【完全解説】行動観察・エスノグラフィーを、顧客理解に活用するための考え方

エスノグラフィー調査は、行動観察という言葉から、「鋭い洞察力」や「人を見るセンス」「顧客理解力」を想像する方も多いかもしれません。しかし、筆者の経験上、行動観察の成果を左右する最大の要因は、観察力そのものではありません。

重要なのは、観察した内容を、どのような形で記録し、後から検証可能なデータにできているかです。

行動観察がうまくいかないケースの多くは、現場では何かを感じ取っているものの、それが記録として残っていない、あるいは解釈と事実が混ざった状態で残ってしまっています。

この状態では、後工程の分析や報告、意思決定に耐えられません。

行動観察・エスノグラフィーは、「見て終わり」の調査ではありません。フィールドノート(行動観察記録)を書くところまで含めて、初めて調査が成立します。

フィールドノートは「感想」ではなく「一次データ」

行動観察におけるフィールドノートは、単なるメモではありません。分析や報告書、定量調査設計に接続される一次データです。その前提に立つと、書き方には明確なルールが生まれます。

手順① その場ですぐに書くこと

観察後にまとめて書こうとすると、必ず記憶に依存します。記憶には解釈や編集が入り込みます。行動観察では、可能な限りその場で、もしくは直後に記録することが大切です。あとから記憶に頼って記述すると抜け漏れが発生してしまいます。

手順② 抽象的な言葉を使わず、描写で残すこと

「迷っている」「不安そう」「興味を持っているように見える」といった表現は、観察ではなく解釈となってしまいます。「棚の前で立ち止まった時間」「視線の移動」「商品を手に取って戻す動作」など、具体的な行動を描写します。事実と解釈は分けて残すようにしながら、具体的な行動を記述するようにしましょう。

手順③ 基本情報を必ず押さえること

いつ/どこで/誰が/どのような行動を/どのような状況で行っていたか。この情報が欠けると、後から意味づけができなくなります。

手順④ 観察者自身の状態も残すこと

筆者がどの位置に立っていたのか、どの程度関与していたのか、感情的なバイアスが入りそうな状態だったか。こうした前提条件を書いておくことで、記録の信頼性が高まります。

手順⑤ 後から引用できる形で残すこと

フィールドノートは後工程で使われる前提の資料です。日付や場所、観察単位が分かる形で整理しておくことが重要です。

行動観察・エスノグラフィー調査でよくある失敗例

行動観察・エスノグラフィー調査は、正しく使えば強力な手法ですが、設計や運用を誤ると「やった感だけが残る調査」になりがちです。ここでは、筆者が現場で実際によく目にする失敗例を整理します。

失敗例① 現場に行ったこと自体が成果になってしまう

「ユーザーの生活を見てきた」「リアルな現場を体感した」という経験で終わってしまい、フィールドノートとして構造化されていないケースです。この状態では、印象論しか残らず、意思決定につながりません。

失敗例② 解釈を先に書いてしまう

「不安そうだった」「〇〇欲求の表れだと思う」といった記述が、事実と混ざってしまうケースです。後から事実と仮説を切り分けられず、分析が破綻します。

失敗例③ 抽象的な言葉でまとめてしまう

「使いにくそう」「悩んでいる人が多い」といった表現では、具体的な行動が分かりません。抽象化は分析フェーズの仕事です。

失敗例④ 観察対象や範囲が曖昧なまま始める

「とりあえず見てみる」という姿勢は、観察内容が散漫になり、示唆につながりません。最低限の観察設計は必要です。

失敗例⑤ 他の調査と切り離してしまう

行動観察だけで結論を出そうとすると、主観に寄りやすくなります。インタビュー調査定量調査と接続・連携してこそ価値が出ます。

失敗例⑥ エスノグラフィーという言葉に引きずられる

長期間やらなければならない、専門家でなければできないという思い込みが、導入のハードルを上げてしまうケースです。目的に応じたスケールで十分です。

行動観察・エスノグラフィーでの具体的な発見例

さて、定量調査定性調査では得られない行動観察・エスノグラフィーでの発見とは何かを具体的に見ていきましょう。

筆者の親戚に「綺麗好き」を公言する高齢の女性がいました。彼女の自宅を訪れた際、生活の様子を特別な目的なく観察する機会がありました。

まず、よくある解釈から考えてみます。

彼女の家は確かに整っています。床に物はほとんど置かれておらず、来客があってもすぐに通せる状態です。この様子だけを見ると、多くの人は次のように理解するでしょう。

「祖母は几帳面で、掃除が好きな人なのだ」
「綺麗にすること自体に価値を感じているのだ」

この顧客理解は間違いではありませんが、まだ行動観察エスノグラフィー特有の発見とは言えません。なぜなら、発言と印象を、そのまま性格や価値観に結びつけている段階だからです。
定性調査でもインタビューをすれば、得られる内容でもあります。

ここで、行動をもう一段細かく観察します。

エスノグラフィー調査のフィールドノートの一例

  • 毎朝掃除をするのは居間と玄関だけで、寝室や押し入れは後回しにされている
  • 床に物は置かないが、棚や引き出しの中には使っていない物が多く残っている
  • 掃除は「汚れているから」ではなく、「来客予定の前」に集中して行われる
  • 掃除中、彼女は「自分が気持ちいいから」ではなく「みっともないから」と言葉にする
  • 物を捨てる判断は非常に慎重で、「まだ使える」「人に見えないから」と残されるものが多い

このレベルまで記述すると、「綺麗好き」という言葉では説明しきれない構造が見えてきます。

彼女が重視しているのは、「常に清潔であること」ではなく、「人からどう見られる状態か」「恥ずかしくない状態か」である可能性です。

つまり、掃除や整理整頓は目的ではなく、社会的な関係性を保つための手段として機能しています。

ここが、行動観察エスノグラフィーで得られる発見です。

行動観察エスノグラフィーで得られる発見とは、「綺麗好きだから掃除をする」という理由を見つけることではありません。「掃除という行動が、どのような文脈で、どんな役割を果たしているのか」という構造に気づくことです。

この視点に立つと、同じ行動でも解釈は変わります。

単なる性格理解であれば、「几帳面な高齢者」「清潔志向が高い人」という分類で終わります。

一方、行動観察エスノグラフィーで得られる発見として捉えると、以下の発見ができます。

エスノグラフィー調査・行動観察で見えてきた彼女の掃除の意味・背景

  • 他者の視線を強く意識する生活環境
  • 来客を前提とした空間の使われ方
  • 捨てるよりも隠すことで秩序を保つ価値観

といった、行動を支える前提条件が見えてきます。これは、介護サービス、住環境設計、家事支援、整理収納サービス、お掃除家電など、さまざまな領域で示唆に変換できる発見です。

筆者が考える行動観察やエスノグラフィーで得られる発見とは、行動の理由を当てにいくことではなく、行動が成立している前提となる構造を言語化することです。

そのために必要なのが、意味づけを急がず、行動を細かく記述し、文脈ごと理解しようとする姿勢です。

行動観察・エスノグラフィーの根本は文化人類学

ここで一度、行動観察・エスノグラフィーの背景にある考え方について整理しておきます。
マーケティングリサーチにおける行動観察エスノグラフィーは、文化人類学のフィールドワークを起源とされています。

ただし、重要なのは「文化人類学そのものをやること」ではありません。

マーケティングリサーチが参照しているのは、文化人類学が長年培ってきた「ものの見方」と「記録の仕方」です。

文化人類学のフィールドワークでは、調査対象の行動を、調査分析する人自身の価値観や常識から切り離して記述することが強く求められます。なぜなら、調査分析する人にとっては当たり前に見える行動でも、対象者の文脈ではまったく別の意味を持つからです。

この姿勢は、マーケティングリサーチにおける行動観察とも完全に一致します。

文化人類学が重視する「自分の常識を疑う」という態度

文化人類学のフィールドワークでは、「自分にとって自然な見方」をいったん脇に置くことが重要だとされます。調査分析する人が無意識に持ち込む価値観や前提が、観察結果を歪めてしまうからです。

マーケティングリサーチの行動観察でも、同じ問題が起こります。

例えば、商品棚の前で立ち止まる行動を見たとき、筆者自身の経験や知識があると、「比較検討している」「迷っている」と即座に意味づけしてしまいがちです。しかし文化人類学的な態度に立てば、まず記録すべきなのは以下のような事実です。

エスノグラフィー調査・行動観察で記録すべき行動例

  • どの棚の前で止まったのか
  • どの順番で商品を見ていたのか
  • どれくらいの時間、視線を向けていたのか
  • 周囲に誰がいたのか

意味づけは、その後の工程で行います。この「自分の常識を後回しにする姿勢」こそが、文化人類学から行動観察が受け継いでいる最も重要なポイントです。

文化人類学を「真似る」のではなく「使う」

ここで注意したいのは、文化人類学をそのままマーケティングリサーチに持ち込もうとしないことです。

文化人類学のフィールドワークは、長期間の参与観察や詳細な民族誌の作成を前提としています。一方、マーケティングリサーチには、納期や予算、意思決定のスピードといった制約があります。

重要なのは、文化人類学を「理想形」として崇めることではなく、考え方と技法を、目的に応じて取捨選択することです。

短時間の観察であっても以下のアプローチが必要です。

エスノグラフィー調査・行動観察調査で求められるアプローチ

  • 観察と解釈を分ける
  • フィールドノートを一次データとして扱う
  • 自分の常識を疑う

この三点を押さえるだけで、行動観察の質は大きく変わります。

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行動観察では「意味づけ」を急がないことが重要

行動観察でよくあるもう一つの罠は、現場で意味づけを完結させようとすることです。

行動観察の役割は、意味を作ることではなく、意味を作れる材料を集めることです。意味づけは、観察後にインタビュー定量データと突き合わせながら行います。この切り分けができると、行動観察は一気に実務的になります。

行動観察において意味づけを急がないことは、単なる慎重さの話ではありません。これは、調査の品質を保つための設計上の要件です。

現場で見た行動に対して、その場で意味を与えてしまうと、後続の観察や分析がその意味づけに引きずられてしまいます。一度貼られたラベルは、無意識のうちに次の行動の見え方を固定してしまうからです。

例えば、「この人は迷っている」と一度判断すると、その後に見える行動はすべて「迷っている人の行動」として解釈されやすくなります。視線の移動も、立ち止まりも、商品を戻す動作も、すべて同じ文脈で理解されてしまいます。

行動観察では、こうした解釈の早期固定化が最大のリスクになります。

筆者は、行動観察を「仮説を作る場」ではなく、「仮説の材料を集める場」と位置づけています。意味づけは後工程で、インタビュー定量データ、他の観察結果と突き合わせながら行うべきものです。

意味づけを後ろにずらすことで、行動観察は一気に強度を持ちます。なぜなら、単一の観察結果ではなく、複数の証拠の重なりによって意味を構築できるからです。

この姿勢は、文化人類学のフィールドワークが長年大切にしてきた考え方とも一致しています。
観察の役割は「分かった気になること」ではなく、「分かるための材料を残すこと」です。

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行動観察は定性調査の代替ではない

行動観察・エスノグラフィーは、インタビュー調査アンケート調査の代替ではありません。筆者は、行動観察リサーチ全体の解像度を上げる基盤として考えています。行動を理解しているからこそ、インタビューで何を聞くべきかが明確になります。観察から得た仮説を定量調査で検証することで、意思決定に耐えうる構造化が可能になります。

しかしながら、行動観察定性調査の代替として扱ってしまうと、調査全体の設計が歪みます。行動を見たのだから、もう話を聞かなくてもよい。そう考えてしまうと、行動の背景にある判断基準や意味づけを取りこぼすことになります。

筆者は、行動観察定性調査の前工程として捉えることが多いです。

行動観察によって、「実際に何が起きているのか」「どの場面で差が生まれているのか」を把握してからインタビューを行うと、聞くべきポイントが明確になります。逆に、行動を知らないまま行うインタビューは、どうしても言葉ベースの説明に依存しやすくなります。

また、行動観察定量調査の設計にも強く影響します。どの行動に差がありそうか、どの場面を切り取るべきか、どの選択肢が実態に即しているか。これらは、行動を見ていなければ判断が難しいポイントです。

この意味で、行動観察は「定性定量か」という二項対立の中に置く手法ではありません。
調査全体の設計精度を引き上げるための基盤として機能します。

生活者理解を企業の意思決定につなげようとする人にとって重要なのは、行動観察を単独で完結させることではなく、他の調査手法とどう接続するかです。

行動を見て、話を聞き、数で確かめる。

この流れの中に行動観察を位置づけることで、調査結果は一段と説得力を持つようになります。

まとめ:行動観察を特別なものにしないために

行動観察・エスノグラフィーが難しく感じられる理由の多くは、「高度で特別な手法」という誤解にあります。確かに、行動を観察し、そこから意味を見出すことは難しいですが、多くのマーケターやリサーチャーは実は日常的に行動観察を行っているという点です。ただ、それを「行動観察」「エスノグラフィー」と呼んでいないだけです。

例えば、売り場を見て回るとき、広告の掲出場所を確認するとき、競合サービスを実際に使ってみるとき。多くのマーケターやリサーチャーは、無意識のうちに人の動きや使われ方、環境との関係性を見ています。

「なぜこの棚の前で立ち止まるのか」
「なぜこの画面で離脱が起きていそうなのか」
「なぜこの導線は使われにくいのか」

こうした問いは、まさに行動観察的な視点そのものです。

行動観察・エスノグラフィーが難しく感じられる理由の一つは、「特別な手法」「専門家だけの技法」として切り出されてしまうからです。しかし実際には、多くの実務者がすでにその入り口には立っています。

問題は、見ているかどうかではありません。見たものを、調査として使える形で残せているかどうかです。

実際に必要なのは以下の積み重ねです。

  • 観察した事実と解釈を分ける
  • フィールドノートを書く技術と習慣を身に付ける
  • 後工程を見据えて記録する

筆者は、行動観察やエスノグラフィーは顧客理解のための基本技術あるいは基礎教養の一つだと考えています。

現場を見ること自体が目的ではありません。現場で起きている行動を、検証可能な形で残し、意思決定につなげること。それこそが、マーケティングリサーチにおける行動観察・エスノグラフィーの本質です。

ぜひ、行動観察・エスノグラフィーを実務に取り入れてみましょう。リサートでは行動観察・エスノグラフィーも豊富な実績がございます。ぜひ一度、ご相談ください。

リサートにエスノグラフィーのモデレーターを派遣してもらう

この記事の監修者

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。

この記事を書いた人

角 泰範 | マーケティング・リサーチャー
リサート所属モデレーター。シンクタンク・マーケティングリサーチ複数社を経て現職。マーケティングリサーチャーとして10年以上の経験を有し、大手ブランドの広範な商材・サービスの調査を支援。統計学的な分析手法とインタビューをハイブリッドに活用した、定量・定性の両軸での消費者分析力が強み。