マーケティングリサーチに数十万円かけたのに何も得られなかった、調査結果が引き出しに眠ったまま次のアクションに結びつかない。こうした声は、調査を実施した企業から繰り返し聞かれます。調査にかける費用を単純なコストと考えるか、確実性を高めるための投資と考えるかは判断が分かれますが、実際には「やっても意味がなかった」と感じる担当者が少なくありません。
筆者はマーケティングリサーチの現場で、失敗する調査と成功する調査の両方を数多く見てきました。興味深いのは、失敗する調査のほとんどが「調査手法の選択ミス」ではなく、「調査設計の段階での詰めの甘さ」に起因している点です。調査会社に依頼すれば自動的に価値ある結果が得られるわけではなく、発注側の設計力が問われています。
本稿では、リサーチが意味ないと言われてしまう典型的な失敗パターンと、その構造的な原因を明らかにします。さらに、調査を確実に次のアクションにつなげるための設計手順を、実務の現場で使える形で提示します。
マーケティングリサーチが「意味ない」と言われる本質的な理由
調査の目的が曖昧だったり、手法が間違っていたりすると、マーケティングへの効果的な意思決定に貢献できません。問題は調査そのものではなく、調査を企画する側の設計能力にあるケースがほとんどです。
粗雑な調査設計を行うと、質の悪い情報が集まり役に立たない調査結果がアウトプットされてしまいます。リサーチ会社に丸投げして「よろしくお願いします」で済む話ではありません。調査目的の明確化、仮説の設定、調査対象者の条件、質問設計、分析の方向性まで、依頼者側が主体的に設計しなければ、有益な結果は得られないのです。
失敗パターン①調査目的が曖昧なまま実施される
最も多い失敗原因は、調査目的の曖昧さです。実務の現場でよく見られるのは、「顧客満足度を調べたい」「認知度を測りたい」といった漠然とした目的設定です。これでは調査後に何をすべきかが明確になりません。
調査の目的が売上低迷の原因を探るとだけにとどまった調査設計では、具体的に何を調べるべきかがわからず、対象者や調査手法の選定に迷いが生じます。たとえば「新商品Aの売上が伸びない理由を知りたい」という目的では、認知の問題なのか、購入障壁の問題なのか、リピート率の問題なのかが絞り込めていません。
調査結果をどのように使用するのか予め決めておくことも重要です。使用方法も決めておかなければ、調査しただけで得られるものは何もなかった、ということになりかねません。調査前の段階で「この結果が出たらAという施策を実行する」「この仮説が否定されたらBプランに変更する」といった活用イメージまで描けていることが必要です。
失敗パターン②調査対象者の設定が不適切
調査対象なんて少し考えればわかると思うかもしれませんが、意外と気付かずダメな調査をしている例もあります。対象者の選定ミスは、致命的な失敗を招きます。
商品Bの顧客満足度を調べるためにリサーチを実施したが、調査対象者の詳しい条件にまで落とし込まれておらず、購入していない消費者や、商品Bに興味を持ったことがない層など、注力顧客ではない人がアンケート回答者に含まれてしまいました。この場合、得られた満足度スコアは実際の購入者の声を反映していないため、施策の判断材料になりません。
社内でアンケートを取っているというパターンです。同じ会社の人間というのは、ある程度価値観や感覚が元々似ていたり、その会社にいることで価値観が似てきたりする集団です。その偏った集団の中で調査を行って、結果が良くとも、いざ市場に出ると成功するとは限りません。社内の声を市場の声と混同してしまう企業は驚くほど多く、これは典型的な失敗パターンの一つです。
失敗パターン③仮説なき調査が無秩序なデータを生む
いきなり定量調査だけを実施すれば良いのではと思われるかもしれませんが、それはおススメできません。なぜならば、何を確かめるのかがわからずに調査を進めてしまうことになるからです。仮説がない状態で大規模な調査を実施しても、結果の解釈に困るだけです。
商品の売り上げが不振に陥っている課題の仮説が具体的かつ明確に立てられていれば、リサーチ対象やリサーチ項目への落とし込みが的確になり、結果の解釈も容易になります。仮説とは「こういう理由で売れていないのではないか」という推測であり、調査はそれを検証するための手段です。
まず、定性調査などで、仮説を立てて、それを定量調査で確かめる。それがマーケティングリサーチの王道と言って良いでしょう。数多くの対象者に、数多くの質問をしたにもかかわらず、欲しい結果が何も得られなかったということはよくあることです。定性と定量の役割を理解せず、いきなり大規模アンケートに飛びつくことも失敗の典型例です。
失敗を招く3つの構造的問題
問題①調査設計段階での詰めの甘さ
調査を実施するリサーチ設計のところから詰めが甘いものです。そもそもとして、何のためにリサーチをするかの目的が明確ではない調査です。調査の企画段階で時間をかけず、調査票作成に直行してしまう企業が多く見られます。
現状分析から見出したヒントを見つけ出せるかどうかが調査設計者に問われる重要なスキルです。またこの分析が出来るかどうかで、調査設計の質が大きく変わってしまいます。現状分析、仮説構築、検証項目の設定というプロセスを丁寧に踏むことが不可欠です。
問題②「お客様の声」と「顧客視点」の混同
食器メーカーで主婦5人にグループインタビューを行った結果、最終的な意見はこれまでとは違う、オシャレでカッコイイ黒い四角いお皿でした。しかし、インタビューのお礼に食器サンプルの中からどれでも好きなモノを1つだけ持って帰って良いことにしたところ、参加者全員が持って帰ったのは、結局白い丸い皿でした。
この事例が示すのは、消費者が言葉で答える内容と、実際の行動には乖離があるという事実です。お客様の声である黒くて四角い皿よりも、実際に持って帰った白くて丸い皿が顧客視点から導かれた真のニーズと言えるのではないでしょうか。調査結果をそのまま鵜呑みにせず、行動データとの突合や、言葉の背景にある本音を読み解く力が求められます。
問題③調査結果が活用されない組織構造
リサーチ結果をどのようにビジネスに活かすかという具体的な活用イメージが設計されていないと、関係者間での認識がそろいません。リサーチ結果が出た時点で、担当者たちはどう解釈すべきか、どう次のステップに進めばいいかがわからず混乱が生じます。調査は実施したものの、結果を誰が使うのか、どの意思決定に反映するのかが曖昧なまま進行するケースが後を絶ちません。
社内のリサーチに対する信頼低下を招き、また、マーケティングリサーチの有用性が社内で疑問視され、今後のリサーチ実施への予算獲得が難しくなる可能性もあります。一度失敗すると「調査なんて意味がない」という空気が社内に広がり、次の調査機会を失ってしまうのです。
成功する調査設計の5つのステップ
ステップ①マーケティング課題の明確化
調査設計を行う前に、調査を行うことで解決したい調査の背景=マーケティング課題を明確にしましょう。そのマーケティング課題の解決に市場調査が効果的かどうかの判断が必要になります。すべての課題が調査で解決できるわけではありません。
課題が「営業担当者のスキル不足」や「流通チャネルの不足」であれば、消費者調査をしても解決にはつながりません。調査で解決できること、できないことを仕分けする作業が最初に必要です。
ステップ②現状分析と仮説の構築
ターゲットを決めたら、家族や友人などでターゲットの属性に近い人に聞いてみることで、仮説を立てるヒントを得られます。社内データの売上データ分析や担当者へのヒアリングも有効です。既存の売上データ、顧客データ、ウェブサイトのアクセスログなど、手元にあるデータから現状を把握します。
仮説を立てることで、具体的に入手すべき情報の方向性が見えてきますが、仮説はあくまでも想定でしかないということを忘れないことが大切です。そのため、仮説は1つに限らず、2から3つ程度立てておくと良いでしょう。複数の仮説を用意することで、調査結果の解釈に幅が生まれます。
ステップ③調査対象者の厳密な設定
既存商品の認知度や評価を調査する際、地域・年代などの対象とする範囲を定めます。まず、調査設計の前に売上データを顧客別に分析します。どのエリアの人がよく買ってくれているのか、どの年代が買ってくれていないのかなど、現状把握をしましょう。
対象者の条件を「20代女性」といった大雑把な設定ではなく、「過去3か月以内に当該カテゴリーの商品を購入した経験があり、かつ競合商品Aも認知している20代女性」といった具体的な条件まで落とし込みます。スクリーニング設問の精度が調査全体の質を左右します。
ステップ④定性調査で仮説を検証してから定量調査へ
デプスインタビューやフォーカスグループインタビューといった定性調査で、消費者の言葉を丁寧に拾います。この段階で仮説の妥当性を確認し、質問の言い回しや選択肢の表現を消費者の言葉に合わせて調整します。
定性調査の結果を踏まえて定量調査を設計することで、「聞きたいことは聞けたが、答えが解釈できない」という事態を避けられます。定性で得た洞察を定量で検証する流れが、調査の精度を高める王道です。
ステップ⑤活用イメージの事前共有
調査を実施する前に、なぜ調査をする必要があるのか、どういうことを検証したいのか、知りたいのかということを整理し、課題や仮説を挙げることで目的がはっきりとした調査を実施することが可能です。調査結果が出る前に、関係者間で「この結果ならこう動く」という意思決定のシミュレーションを行います。
調査結果を活用するには、PDCAサイクルを継続的に回すことが不可欠です。調査で得られた知見を施策に反映し、その効果を測定し、さらなる改善につなげる。この循環を止めないことが、マーケティングリサーチの真の価値を引き出します。調査は単発のイベントではなく、継続的な改善サイクルの一部として位置づけるべきです。
失敗事例から学ぶ具体的な改善策
事例①市場調査を省いた新規事業の失敗
マーケティングが生業だし、自社マーケティングだから大体で良いかという意識で、調査を疎かにしたのは反省です。企業様からご依頼頂いた場合は、調査に調査を重ねるのですが、マーケティングの専門家という慢心が今回の失敗を生んでしまいました。専門家であっても、調査を省略すれば失敗します。
経営となると、数字をしっかり見て、ロジカルに考えられる経営者でも、いざマーケティングとなると、自分の感覚が正義という考えになってしまいます。大事なのは、自分は1.2億人分の1人であると自覚することで、自分の感覚が必ずしも正しいわけではないと肝に命じることです。経営者の直感は貴重ですが、それを市場全体の声と取り違えてはいけません。
事例②調査はしたが活用できなかった失敗
市場のニーズを調査をしていないのに、商品デザインのコンセプトを決めるためアンケート調査をしても、そもそもニーズに対して的外れな結果が出る恐れがあります。このように段階を無視して失敗するケースがあるので注意しましょう。調査の順序を誤ると、得られた結果が使えないものになります。
調査結果はあくまでも特定の状況における、限定されたサンプルに対して、限定した質問を行ったことによる結果です。複数の調査結果と照らし合わせたり、その他の顧客データや取引情報と照らし合わせるなどして判断を行いましょう。調査結果を絶対視せず、他のデータと組み合わせて解釈する姿勢が重要です。
調査を成果につなげるための組織設計
どのような情報を収集すべきか、どの層を対象にして情報を収集すべきかによってマーケティングリサーチの手法も異なってきます。必要な情報を収集するため、複数の調査手法を活用したり、細かなセグメントごとに情報をするのが理想ですが、一般企業がそこまでのリサーチを行うのは多くの時間を要することも留意しておきましょう。
自社だけで完結させようとせず、専門リサーチ会社を活用することも有効な選択肢です。豊富な調査プロジェクト実績を持つ専門家の知見を借りることで、失敗のリスクを最小限に抑えながら、より精度の高い調査を実施できます。ただし、丸投げではなく、目的設定と仮説構築は自社で行うべきです。
調査結果を施策に落とし込む際には、デブリーフィングのプロセスが重要になります。調査を実施しただけで満足せず、関係者で結果を読み解き、次のアクションを合意する場を設けることが、調査を成果につなげる最後のステップです。
まとめ:リサーチを投資として機能させるために
マーケティングリサーチが意味ないと言われる背景には、調査そのものの欠陥ではなく、設計段階での詰めの甘さがあります。目的の曖昧さ、対象者設定のミス、仮説なき調査という3つの失敗パターンを避けることが第一歩です。
調査を成功させるには、マーケティング課題の明確化、現状分析と仮説構築、対象者の厳密な設定、定性から定量への段階的な実施、活用イメージの事前共有という5つのステップを踏むことが必要です。調査は実施して終わりではなく、結果を施策に落とし込み、効果を測定し、改善につなげるサイクルの一部として位置づけるべきです。
調査設計の精度を高めることで、リサーチは単なるコストから、確実性を高めるための投資へと変わります。失敗から学び、次の調査設計に活かす姿勢こそが、調査を本当の意味で機能させる鍵になります。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
