ダブルジョパディの法則が示す2つの誤解と顧客数を増やすべき根本理由

顧客ロイヤルティを高めれば売上は伸びる。熱心なファンを育成すれば、そのうち顧客数も増える。マーケティングの現場でこうした施策に注力している企業は多いです。

しかし、実証研究が示す事実はまったく逆でした。市場シェアが低いブランドは購買客数も非常に少なく、これらの購買客は購入頻度も低いという現象が、あらゆる市場で繰り返し観察されています。

この「二重の不利」を指すダブルジョパディの法則は、マーケティング戦略の根幹を問い直す概念です。従来の定説を信じてきたマーケターにとっては青天の霹靂とも言える発見でした。

筆者はマーケティングリサーチの実務を通じて、多くの企業が「既存顧客へのアプローチ」に偏重した戦略で伸び悩む場面を見てきました。本記事では、ダブルジョパディの法則が実務にどう影響するのか、なぜこの法則が成立するのか、そしてどう向き合うべきなのかを解説します。

ダブルジョパディの法則とは何か

ダブルジョパディの法則とは市場シェアの小さいブランドほど購入者数も少なく、1人あたりの購入頻度も低くなるというマーケティング上の法則です。

この法則は英語でDouble Jeopardyと呼ばれます。日本語では二重の不利という意味になります。小さなブランドは顧客の総数が少ないうえに、その顧客たちが買ってくれる回数まで少ないという、まさに「二重苦」を抱える状態を指します。

30年以上前から食品や化粧品といった日用品から車、小売店、テレビ番組の視聴に到るまで当てはまることが実証されています。この法則が示すのは、特定の業界や製品カテゴリーに限定された現象ではなく、幅広い市場で観察される構造的な傾向であるという点です。

この法則は1960年代に英国の社会統計学者であるアンドリュー・エーレンバーグ氏らによって発見されました。その後、南オーストラリア大学アレンバーグ・バス研究所のバイロン・シャープ氏の著書で世界中のマーケターに広まりました。

浸透率とロイヤルティの関係

ダブルジョパディの法則を理解する際に重要なのが、浸透率と購入頻度の関係性です。浸透率とは特定の期間にその商品を購入した人の割合を指します。購入頻度は顧客1人あたりが何回購入したかを示す指標です。

大きなブランドと小さなブランドの主な違いは顧客数であり、ロイヤルティの高さはそこまで変わらないことが実証データから明らかになっています。つまり小さなブランドには「少数だが熱狂的なファンに支えられている」という状況は一般的には存在しないのです。

さらに重要な点として、顧客数が増えればロイヤルティも高まるが、ロイヤルティを高めたからといって顧客数が増えるわけではないという因果関係の方向があります。この逆転した因果が、多くのマーケターの誤解を生んでいます。

二重の不利が生まれる構造

なぜ小さなブランドは顧客数と購入頻度の両方で不利を受けるのでしょうか。その背景には消費者行動の確率的な性質があります。

消費者の購買は確率的に決定されるという前提があります。市場シェアが大きいブランドは、消費者が購買を検討する際の想起集合に入る確率が高くなります。そして想起される機会が増えるほど、購入される回数も増えていきます。

また、消費者は特に高額商品や日常的に使う商品について失敗したくないという強い心理を抱くため、信頼性が高く多くの人が選んでいるブランドに安心感を持ちます。この心理が市場シェアの大きなブランドへの購入頻度を押し上げる要因となっています。

なぜこの法則が重要なのか

ダブルジョパディの法則が実務において重要なのは、多くの企業が採用しているマーケティング戦略の前提を根底から覆すからです。

ロイヤルティ施策の限界

日本では顧客を大事にしてブランドのファンを育てていけば事業が成長するというブランドロイヤルティー神話が広く信じられています。しかし実証データは異なる事実を示しています。

ロイヤルティはロイヤルティ施策によって高まるのではなく浸透率の増加に伴って高まるのです。既存顧客だけに注力してロイヤルティを高めようとしても、それは顧客数の増加には繋がりません。

筆者が関わったデプスインタビュー調査でも、既存顧客のロイヤルティ向上施策を続けてきた企業が、実際には市場浸透率が停滞していた事例がありました。顧客満足度は高いのに売上が伸びない。その原因は新規顧客の獲得施策が不足していたことにありました。

因果関係の誤認

伝統的なマーケティングの熱心なファンを増やせばそのうちお客さんの数も増えるはずという考え方と順番が逆であることが、この法則の核心です。

浸透率が高いから結果としてロイヤルティも高くなるように見えるのが実態です。顧客数が増えればブランドの規模が拡大し、相対的に購入頻度も安定するという見え方になります。逆にロイヤルティを高めたからといって、顧客数が自然に増えるわけではありません。

この因果の方向を理解しないまま施策を続けると、限られたリソースを非効率な方向に投入し続けることになります。定性調査を通じて顧客の声を深く聞くことは重要ですが、その声が既存顧客だけに偏っていないか常に確認する必要があります。

よくある誤解と問題点

ダブルジョパディの法則を正しく理解するために、実務でよく見られる誤解を整理します。

ニッチブランドの例外性

「うちは少数の熱狂的なファンに支えられている特別なブランドだ」という反論は頻繁に聞かれます。確かに例外は存在します。

特定の趣味の人だけに向けた専門ブランドや特定のお店でしか買えないプライベートブランドなどは、お客さんの数は少なくても何度も買ってもらえるケースがあります。

しかしダブルジョパディの法則はニッチで購買頻度の高いブランドを作ることの難しさを提示しています。自社ブランドがこの例外に該当すると考える前に、市場の定義や競合の範囲を慎重に検討する必要があります。

市場の切り方によってはニッチかつ購入頻度が多いブランドがあるように見えるかもしれませんが、そこで安易にダブルジョパディを否定するのは危険です。想起集合の範囲をどう定義するかによって、法則の当てはまり方は変わってきます。

ヘビーユーザー依存の罠

パレートの法則で「上位20%の顧客が売上の80%を作る」と言われることから、ヘビーユーザーへの注力が正しい戦略だと考えられがちです。

しかしヘビーユーザーというのは個人の普遍的な特徴を表しているわけではなく個人の状態を表しているのです。今年のヘビーユーザーが来年も同じ頻度で購入し続けるとは限りません。顧客は常に入れ替わっていきます。

この流動性を前提にすると、既存のヘビーユーザーだけを囲い込む戦略では、顧客基盤そのものが縮小していくリスクがあります。フォーカスグループインタビューでヘビーユーザーの声を聞くことは有益ですが、それを全顧客の代表として扱うべきではありません。

ROI重視の短期志向

ROIを成果指標として追っても売り上げのトップラインは増えないという指摘も重要です。

既存顧客へのアプローチは費用対効果が測定しやすく、短期的なROIは高く出る傾向があります。一方で新規顧客獲得は投資対効果が見えにくく、ROI指標では評価されにくいのが実情です。

この指標の偏りが、結果として浸透率拡大への投資を阻害してしまいます。長期的な成長を目指すなら、ROIだけではなく市場浸透率そのものをKPIとして追う視点が必要です。

正しい戦略アプローチ

ダブルジョパディの法則を理解したうえで、実務でどのような戦略を取るべきかを解説します。

浸透率拡大を最優先にする

ブランド成長の本質は顧客ロイヤルティーを上げる前にまずは買ってくれる人を増やすことです。どれだけ初期に熱心なファンを獲得しても、それだけでは規模の拡大につながりません。

マーケティング戦略においては狭く深くではなく広く浅くでもとにかく多くの人に思い出してもらい買ってもらうことが中長期的にブランドを成長させる道筋になります。

実務では認知拡大と販路拡大の両面からアプローチします。広告やPR活動を通じて幅広い層へのリーチを確保し、同時にオンライン・オフラインの両方で購入機会を増やしていく施策が求められます。

調査設計の段階から、既存顧客だけでなく未購入者や競合ユーザーを対象に含めることが重要です。なぜ買われていないのかを理解することが、浸透率拡大への糸口になります。

メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティ

浸透率を高めるためには2つのアベイラビリティが重要になります。

メンタルアベイラビリティとは、購買検討時に思い出してもらえる度合いです。消費者の記憶の中に自社ブランドが位置づいているかどうかが、選択される確率を左右します。ブランド想起を高めるためには、継続的な広告露出やコミュニケーション施策が必要です。

フィジカルアベイラビリティとは、買いたいと思ったときに実際に手に入れられる度合いです。流通チャネルの拡充、ECサイトでの取り扱い拡大、店頭での棚確保などが該当します。気になったのにどこにも売っていないという状況は機会損失を生みます。

両方のアベイラビリティを同時に高めていくことが、購入確率を上げる基本戦略になります。定量調査でブランド認知率や購入場所のデータを定期的に取得し、改善施策に活かす必要があります。

ライトユーザーへの視点

この法則に則ればライトユーザーを積極的に獲得して市場浸透率を高めることこそが最も重要です。

ライトユーザーは一見、売上貢献が小さく見えます。しかし市場全体で見れば、ライトユーザーの総数はヘビーユーザーよりもはるかに多いのが一般的です。そして浸透率が高まれば、その中から自然とロイヤルティの高い顧客も生まれてきます。

実務ではインタビュー調査の対象者をヘビーユーザーだけでなく、年に1回しか買わない層や競合と併用している層まで広げることが有効です。彼らがなぜ頻繁に買わないのか、何があれば購入頻度が上がるのかを聞くことで、浸透率拡大のヒントが得られます。

実務での活用事例

ダブルジョパディの法則を踏まえた戦略が、実際にどう機能するのかを見ていきます。

消費財市場での適用

消費財市場ではブランド認知度が購買行動に直接影響します。日用品や食品のような頻繁に購入されるカテゴリーでは、ダブルジョパディの法則が特に顕著に現れます。

ある飲料メーカーの事例では、既存顧客向けのロイヤルティプログラムに予算を集中していた時期がありました。しかし売上の伸びは鈍化していました。そこで戦略を転換し、テレビCMやデジタル広告による認知拡大と、コンビニやスーパーでの棚確保に投資をシフトしました。

結果として浸透率が向上し、それに伴って購入頻度も自然に上がっていきました。顧客満足度を維持しながらも、接点を増やす方向へ舵を切ったことが成長に繋がった事例です。

BtoB市場での考え方

BtoBマーケティングにおいては顧客が製品やサービスを再度購入する可能性はブランドのマーケットシェアと直接関連しているという認識が重要です。

BtoB市場では取引単価が高く、意思決定プロセスも長いため、浸透率拡大の意味合いが消費財とは異なります。ここでの浸透率とは、ターゲット企業群の中でどれだけの企業が自社を認知し、検討候補に入れているかを指します。

ある製造業向けソフトウェア企業では、既存顧客のアップセルに注力していましたが、新規顧客の獲得が停滞していました。そこでウェビナーやホワイトペーパー配信を通じた認知拡大施策を強化し、潜在顧客との接点を増やしました。結果として商談機会が増加し、既存顧客のリテンション率も向上しました。

ペルソナ設計においても、既存顧客だけでなく未取引企業の担当者像を描くことで、より広い市場へのアプローチが可能になります。

地方ブランドの成長戦略

地方ブランドが目指すべきは無関心なライトユーザーに対していかに自分たちの存在を知らせ試してもらうかつまり浸透率をいかに拡大するかです。

地方の食品メーカーや観光事業者は、地元の熱心なファンに支えられていると考えがちです。しかし持続的な成長のためには、地域外への認知拡大や初回購入のハードルを下げる施策が不可欠です。

ある地方の酒蔵では、地元の常連客向けイベントに力を入れていましたが、売上の天井が見えていました。そこでECサイトの充実と、都市部での試飲イベント開催に方針転換しました。初回購入者が増えた結果、リピート購入も自然に増加し、ブランド全体が成長軌道に乗りました。

エスノグラフィー調査で購入場面を観察すると、初回購入者がどのような文脈でブランドと出会っているかが見えてきます。そうした知見を施策に活かすことが重要です。

法則の限界と注意点

ダブルジョパディの法則は強力な指針ですが、すべての状況に当てはまるわけではありません。

市場定義の重要性

想起集合が重ならないケースつまり別個の市場であることを意味します。そしてダブルジョパディの法則は各市場内で観察される法則であって市場をまたいで観察される法則ではありません。

たとえば衣料用洗剤市場全体で見るのか、おしゃれ着用洗剤という細分化された市場で見るのかによって、法則の適用結果は変わります。自社ブランドがどの市場で競争しているのかを正しく定義することが前提になります。

アンケート調査で競合ブランドの想起率を測定する際には、どの範囲を競合と定義するかを慎重に設計する必要があります。

ブランド差別化との関係

ダブルジョパディの法則は「差別化は無意味だ」と言っているわけではありません。浸透率を高めるためには、消費者に選ばれる理由が必要です。

ただし差別化の目的は、少数の熱狂的ファンを作ることではなく、より多くの人に「この場面ならこのブランド」と思い出してもらうことにあります。独自性と幅広い訴求力のバランスが求められます。

カスタマージャーニーを描く際には、既存顧客の体験だけでなく、初回購入に至るまでの接点設計も同等に重視すべきです。

短期と長期のバランス

浸透率拡大は中長期的な投資です。短期的には既存顧客へのアプローチのほうが効率が良く見えることもあります。

スモールスタートする必要があるにもかかわらず予算が潤沢にある企業と同じ戦略を執ってしまうことが問題なのです。自社のリソースと市場環境に応じて、既存顧客維持と新規獲得のバランスを調整する必要があります。

ただしダブルジョパディの法則を知っているのと知らないのでは、意思決定の質が大きく変わります。限られた予算の中でも、浸透率拡大への投資比率を意識的に設定することが重要です。

まとめ

ダブルジョパディの法則は、小さなブランドほど顧客数も購入頻度も低くなるという二重の不利を示しています。この法則が教えるのは、ロイヤルティ向上は浸透率拡大の結果であって原因ではないという因果関係です。

多くの企業が信じてきた「熱心なファンを育てれば成長できる」という戦略は、実証データによって否定されています。ブランドを成長させるには、まず買ってくれる人の総数を増やすことが最優先です。

実務では認知拡大と購入機会の拡大を同時に進めることが求められます。メンタルアベイラビリティとフィジカルアベイラビリティの両方を高め、ライトユーザーを含む幅広い層へアプローチする戦略が有効です。

ただしこの法則にも限界があります。市場の定義や競合の範囲によって適用結果は変わります。自社の置かれた状況を正しく理解したうえで、浸透率拡大への投資比率を設定することが重要です。

調査票の作り方においても、既存顧客だけでなく未購入者や競合ユーザーの声を聞く設計が必要です。なぜ買われていないのかを理解することが、浸透率拡大の第一歩になります。

ダブルジョパディの法則は単なる理論ではなく、実務での意思決定を変える実践的な指針です。この法則を理解し戦略に組み込むことで、限られたリソースをより効果的に配分できるようになります。

この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。