カスタマーサクセスの現場で「解約理由がわからない」「利用促進策が空振りする」という悩みを抱えていませんか。筆者が複数のSaaS企業やサブスクリプション型ビジネスの支援で目にしてきたのは、顧客データを見ているだけでは見えない深層の課題でした。カスタマーサクセスとマーケティングリサーチは別領域に見えますが、実務では驚くほど重なります。
カスタマーサクセスチームが抱える課題の多くは、定量データだけでは解決できません。利用ログや満足度スコアは「何が起きたか」を示しますが、「なぜ起きたのか」は教えてくれないのです。筆者がある企業で支援した際、解約率が高止まりしている製品がありました。ダッシュボードを見れば利用頻度の低下は明らかでしたが、その背景にある顧客の心理や業務上の障壁は見えませんでした。デプスインタビューを実施したところ、製品の機能不足ではなく社内の業務フローとの不整合が原因だと判明しました。リサーチなしでは到達できなかった発見です。
本記事では、カスタマーサクセスとマーケティングリサーチが交わる3つの実務領域を示し、各領域で使える調査手法と設計のポイントを具体的に解説します。
カスタマーサクセスにおけるリサーチの位置づけ
カスタマーサクセスは、顧客がプロダクトから最大限の価値を引き出せるよう支援する活動全般を指します。主な業務は顧客満足度調査、オンボーディング設計、ヘルスモニタリング、解約防止、アップセル提案などです。これらの施策を効果的に実行するには、顧客の現状と期待を正確に把握する必要があります。
従来のカスタマーサクセスは、CRMツールやNPSスコアなど定量データを中心に動いてきました。しかし定量データは「どこに問題があるか」を示すシグナルに過ぎず、「なぜその問題が起きているのか」「どう解決すべきか」までは教えてくれません。筆者が支援したある企業では、オンボーディング完了率が50%で停滞していました。利用ログを見ると初期設定の途中で離脱するユーザーが多かったのですが、何が障壁なのかはわかりませんでした。ユーザーインタビューを実施したところ、設定画面の専門用語が理解できず諦めていたことが判明しました。
マーケティングリサーチは、定量データでは見えない顧客の心理、行動の背景、潜在的なニーズを明らかにします。カスタマーサクセスの文脈では、利用データの裏側にある「顧客の実態」を掘り下げる道具として機能します。この組み合わせによって、施策の精度が格段に上がります。
接点1:オンボーディング設計と初期体験の改善
オンボーディングは、顧客が製品を使い始めてから価値を実感するまでの初期体験を指します。この段階で躓くと解約に直結するため、カスタマーサクセスの最重要領域です。しかし設計者の想定と実際のユーザー体験には大きなズレがあります。
オンボーディングで見逃される顧客の障壁
筆者がある企業のオンボーディングフローを分析したとき、社内チームは「初回ログインから設定完了まで15分」と想定していました。実際にユーザーに画面共有してもらいながら観察したところ、多くのユーザーが30分以上かけても完了できませんでした。専門用語の意味がわからず何度も検索する、必要な情報が手元になくて中断する、そもそも何のための設定なのか理解できていないなど、設計者が想定していなかった障壁が山ほど出てきたのです。
利用ログでは「設定画面を開いてから離脱するまでの時間」は測れますが、その間に何が起きていたかはわかりません。ユーザーインタビューや行動観察を組み合わせることで、初めて実態が見えます。
オンボーディング改善のための調査設計
オンボーディング改善には、デプスインタビューと画面共有型の行動観察が有効です。新規ユーザーに実際の初期設定を進めてもらいながら、どこで迷うのか、何を考えているのかを言語化してもらいます。筆者の経験では、5人程度のインタビューで共通する躓きポイントが見えてきます。
調査設計のポイントは、利用開始から1週間以内のユーザーに絞ることです。時間が経つと記憶が曖昧になり、初期の感情や障壁が語られなくなります。またインタビューフローには「初回ログイン時の期待」「実際にやってみて感じたこと」「どこで迷ったか」「何があれば続けられたか」といった時系列の質問を組み込みます。
得られた知見は、UIの文言修正、チュートリアル動画の追加、サポートチャットの配置など、具体的な改善施策に直結します。ある企業では、インタビューで判明した「設定項目が多すぎて優先順位がわからない」という声をもとに、必須項目だけを先に完了させる段階的フローに変更しました。結果、オンボーディング完了率が30ポイント向上しました。
接点2:解約防止とチャーンリスクの早期発見
解約は、カスタマーサクセスが最も避けたい事象です。多くの企業は、利用頻度の低下やヘルススコアの悪化をもとにリスク顧客を検知しますが、そこから先の打ち手が曖昧になりがちです。定量シグナルだけでは、解約の真因に迫れないからです。
解約理由調査の落とし穴
解約時のアンケートを実施している企業は多いものの、そこで得られる情報は表面的です。「価格が高い」「機能が足りない」といった回答は、本当の理由を覆い隠していることがあります。筆者がある企業で解約ユーザーにデプスインタビューを実施したところ、アンケートでは「機能不足」と答えていた顧客が、実は社内の業務プロセス変更に製品が追従できなかったことを明かしました。機能そのものではなく、変化への柔軟性が問題だったのです。
解約は、単一の要因ではなく複数の不満が積み重なった結果として起きます。定量アンケートでは、その積み重なりのプロセスは見えません。インタビューによって、初期の期待と現実のギャップ、利用を続ける中で感じた小さな不満、決定打となった出来事を時系列で掘り下げることができます。
解約防止のための定性調査活用法
解約リスクの高い顧客に対しては、事前のインタビューが有効です。利用頻度が急に落ちた、問い合わせが増えた、契約更新が近づいているといったシグナルを検知したタイミングで、顧客にヒアリングの機会を設けます。「最近の利用状況を教えてください」といった柔らかい切り口で始め、業務の変化、製品への期待とのズレ、困っていることなどを丁寧に聞き出します。
筆者が支援したある企業では、ヘルススコアが低下した顧客10社にインタビューを実施しました。結果、半数以上が「担当者の異動で使い方がわからなくなった」ことが原因でした。この知見をもとに、担当者変更を検知した際に再オンボーディングを提案する仕組みを導入したところ、解約率が15%低下しました。
解約後のインタビューも重要です。解約してしまった顧客は、もう遠慮する必要がないため、率直な意見を話してくれます。解約理由だけでなく、どのタイミングで離脱を決めたのか、何があれば続けられたのかを掘り下げることで、他の顧客の解約防止に活かせる知見が得られます。
接点3:アップセル・クロスセルとニーズの深掘り
カスタマーサクセスの役割は、解約を防ぐだけでなく、顧客のLTVを最大化することです。そのためにはアップセルやクロスセルの提案が必要ですが、顧客のニーズを正確に把握しないまま提案すると逆効果になります。
アップセル提案が空振りする理由
筆者が見てきた多くの企業では、利用状況データをもとに「この顧客は上位プランに移行する可能性がある」と判断し、一律に提案していました。しかし実際には、顧客が現状のプランで満足している、上位機能の価値を理解していない、社内稟議が通らないなど、様々な理由で提案が断られます。定量データは「誰が上位機能を使う可能性があるか」を示唆しますが、「なぜ必要なのか」「どう使いたいのか」まではわかりません。
筆者がある企業で実施したインタビュー調査では、利用頻度の高い顧客ほど「今のプランで十分」と答える傾向がありました。一見矛盾していますが、話を聞くと、現行機能を使いこなせていないため上位機能の必要性を感じていなかったのです。むしろ先に現行機能の活用支援を強化することで、その後の上位プランへの移行率が高まりました。
ニーズを掘り下げるための調査設計
アップセルやクロスセルの精度を上げるには、顧客の業務課題と製品利用の文脈を深く理解する必要があります。定期的なユーザーインタビューを通じて、顧客が日々どんな業務をしているのか、その中で製品がどう位置づけられているのか、今後やりたいことは何かを掘り下げます。
筆者が支援したある企業では、四半期に一度、主要顧客にインタビューを実施し、業務の変化や新たなニーズを聞き出す仕組みを作りました。あるインタビューで、顧客が「最近チームが拡大して、メンバー間の情報共有に課題を感じている」と語ったことがきっかけで、コラボレーション機能を提案したところ即座に導入が決まりました。定量データだけでは見えなかったタイミングとニーズの一致です。
調査設計では、現在の利用状況だけでなく、将来の業務計画や組織の変化についても質問します。「今後半年でチームの規模は変わりますか」「新しく取り組む業務はありますか」といった問いから、潜在ニーズが浮かび上がります。この情報をもとに、顧客ごとにカスタマイズした提案を組み立てることで、アップセルの成功率が大きく向上します。
カスタマーサクセスで使える具体的なリサーチ手法
カスタマーサクセスの実務で特に有効な調査手法を3つ紹介します。
ユーザーインタビュー
ユーザーインタビューは、最も汎用性の高い手法です。オンボーディング、解約防止、アップセル提案のいずれの場面でも活用できます。筆者の経験では、1回30分から1時間程度のインタビューで、定量データだけでは見えなかった顧客の本音や障壁が明らかになります。
インタビューのコツは、オープンクエスチョンを中心に構成し、顧客の言葉を深掘りすることです。「なぜそう感じたのですか」「具体的にどんな場面でしたか」といった追加質問を重ねることで、表面的な回答の奥にある真因が見えてきます。またインタビュー中に製品の画面を共有してもらい、実際の使い方を観察することで、言葉では語られない課題も発見できます。
行動観察とユーザビリティテスト
行動観察は、顧客が実際に製品を使う様子を観察する手法です。特にオンボーディングやUIの改善に有効です。筆者がある企業で実施した行動観察では、顧客が画面上のボタンを何度もクリックしては戻ることを繰り返していました。話を聞くと、ボタンのラベルが何を意味するのか理解できなかったとのことです。ログデータでは「画面遷移が多い」ことしかわかりませんが、観察によって改善すべき具体的なUIが明確になりました。
行動観察は、画面共有ツールを使ってオンラインでも実施できます。顧客にタスクを与えて実際に操作してもらい、途中で感じたことを声に出してもらう「think aloud法」を組み合わせると、思考プロセスまで把握できます。
カスタマージャーニーマップの作成
カスタマージャーニーマップは、顧客が製品を知ってから継続利用に至るまでのプロセスを可視化する手法です。各段階で顧客が何を考え、何を感じ、どんな行動をとるのかを整理することで、チーム全体で顧客体験を共有できます。
筆者が支援した企業では、インタビューで得た知見をもとにカスタマージャーニーマップを作成し、各タッチポイントでの顧客の期待と実際の体験を比較しました。その結果、オンボーディング完了後のフォローが手薄で、顧客が「使い方がわからなくなっても誰に聞けばいいのかわからない」と感じていることが判明しました。この知見をもとに、定期的なフォローアップメールと専用サポート窓口を設置したところ、継続率が向上しました。
リサーチ結果をカスタマーサクセスチームに浸透させる方法
リサーチを実施しても、その結果がチーム内で共有されず施策に反映されなければ意味がありません。筆者が支援してきた企業では、リサーチ結果を「報告書」として配布するだけでは現場に浸透しないことがわかっています。
効果的な共有方法は、インタビュー動画の一部をチームで視聴することです。顧客が実際に語る言葉や表情を見ることで、数字やテキストでは伝わらないリアリティが共有されます。筆者が支援したある企業では、月次ミーティングでインタビュー動画の一部を上映し、その場でディスカッションする仕組みを導入しました。チームメンバーから「顧客の顔が浮かぶようになった」という声が上がり、施策の優先順位づけが顧客視点で行われるようになりました。
またリサーチ結果をペルソナやカスタマージャーニーマップに落とし込み、チーム内に掲示することも有効です。ペルソナは「誰のために動いているのか」を常に思い出させる道具として機能します。
カスタマーサクセスとリサーチの組織的な連携
カスタマーサクセスチームとマーケティングリサーチチームが別々に動いている企業は多いですが、両者を連携させることで成果が大きく変わります。
筆者が支援したある企業では、カスタマーサクセスチームが月次で収集する顧客フィードバックを、リサーチチームが四半期ごとに分析し、深掘りすべきテーマを特定する仕組みを作りました。カスタマーサクセスが「最近この質問が増えた」と気づいた内容について、リサーチチームがデプスインタビューを設計して真因を掘り下げます。この連携により、現場の肌感覚と調査の体系性が組み合わさり、施策の精度が高まりました。
組織的な連携のポイントは、定期的な情報交換の場を設けることです。カスタマーサクセスチームが日々の顧客対応で感じた違和感や仮説を共有し、リサーチチームがそれを検証する調査を設計する。逆にリサーチで得られた知見をもとに、カスタマーサクセスが新たな施策を試す。このサイクルを回すことで、両者の専門性が補完し合います。
事例:SaaS企業におけるリサーチ活用とLTV向上
筆者が支援したあるSaaS企業では、解約率の高止まりが課題でした。ヘルススコアやNPSを見ても改善の糸口が見えず、カスタマーサクセスチームは手詰まりの状態でした。
そこで筆者は、解約した顧客と解約リスクの高い顧客に対してデプスインタビューを実施しました。20社にヒアリングした結果、解約の真因は「初期設定の複雑さ」と「担当者変更時のサポート不足」であることが判明しました。表面的には「機能が足りない」と答えていた顧客も、深掘りすると「そもそも使いこなせていない」ことが原因でした。
この知見をもとに、オンボーディングフローを段階的に簡略化し、担当者変更を検知した際に自動で再オンボーディングを提案する仕組みを導入しました。さらに顧客ごとのジャーニーマップを作成し、各段階で必要なサポートを設計しました。結果、半年後には解約率が20%低下し、LTVが15%向上しました。
この企業では、リサーチを単発ではなく継続的に実施し、四半期ごとに顧客インタビューを行う文化が定着しました。カスタマーサクセスチームは、定量データとリサーチ結果を組み合わせて意思決定するようになり、施策の成功率が大きく改善しました。
まとめ
カスタマーサクセスとマーケティングリサーチは、顧客理解の両輪です。定量データが「何が起きているか」を示し、リサーチが「なぜ起きているのか」を明らかにします。オンボーディング改善、解約防止、アップセル提案のいずれの場面でも、リサーチは実務精度を高める強力な道具として機能します。
カスタマーサクセスの現場では、日々の業務に追われてリサーチに時間を割けないことが多いでしょう。しかし筆者の経験上、月に数件のインタビューを実施するだけでも、施策の方向性が大きく変わります。顧客の声を聞く習慣を組織に根付かせることが、LTV向上への第一歩です。


