アンケート調査の集計や分析というと、クロス表を作る、統計分析を回す、といった作業を思い浮かべる人は多いのではないかと思います。
一方で筆者は、集計・分析は決して作業ではなく、「調査設計と意思決定をつなぐ思考プロセス」だと捉えています。
集計や分析の質は、Excelや統計ソフトの操作スキルで決まるわけではありません。集計に入る前にどれだけ立ち止まって考えられたかによって、その後に得られる示唆の深さは大きく変わります。
リサーチの現場では、大量に集計軸を作って集計を行い、いろんな観点でデータをとりあえず見てみる、という風景は事業会社でも調査会社でもよく見かける光景です。しかし、本来、意思決定に必要な集計は実はごく限られたものです。
本稿では、筆者が集計前に必ず行っている確認事項を整理したうえで、集計・分析をどのような思考順で進めているのかをまとめていきたいと思います。
集計に入る前に一度立ち止まるべき理由
アンケート調査が完了し、データが手元に届くと、すぐに集計を始めたくなるものです。しかし筆者は、集計ファイルを開く前に、必ず3つの観点で頭の整理を行っています。
調査背景と調査目的の再確認
最初に行うのは、調査背景と調査目的の再確認です。筆者はここで、「調査票に書かれている目的」ではなく、「本来の意思決定テーマ」を言葉にし直します。
意思決定のテーマの例
- ブランドの方向性を見直したい
- 既存施策の優先順位を決めたい
- 新しい仮説の当たりをつけたい
この整理が甘いまま集計を始めると、「数字は出ているが、判断につながらない」状態に陥りやすいのです。集計・分析は、問いに答える行為であり、問いがあいまいであれば答えもあいまいになっていきます。
仮説と調査設計の関係を整理する
次に確認するのは、調査設計に組み込まれている仮説です。仮説は必ずしも文章で明文化されているとは限らないものです。
分析における仮説の例
- この属性で差が出るはず
- 利用経験が評価を左右しているはず
- 態度や価値観が行動の背景にあるはず
こうした前提は、調査票の設問構成や選択肢の置き方に必ず反映されています。集計・分析では、仮説を「当てにいく」のではなく、「どこまで有効か」「どこで崩れるか」を冷静に確認する姿勢が重要となります。
データ構造を把握する――どのように集められたデータなのか?
3つ目が、データ構造の把握です。ここで筆者が特に重視しているのは、「どのような形で集められたデータなのか」を理解することです。
街頭アンケートなのか、調査会社のパネルを用いたWebアンケートなのか。調査会社のパネルであれば、どの調査会社のパネルなのか。あるいは自社顧客へのアンケートなのか、購買履歴や行動ログといった実データなのか。
同じ数値であっても、データの出自が異なれば、読み取れる意味は大きく変わってきます。
アンケート調査の場合は、対象者条件や割付の確認も欠かせません。
取得データをチェックする観点の例
- 誰を対象に、どのような条件で集めたデータなのか。
- 市場構成と比べて、どこに偏りがあるのか。
- 割付によって、どの軸まで比較可能なのか。
割付は当初の仮説に応じて設計しているはずなので、何かしらの意図があります。
これらを把握しないまま集計を進めると、「本来比較できない差」を、あたかも意味のある違いのように扱ってしまう危険があります。
集計は全体像の把握から始める
集計に入る際、筆者が最初に行うのは単純集計の確認です。単純集計は地味な工程ですが、データ全体の性格を把握するためには欠かせません。
もちろん、単純集計そのものに意味がないこともありますが、基本的に最初は単純集計をチェックすることで見えてくることも多いです
単純集計でまず確認するべき項目
- 選択率が極端に高い/低い項目
- 想定していた分布と大きく異なる項目
- 回答が一方向に寄りすぎている項目
上記のポイントを重点的に確認しましょう。この時点で違和感を覚える項目は、分析以前に設問設計や回答文脈に課題がある場合も多いです。
単純集計は、分析に進んでよいかどうかを判断するためのチェックポイントでもあります。この工程をスルーすると、調査バイアスのかかったデータに対して、バイアスを勘案せず分析することに繋がってしまいます。
マーケティングリサーチにおいて調査バイアスを無視した分析は誤った意思決定を招くので、大変危険です。要注意してください。調査バイアスについては以下のコラムで説明しています。
クロス集計は「差」を見るためだけのものではない
クロス集計とは、二つ以上の項目を掛け合わせて傾向を見る集計手法です。
年代×評価、利用経験×態度などが典型例ですね。
クロス集計では、「集計軸間で差があるかどうか」に目が向きがちです。しかし、実務において重要なのは、統計的な差の有無よりも、「集計軸間でどのような構造的な違いが生じているのか」を理解することだと筆者は考えています。
集計軸間だけに注目して分析を誤った例
- 年齢差に見えるが、実際は利用経験の差だった
- 男女差に見えるが、関与度の違いだった
このように、表面的な差の裏側には別の要因が隠れていることが多いです。そしてこの差が意思決定にどう関係するのか、という視点は忘れないようにしたいです。
そのため筆者は、クロス集計を見る際に、次の4つの観点を常に頭に入れています。個人的にはこの4つの観点が本稿では一番重要なポイントだと思っています。
①属性による違い
最も基本的なのが、年齢、性別、居住地、職業といった属性による違いです。属性によるクロス集計は分かりやすく、説明もしやすいため、基本的な分析の出発点として最もベーシックなものです。
一方で注意したいのは、属性そのものが原因で差が生じているとは限らない、という点です。
年齢差のように見えて、実際には利用経験やライフステージ(未既婚や子どもの有無など)の違いが影響している場合も多いです。
属性によるクロス集計は「分析の入口」であり、結論ではないです。属性差が見えた場合は、その背後にある要因をさらに探る必要があります。
②条件による違い
条件とは、利用頻度、接触チャネル、購入経験の有無など、調査対象者が置かれている状況や前提条件を意味します。
同じ属性であっても、条件が異なれば評価や態度は大きく変わるものです。
調査における条件の違いの例
- 認知者と非認知者
- 利用経験者と未経験者
- 直近利用者と過去利用者
- 自社商品ユーザーと他社商品ユーザー
条件によるクロス集計は、「なぜ評価が分かれるのか」を構造的に理解する手がかりになります。属性差よりも、条件差の方が打ち手に直結しやすいケースも多いです。
③価値観による違い
価値観クロスは、意識項目や態度項目を軸にした集計です。
価値観の違いの例
- 合理性重視か、こだわり重視か。
- 安さ重視か、納得感重視か。
価値観は目に見えにくいですが、行動や選択を強く規定しています。属性では説明できなかった差が、価値観によるクロス集計によって初めて理解できることも多いです。
価値観のクロスは、セグメンテーションやペルソナ設計と親和性が高く、「誰に、どのようなメッセージを届けるべきか」を考える際の重要な視点になります。クラスターを集計軸にしたクロス集計もこちらに該当します。
④体験による違い
体験とは、実際に経験した出来事やプロセスの違いです。購入時の体験、利用中の体験、サポートとの接触経験などが該当します。
同じ商品やサービスであっても、体験の質や記憶され方によって評価は大きく変わります。体験によるクロス集計を見ることで、「評価が分かれた理由」が具体的な場面として浮かび上がります。
体験による違いは、改善施策やUX設計に直接つながりやすいです。
例えば、ネットスーパーで不良品が届いたけど、その後の対応が悪かった人と良かった人とではサービスに対する評価が大きく変わります。
他にも生命保険の保険金請求をしたことがある人とない人では、保険会社に対するイメージは結構違うものです。
集計軸をたくさん作るよりも仮説をどう検証するかを考える
定量調査、特にネットアンケートを行うとたくさんのサンプルを回収することが可能なので、集計軸を細かに作っても統計的に分析に耐えられる最小のサンプルサイズ(n=30以上)を確保することができます。
定量調査の集計現場では、設問数が30問程度なのに集計軸を性別、年代別、地域別、職業別、年収別、満足度別などと30軸以上作成している事案がちょくちょく発生しています。たくさんの集計軸を用意して集計表を作成してしまうと、アンケートの巨大マトリクス問題と同じで、何を見ればいいのかが分からなくなってしまう問題が起きてしまいます。
私はこの現象を「データの海に溺れている」と表現しています。
ずいぶん昔には、設問数50問の調査票で集計軸を100軸ほど用意した事例があり、クライアントに納品したところクライアントはその数表を全くと言っていいほど見ていなかったという逸話もあります。確かに、選択肢が20個ほどあって、集計軸100軸となると1軸あたり2個(例えば男女)でも200行になるので20列×200行の数表が何枚もあると見れないですよね。
実際にそんな巨大な集計表を読み込むなんてことは人間では不可能です。集計表を納品することが目的であればいいのかもしれませんが、それは意思決定につながる行為とは真反対のことのように筆者は思います。
集計軸をたくさん作っても数値がたくさん出てくるだけで、その数値をどう解釈すればいいかわらなくなりますし、その集計表は活用されることはありません。集計軸を作る前にどの質問をどの軸でクロス集計をすれば、仮説の検証ができるのか、意思決定につながる数値が出るのかを先に考えてみるようにしてください。集計軸を作成するのはその後でじゅうぶん間に合います。
分析は問いを更新し続けるプロセス
因子分析やクラスター分析、重回帰分析などの多変量解析は、集計だけでは見えてこない何かが見えてくるものと期待されることが多いです。
しかし、重要なのは、「高度な分析を行ったかどうか」ではなく、「問いに対して適切な整理方法を選べているか」です。
基本のクロス集計をしっかりと読みこめば、解の方向性は見えてくるはずです。
実務として分析を進める過程では、「この切り口で理解し続けてよいのか」「別の軸で整理した方が、意思決定につながるのではないか」と問い直す場面が何度もやってきます。
分析とは、仮説と結果を往復しながら、問いそのものを磨いていくプロセスとも言えます。
なお、「問いを更新し続けるプロセス」は思考の瞬発力を問われる定性調査・モデレーションにおいてはより重要になってきます。定量調査では瞬発力は求められないので、定量調査で練習しておくべきですね。
まとめ:集計・分析のゴールは判断できる状態を作ること
集計・分析のゴールは、情報量の多さでも、分析手法の難しさでもありません。集計・分析のゴールは調査結果をもとに、意思決定ができる状態を作ることでもあります。
何が分かり、何が分からなかったのか。
どのアクションプランが選びやすくなり、どのアクションプランは採用が難しくなったのか。
集計・分析は、データを意思決定に耐えうる形へ翻訳する行為だと筆者は考えています。
当たり前のことではありますが、どの仕事にも納期があり、時間は有限です。
むやみやたらと集計軸を用意して集計を行ったところで、意思決定に耐えうる分析はできません。
集計の前に当初の仮説が何だったのか、改めて何の問いに答えを出さなくてはいけないのかを踏まえて、集計・分析を行っていくことが何よりも大切です。
集計・分析は調査のクライマックスに置かれがちですが、実際には調査全体の思考が集約される工程です。
集計前に立ち止まり、背景やデータ構造を丁寧に確認することで、数字は意味を持ち始めます。そして、その定量調査のデータの向こう側には、人が介在していることを忘れてはいけません。
本稿が、集計・分析に向き合う際の視点整理の一助になれば幸いです。
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この記事の監修者

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
この記事を書いた人

角 泰範 | マーケティング・リサーチャー
リサート所属モデレーター。シンクタンク・マーケティングリサーチ複数社を経て現職。マーケティングリサーチャーとして10年以上の経験を有し、大手ブランドの広範な商材・サービスの調査を支援。統計学的な分析手法とインタビューをハイブリッドに活用した、定量・定性の両軸での消費者分析力が強み。








