価格を1円変えるだけで売上が大きく動く商品もあれば、どれだけ変動させても需要が変わらない商品もあります。筆者がこれまで多くの企業の価格戦略を見てきた中で、最も多い失敗は定量調査のデータも取らずに感覚で価格を決めてしまうことです。価格弾力性という概念を知っているかどうかで、プライシングの精度は劇的に変わります。
価格弾力性とは何か
価格弾力性とは、ある商品の価格が変化したときにその商品の需要や供給がどれだけ変動するかを示す指標です。企業が利益を最大化するためには、この指標を正しく理解して意思決定に組み込む必要があります。
需要の価格弾力性とは、ある商品の価格が変動した場合に、需要がどれくらい変化するのかを数値化したものです。たとえば飲料水の価格が10%上がったとき、購入者数が5%しか減らなければ弾力性は小さく、30%減ったなら弾力性が大きいと判断します。
計算方法の基本
価格弾力性は需要の変化率を価格の変化率で割って計算します。実務では以下の式を使います。
価格弾力性=需要の変化率÷価格の変化率
需要の変化率は、価格変更後の売上数から変更前の売上数を引いて、変更前の売上数で割ったものです。価格の変化率も同様に、変更後の価格から変更前の価格を引いて、変更前の価格で割ります。
価格弾力性の数値が1を下回ると弾力性が小さい、1を上回ると弾力性が大きいと評価されるのが一般的です。この基準値1が意思決定の分岐点になります。
弾力性が大きい商品と小さい商品
価格弾力性が大きいとは、価格の増減に対する需要の増減幅が大きいことを指します。贅沢品やブランド品などは価格が上がると顧客が離れやすく、弾力性が大きい傾向にあります。
一方で、需要の価格弾力性が低い商品は、価格改定をしてもそれほど需要が変わりません。食料品やガソリンといった生活必需品は、価格が多少変動しても購入せざるを得ないため弾力性が低いのです。
筆者が関わったある食品メーカーでは、主力商品の弾力性が0.3でした。この場合、10%の値上げをしても需要は3%しか減りません。値上げによる単価上昇効果の方が大きいため、結果として売上総額が増加します。
価格弾力性がプライシング戦略に与える影響
需要の価格弾力性は、商品・サービスの適正価格を見極める際に活用できます。弾力性の大小によって、値上げすべきか値下げすべきかの判断が180度変わります。
弾力性が小さい商品の戦略
需要の価格弾力性が低い場合、価格変更に対する売上の変化量は小さいです。つまり値下げをしても売上個数が上がりにくく、値上げをしても売上個数が下がりにくいということになります。
この特性を持つ商品では、値下げキャンペーンは効果が薄くなります。むしろ価格を上げて利益率を改善する方が理にかなっています。需要の価格弾力性が高い商品は、価格設定によって消費者の需要が大きく変化しますから、極端に値上げをすると商品が売れなくなってしまうため慎重な価格設定が必要です。
弾力性が大きい商品の戦略
需要の価格弾力性が高い商品は、価格変更に対する売上の変化量が大きくなります。値下げをしたときに売上が伸びやすい反面、値上げをすると売上個数が大幅に減少してしまいます。
家電製品や旅行商品など、代替品が豊富に存在する市場では弾力性が大きくなりがちです。こうした商品では、価格競争力が顧客獲得の鍵を握ります。
筆者が支援したあるECサイトでは、弾力性が2.5の商品群に対して戦略的な値下げを実施しました。10%の価格引き下げで需要が25%増加し、薄利多売でも総利益額は増加する結果となりました。
PSM分析とは何か
PSM分析とは、顧客がある商品に対して、どれくらいの範囲で価格を受け入れるのかを調査するために使われる手法です。Price Sensitivity Meterの略で、消費者の価格感度を測定します。
PSM分析では、消費者に対して価格に関する4点を質問し、価格受容性曲線を描くことで、高すぎる、安すぎると感じる境界点を明らかにします。この4つの質問が分析の核となります。
PSM分析の4つの質問
その商品は、いくらぐらいから高いと思いますか、いくらぐらいから安いと思いますか、いくらぐらいから高すぎて買えないと思いますか、いくらぐらいから安すぎて品質が疑わしいと思いますかという4つの視点で消費者に自由回答してもらいます。
これらの質問から得られたデータを累積分布にすると、4本の曲線が描かれます。その交点から最低価格、最高価格、妥当価格、理想価格が算出されるのです。
PSM分析から得られる価格帯
PSM分析では、消費者が持つ価格への知覚をあらわす4本の累積曲線から最低価格、最高価格、妥当価格、理想価格の4つの交点を求め、商品が市場で許容される価格帯を計測します。この許容価格帯が実務での意思決定の土台となります。
PSM分析の質問では、最低品質保証価格・利用価格・妥協価格・最高価格を掛け合わせて分析します。回答者が受容できるとする価格帯と適正だと考える価格帯が可視化されます。
筆者が担当したある新商品開発プロジェクトでは、PSM分析の結果、受容価格帯が1900円から2500円、適正価格帯が2000円から2100円と判明しました。この結果を踏まえて2080円という価格を設定し、市場導入後の売れ行きは想定を上回りました。
PSM分析の実務での使い方
価格設定の問題では、価格を下げれば販売量が増えるという単調な関係を想定するのではなく、商品のイメージやコンセプトとのコンテクストも考えることが要求されます。単純な価格質問では消費者の本音が引き出せません。
新商品の価格設定
新商品や今まで設定したことがない価格帯を検討したい場合には、実データが存在しないため、製品コンセプトを呈示したアンケート調査で直接質問法・PSM分析・CVM分析を用いて消費者に聞きます。市場に類似品がない商品ほどPSM分析の有効性が高まります。
PSM分析は、消費者の価格感度を測定する方法です。新製品の価格設定時や価格改定時に特に有効です。
既存商品の価格見直し
PSM分析を用いてバリューベースプライシングを実現するためには、調査対象者を適切にセグメントして調査を行う必要があるという事をネオマーケティングは提唱します。顧客属性ごとに価格感度は異なるため、セグメント別の分析が不可欠です。
筆者が経験した事例では、同じ商品でも20代と50代では受容価格帯が500円以上異なりました。年齢層別にPSM分析を実施することで、ターゲットに合わせた価格戦略を立案できました。
PSM分析の限界と補完方法
PSM分析のアウトプットから、4つの価格が一意的に求まってしまいますが、その価格が実現不可能な場合はどういうアクションを打てばよいのでしょうか。交点だけに着目することによって、交点までのデータの分布を無視することになってしまうという懸念もあります。
PSM分析は各交点が受容最低価格、受容最低価格といったものに対応しており、その直感的な意味を理解しやすい分析手法です。しかし、ある価格でどのような購入率になるかという細かなシミュレーションはできません。
こうした限界を補うために、PSM分析とCVM分析を組み合わせる方法があります。CVM分析では、呈示した価格ごとに購入意向率を測定できるため、より精緻なシミュレーションが可能になります。
価格弾力性とPSM分析を組み合わせたプライシング実務
価格弾力性とPSM分析は、それぞれ異なる角度から価格戦略を支える指標です。両者を組み合わせることで、より精度の高い価格設定が実現します。
ステップ1:市場の価格感度を把握する
まずPSM分析を実施して、消費者が受け入れ可能な価格帯を明らかにします。調査目的を新製品の価格設定、既存製品の価格改定など明確にすることで、次の分析方法や調査方法の決定に明確な方向性を与え、効率的な調査の実施が可能となるでしょう。
筆者が支援したあるサービス業では、300名を対象にWebアンケートを実施しました。調査票の設計段階で、商品コンセプトを具体的に呈示し、回答者がイメージしやすい工夫を凝らしました。
ステップ2:価格変動のシミュレーションを行う
PSM分析で得られた価格帯の中で、複数の価格候補を設定します。それぞれの価格における需要を予測し、価格弾力性を算出します。
弾力性が1を上回る商品では、値下げによって数量増加の効果が大きくなります。弾力性が1を下回る商品では、値上げによる単価上昇効果の方が大きくなるため、利益最大化の観点から価格を高めに設定します。
ステップ3:競合状況とコスト構造を加味する
消費者の価格感度だけでなく、競合他社の価格設定と自社のコスト構造も考慮する必要があります。PSM分析で適正価格帯が判明しても、その価格では利益が出ない場合もあります。
PSM分析の結果は、あくまでも参考指標と考えるべきです。実際の価格設定段階においては、競合との価格比較、商品自体の需要と供給のバランスなども考慮に入れて総合的に判断する必要があります。
ステップ4:テスト販売で検証する
調査結果を基に価格を設定したら、可能であればテスト販売を実施します。実際の購買行動は調査での回答とズレが生じることがあるためです。
筆者が関わったあるメーカーでは、地域限定でテスト販売を行い、価格弾力性の実測値を取得しました。調査での予測値は1.8でしたが、実測値は1.4となり、より値上げ余地があることが判明しました。
ステップ5:継続的にモニタリングする
市場環境は常に変化します。競合の価格変更、原材料費の変動、消費者の嗜好の変化などによって、適正価格は変わっていきます。
定期的に価格感度調査を実施し、価格弾力性の変化を追跡することが重要です。筆者が支援している企業では、半年ごとに簡易版のPSM調査を実施し、価格戦略の微調整を行っています。
よくある価格設定の失敗パターン
失敗パターン1:一律の値下げ戦略
売上が低迷すると、すべての商品を一律に値下げする企業があります。しかし価格弾力性が低い商品を値下げしても、需要はほとんど増えず利益だけが減ります。
値下げ政策が効果的な商品は価格弾力性値が1より大きな商品です。逆に、弾力性値が1より小さい商品は値上げをしても需要減少の影響が少ない商品であると捉えることができます。
失敗パターン2:競合の価格だけを見る
競合他社の価格を基準にして自社価格を決める企業も多く見られます。しかし自社商品の価値や顧客層が競合と異なる場合、単純な価格追随は利益を損ないます。
価格調査では企業側の利益追求視点ではなく、消費者視点での値ごろ感を重視することが大切です。企業が原価やコストに基づいて考える適正価格と、消費者が提供価値から判断する適正価格には大きなギャップが存在します。
失敗パターン3:調査結果を絶対視する
PSM分析の結果をそのまま価格に反映させてしまう失敗もあります。調査は消費者の意識を捉えたものですが、実際の購買行動とは乖離することがあります。
筆者の経験では、調査で示された適正価格よりも10%高く設定しても、商品価値が適切に伝われば売れ行きに影響しないケースがありました。調査バイアスを理解し、結果を解釈する力が求められます。
まとめ
価格弾力性とPSM分析は、プライシング戦略を科学的に構築するための強力なツールです。価格弾力性を理解することで、値上げすべきか値下げすべきかの判断基準が明確になります。PSM分析によって消費者が受け入れ可能な価格帯を把握できます。
両者を組み合わせることで、感覚や経験だけに頼らない根拠あるプライシングが可能になります。ただし調査結果は絶対ではなく、競合状況やコスト構造、実際の市場テストを通じて検証と調整を繰り返すことが大切です。
価格は企業の利益に直結する最も重要な意思決定の一つです。適切な調査と分析に基づいた価格戦略を構築することで、持続的な事業成長の土台を築くことができます。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
