表面的な回答に留まってしまうケースがあります。ここで必要になるのが、深掘り質問の技法です。
「なぜ?」を繰り返す、具体例を求める、感情や価値観に焦点を当てるといった質問技法を駆使することで、対象者の深層心理に迫れます。ただし、理由を探る際に便利な「なぜ?」という問いかけは、使い方を誤ると逆効果になることもあります。「なぜですか」を連発すると、対象者は詰問されているように感じ、防御的になってしまいます。
効果的なのは、「なぜ」を別の表現に言い換えることです。「どんなところが気になったのですか」「その時どう感じましたか」「何がきっかけでしたか」といった問いかけの方が、対象者は答えやすくなります。
例えば「手に入ると、自慢したくなるかぁ」「子育て中は忙しい、なるほど~。」といった形で、参加者のコメントを繰り返すことで、自発的にその続きを話したくさせるつぶやき方式も有効です。対象者の言葉を柔らかく反復することで、相手は自分の発言を振り返り、さらに深い話をしてくれるようになります。
投影法で言いにくい本音を引き出す
友人や家族など「他の人」であれば、どう思うかを尋ね、その意見として語ってもらう第三者投影法では、対象者は直接的な意見よりも本音を話しやすくなります。「あなたはどう思いますか」ではなく、「あなたの友人がこれを使ったら、どう感じると思いますか」と問いかけることで、対象者は自分自身の本音を第三者の意見として表現できます。
この技法は、デリケートなテーマや否定的な意見を聞き出したい場合に特に有効です。直接聞かれると答えづらい内容でも、他者の視点を借りることで語りやすくなります。
グループインタビューで無口な参加者への対処法
グループインタビューでは、特定の参加者だけが話し、他の人が沈黙してしまうという問題がしばしば発生します。発言が少ない人には質問を投げかけて意見を促し、特定の人の発言が長くなりすぎないようにコントロールします。
グループインタビューでは1人の意見に集中するのではなく、全員がまんべんなく回答できるようにしましょう。モデレーターは、全員に平等に発言機会を提供する責任があります。
そのコメントをプローブする形で、別の対象者にコメントを求めます。そして、それをまた別の対象者のプローブに使うといったことを繰り返しますグループシナジープローブ法を使うと、発言しにくい参加者も自然と会話に参加できるようになります。
オンラインのグループインタビューでは、対面よりも一体感が生まれにくいことがあります。モデレーターは、より意識的に参加者全員に発言を促すなどの工夫が求められます。オンライン環境では、画面越しの参加者の表情や反応を読み取ることが難しいため、意識的に全員に話を振る必要があります。
対策を講じても話さない場合の判断基準
あらゆる対策を講じても、対象者が話してくれない場合があります。この時、インタビュアーが自分を責める必要はありません。適切な対象者を選定しさえすれば、優秀な営業マンや人の話を引き出すことが上手な人であれば、基本的なインタビュー調査は実施できるでしょうが、逆に言えば、対象者選定の段階で問題があった可能性もあります。
対象者を選別する際には、条件に合致していることはもちろん、調査テーマに対して関心が高い人の方が適しています。リクルーティングの段階で、そのテーマについて語れる経験や意見を持っている人を選ぶことが重要です。
もし調査途中で「この対象者からは有益な情報が得られない」と判断した場合、無理に続けるよりも、得られた情報を丁寧に分析し、次回の調査設計に活かす方が建設的です。すべてのインタビューが成功するわけではなく、失敗から学ぶこともマーケティングリサーチの重要なプロセスです。
筆者の経験では、対象者が話さなかった理由を事後的に分析することで、調査設計の改善点が見えてくることが多々あります。その学びを次に活かせば、調査の質は確実に向上していきます。
調査実務者として押さえるべき実践的なチェックリスト
対象者が話してくれない問題を未然に防ぐために、実務者が押さえておくべきポイントを整理します。まず調査設計段階では、対象者の選定基準を明確にし、テーマに対して一定の関心や経験を持つ人をリクルートすることです。
インタビューフロー作成時には、答えやすい質問から始め、徐々に本質的な内容に入る構成を意識します。容易に回答できる質問をインタビュー冒頭に設定することがコツです。質問は具体的で、過去の実体験に基づいて答えられる形式にします。
当日の実施では、ラポール形成に十分な時間を割くこと。相手を尊重する姿勢を見せることも気持ちよく話してもらうためのポイントです。インタビュー中は、対象者の言葉を最後まで聞き、沈黙を恐れず、相手のペースを尊重します。
モデレーターとしての振る舞いでは、中立的な態度を保ち、誘導尋問を避け、豊かなリアクションで対象者の発話を促します。深掘りする際は、「なぜ」の連発を避け、様々な角度から質問を投げかけて本質に迫ります。
そして最も重要なのは、対象者が話さないのは「対象者の問題」ではなく「調査側の環境設定の問題」と捉える姿勢です。この視点を持つことで、改善策は必ず見つかります。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。

