MROC手法の3つの実践ポイント|知らないと失敗するオンラインコミュニティ調査の落とし穴

筆者はこれまで数多くの定性調査に携わってきましたが、近年その実施方法に大きな変化が生まれています。それがMROC(マーケティングリサーチオンラインコミュニティ)という手法です。グループインタビューやデプスインタビューでは得られなかった発見が、オンラインコミュニティ上の長期対話から生まれるようになりました。ただし、この手法には向き不向きがあり、設計を誤ると膨大な労力だけが残る結果にもなりえます。本記事では、MROCの定義から実務での活用シーンまで、実践的な視点から解説していきます。

MROCとは何か

MROCとは、Market Research Online Communityの略称で「エムロック」と呼ばれ、特定のテーマへの興味関心を持つ人々を一定期間オンライン上のコミュニティに参加させ、アンケートやインタビューを行ったり、参加者がコミュニティ内で行う行動を観察したりすることによって、消費者のインサイトを多面的に探索するリサーチ手法です。

この手法が従来の調査と根本的に異なるのは、調査対象者同士の双方向のやり取りを主体とする点にあります。従来マーケティングリサーチの主な手法としては、定量調査、定性調査がありましたが、これら2つは調査員が調査対象者に対して一対一でアスキングするという点では同じものだと言えます。MROCでは、この構造そのものが変わります。

日本におけるMROCは1~2ヶ月程度の期間で20~100人のコミュニティにて実施されます。一方で欧米では6ヶ月以上の長期間で100人以上のコミュニティにて実施されるという点で、より欧米の方がユーザーとの共創を目的としたリサーチを行っているといえます。

MROCが生まれた背景と歴史

MROCの先駆けとなったのは、米国のCommunispaceという調査会社が2000年頃から提供を開始したリサーチコミュニティだと言われています。この時期は、インターネットの普及とソーシャルメディアの台頭が重なった転換期でした。

2007~8年頃に米国内のブランデッドコミュニティで大きな成功が伝えられるようになって注目されるようになりました。しかし日本でも、ここ1~2年でその存在が急速に広まりましたが、ユーザーの交流を目的としたものが多く、マーケティングを目的にしたMROCへの取組みはまだまだ手探り段階だと言えます。

筆者の見解では、日本でMROCが本格的に普及しきれていない理由は、コミュニティマネジメントに対する理解不足と、短期成果を求める企業文化にあります。

MROCと従来の定性調査との違い

MROCを理解するには、グループインタビューやデプスインタビューとの差異を押さえる必要があります。

調査期間の違い

1~2カ月など長期に渡り継続するMROCでは、時間の制約による問題が解決され、より深い情報や意見の交換が行われることが期待できます。従来のグループインタビューは数時間で完結しますが、MROCは継続的な観察を前提とします。

この違いは単なる時間の長さではありません。対象製品を使い続けたことによる意見の変化の収集というメリットも生み出します。たとえば化粧品や食品といった継続使用型の商品では、初回使用時の印象と1か月後の評価が大きく異なることがあります。

情報収集の構造の違い

一般的なリサーチ手法では、事前に設定したアンケート項目や質問表に則って調査が進められます。企業側が知りたいことを把握する際には適している反面、知るべきことを網羅的に把握できるとは限りません。

一方、コミュニティ内の参加者同士の会話をベースとしたMROCは、自由闊達な議論が生まれやすく、消費者目線の貴重な意見を入手できます。ここに、筆者が考える最大の価値があります。

MROCの4つのメリット

想定外のインサイトを発見できる

調査対象者同士の双方向のやり取りが行われるため、調査設計にはない想定外のインサイトが発見される可能性があります。筆者の経験でも、事前に設計した質問からは決して出てこなかった消費者の本音が、参加者同士の雑談から浮かび上がったケースが何度もありました。

時間と場所の制約がない

オンライン調査のため、世界中から調査対象者が集められ、調査対象者が時間を合わせて同時にログインする必要がないので負担が軽く、忙しくて時間のとれない社会的地位の高い人にも参加してもらえます。

これは特に、多忙なビジネスパーソンや子育て中の母親といった、従来の会場調査では捕捉しづらかった層にアプローチできる点で優れています。

行動の文脈まで把握できる

実際に家電などの機器の使用状況を動画で撮影して投稿してもらうなど、エスノグラフィ的な調査が簡単に可能です。日記形式での投稿や写真・動画のアップロードにより、消費者の生活文脈の中での商品体験を立体的に理解できます。

コストと期間の効率性

旧来手法に比べて費用も安価で調査分析・集計も早いです。会場費や謝礼の移動コストが不要で、オンライン上でデータが蓄積されるため集計作業も効率化されます。

MROCの3つのデメリットと注意点

コミュニティ形成の難しさ

有意義なMROCを実施するためには、ユーザーが参加しているコミュニティをきちんと成立させる必要性があります。単に場を用意しただけでは、発言は生まれません。活発に意見が出るように参加者内からファシリテーターを選定したり、コミュニティ・マネージャーに積極的な参加の動機付けをしてもらったりといった取り組みを実施することが大切です。

筆者の失敗経験から言えるのは、運営側が沈黙してしまうとコミュニティも死んでしまうということです。

膨大なデータからのインサイト抽出

MROCでは継続的に多人数での議論が行われるため、参加者の発言量は膨大になります。調査で得た膨大な発言データの中から、商品の改善に役立つインサイトを抽出するには、一定の技量や経験が必要です。

単にテキストを読むだけでは不十分で、文脈を理解し、発言の背後にある感情や動機まで読み解く力が求められます。

運営リソースの継続投下

MROCは1回の実施で終わる調査ではありません。1~2か月にわたって毎日のようにコミュニティを観察し、適切なタイミングで話題を投下し、盛り上がりを維持する必要があります。この継続的な運営コストを軽視すると、形骸化したコミュニティだけが残る結果になります。

MROCの活用シーンと事例

継続使用型商品の評価把握

長期間にわたって使用されることが前提の商品や、使い続けることで印象や評価に変化が生じやすい商品に関する意見の収集も、MROCの得意とする分野です。

例えば化粧水への評価が知りたい場合、香りや見た目、一度の使用についての感想を得るだけでは十分とは言えません。その点MROCでは、1~2カ月と長期に渡り使用して感じた効果、塗り方や容器の使い勝手の善し悪しなどの評価が得られる上、そこに至るまでの消費者の意見や感じ方の変化も把握できます。

新商品開発のアイデア抽出

潜在顧客となるターゲット層を集め、既存製品についての意見や要望をやり取りしてもらうことで、新商品のアイデアや開発のヒントを得るといった使い方はMROCの活用事例として多く見られるケースです。

クラフトフーズの成功事例

クラフトフーズはダイエット志向の人と健康志向の人を条件に300人の女性を選び、MROCを実施しました。このMROCから得られた消費者インサイトは、健康的なおやつを食べたいという思いがある反面、甘くてカロリーの高いクッキーやクラッカーも食べたいというものです。

消費者インサイトをもとにクラフトフーズは、既存商品のクッキーやクラッカーを1パックあたり100キロカロリーに抑えた商品を開発し、初年度に1億ドルの売上を達成しました。

この事例が示すのは、単なる意見聴取ではなく、矛盾した感情の併存を可視化できるMROCの力です。

MROCの実施ステップ

目的とKPIの明確化

MROCを成功させるには、何を明らかにしたいのか、どのような意思決定に活用するのかを明確にする必要があります。単に顧客の声を聞きたいという曖昧な目的では、膨大なデータの海で溺れることになります。

参加者のリクルーティング

調査テーマに応じて、適切な参加者をスクリーニングで選定します。単なる属性条件だけでなく、製品への関与度やライフスタイルまで考慮した緻密な設計が求められます。

プラットフォームの選定と構築

SNSを使うのか、専用のMROCツールを使うのか、自社でシステムを構築するのかを検討します。それぞれにメリット・デメリットがあり、予算や目的に応じた選択が必要です。

コミュニティ運営とファシリテーション

開始後は毎日のように状況を確認し、発言が止まりそうなタイミングで新しい話題を投下します。参加者同士が自然に対話できるよう、モデレーターは黒子に徹する姿勢も大切です。

データ分析とインサイト抽出

期間終了後、蓄積された発言を整理し、パターンを見出し、背後にある動機や感情を解釈していきます。この工程にこそ、調査の価値が凝縮されています。

MROC成功のための3つのポイント

継続的なエンゲージメント設計

参加者が飽きずに発言し続けるには、適度な刺激と報酬が必要です。金銭的なインセンティブだけでなく、自分の意見が尊重されている実感や、限定情報へのアクセス権といった非金銭的な報酬設計も重要になります。

分析体制の事前構築

膨大なデータを誰がどのように分析するのか、調査開始前に決めておく必要があります。外部のリサーチ会社に依頼するのか、社内で体制を組むのか、AIツールを活用するのか、選択肢は複数あります。

組織内での活用プロセスの明確化

どれだけ良いインサイトが得られても、それが商品開発やマーケティング施策に反映されなければ意味がありません。調査結果をどの部署がどう使うのか、事前に合意しておくことが成果につながります。

まとめ

MROCは、従来の定性調査では捉えきれなかった消費者の本音や行動の変化を長期的に観察できる強力な手法です。ただし、その実施には相応のリソースと専門性が求められます。

筆者の経験から言えるのは、MROCは万能ではないということです。短期間で明確な答えが欲しい場合や、単純な事実確認が目的の場合は、従来のアンケート調査やグループインタビューのほうが適しています。

一方で、商品を使い続けることで生まれる感情の変化や、消費者同士の対話から生まれる新しい価値観の発見といった、深いインサイトが必要な局面では、MROCは他の手法では代替できない価値を提供してくれます。自社の課題や目的に照らし合わせ、適切な場面でこの手法を活用していただければと思います。

この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。