複数ブランドを統合的に管理する視点が求められる時代
筆者がクライアント企業のブランド戦略を支援していると、必ず直面する問いがあります。「このブランドとあちらのブランド、似たようなターゲットに見えるが何が違うのか」「新ブランドを立ち上げたら既存ブランドの売上が下がった」といった声です。
こうした混乱は、複数のブランドを個別に管理し、全体を俯瞰する視点が欠けていることに起因します。ブランドポートフォリオ戦略とは、採用したブランド体系戦略に乗っ取って、複数ブランド間での重複やカニバリを防ぎ、かつ補完効果や相乗効果を得られるように各ブランドを管理していく戦略を指します。
実務では、各ブランドのパフォーマンスをどう測定し、どの指標で管理すべきか判断に迷う場面が多いはずです。本記事では、ブランドポートフォリオ管理におけるKPI設計と運用の実践知を整理していきます。
ブランドポートフォリオ管理におけるKPIとは何か
KPIとは「Key Performance Indicator」の頭文字を取った略語であり、日本語に訳すと「重要業績評価指標」となります。その意味は「目標を達成するためのプロセスが、適切に実行されているかを評価する指標」です。
ブランディングにおいてKPIマネジメントが必要な理由は明快です。見えないものは管理できない。管理できないものは、改善することもできないからです。抽象度の高いブランディングであっても、何らかの形で目標設定と評価、改善のサイクルを回す必要があります。
ブランドポートフォリオの文脈では、企業内のブランド協調、つまり自社内ブランドのポートフォリオを統合的に管理する必要性が高まっている状況です。顧客がこれら複数のブランドを集合体としてどのように評価しているかというマーケティング的な視野を持つことが必須であり、その評価軸がKPIとなります。
ポートフォリオ管理で重視すべき3つの共通指標
複数ブランドを横串で評価するには、カテゴリーや国をまたいでも比較可能な共通基盤が必要です。異なる国やカテゴリーであってもブランドの力や個性を同じ基準で比較できる「共通基盤」を持っているため、マルチカテゴリ―/マルチカントリーをまたぐポートフォリオ管理に適しています。
意義性
意義性・差別性・想起性の聴取の仕方は厳密に定められており、どの国・どのカテゴリーでも変わりがないように標準化されています。意義性は「消費者にとってそのブランドがどれだけ意味のあるものか」を示す指標です。消費者マインドの中で「意義性」を感じてもらえなければ、モノは売れないという原則があります。
差別性
差別性は、競合に対してどれだけユニークな存在として認識されているかを測ります。意義性・差別性・想起性の指標の強弱によって10のブランドタイプに分けることができます。縦軸に差別性、横軸に意義性をとったマッピングで、自社ブランドがどのポジションにあるかを可視化できます。
想起性
想起性は、カテゴリーを想起した際にそのブランドが思い浮かぶかどうかを示す指標です。ブランド認知度が計測されます。ブランド助成想起率、ブランド純粋想起率、ブランド第一想起率、ブランド支配想起率といった段階的な評価が実務では活用されます。
これら3つの指標を組み合わせることで、ブランドの現在地と強化すべき方向性が明確になります。
ブランド間のカニバリとシナジーを見極めるKPI設計
ポートフォリオ管理では、ブランド間の重複やカニバリの回避、ブランドの階層間におけるブランドアイデンティティの矛盾の回避、複数ブランドを保有することによるリスクヘッジ、複数ブランドを保有することによるシナジーの発揮という4つの視点が求められます。
実務では、各ブランドのターゲット顧客の重複度や、同一顧客が複数ブランドを購入している比率を定期的に測定します。重複が高すぎる場合はカニバリのリスクがあり、逆に全く重複がない場合はシナジーの機会を逃している可能性があります。
ポートフォリオ内の各ブランドのイメージを測定し、それらがブランド間でどれだけ似ているのか、という統一性と呼ばれる指標を提案するアプローチもあります。ブランド間のユークリッド距離や因子得点の相関係数を用いて、各ブランドが顧客に対して一貫性のあるメッセージを発信しているかを診断できます。
購買転換率をKPIに組み込む実践手法
認知や態度の指標だけでは不十分です。実際の購買行動につながっているかを確認するため、ブランドの「マインドシェアの購買転換率」がカテゴリーの平均を下回る場合はこの「購買転換率」をKPIに置き、どのような店頭施策がKPIを上げるのかを検証していくのがいいと思います。
具体的には、ブランドを認知している顧客のうち実際に購入した顧客の割合を算出します。この転換率が低い場合、認知はあっても購入意向や信頼が不足していることを示唆します。一方、「マインドシェアの購買転換率」が平均を上回っていれば「マインドシェアなしに獲得できた購買シェア」を店頭施策評価のKPIに置くことで、次のステージの施策評価が可能になります。
ブランドエクイティ測定を活用した資産価値の可視化
消費者・顧客の心に存在するブランドに対する認識、感情、印象、そしてそれによって生じる忠誠度など目に見えない価値を包括的に資産として評価したものがブランドエクイティです。
ポートフォリオ管理では、各ブランドのエクイティを定期的に測定し、投資配分の根拠とします。ピラミッドの左側は、主に生活者が持つ「理性評価」となり、ピラミッドの右側は「感性・感情評価」となるというケラーのブランドエクイティピラミッドを参照すると、品質や機能だけでなく感性的価値の提供も測定対象に含めるべきです。
一貫性のある指標を持ち、長期的な視点でブランドを育てる。競合との比較を通じて、客観的な市場優位性を把握することで、ブランドを確かな資産として蓄積できます。
KPI設定で陥りやすい失敗パターンと回避策
実務では、KPIを設定したものの運用が形骸化するケースが散見されます。「KPIマネジメントに取り組んでみたものの、どうやって指標を決めたらよいのかわからない」「指標の数が多すぎて運用が大変」「運用はしているものの成果につながっているのかわからない」といった声は珍しくありません。
KPIとは言わずもがなですが「Key Performance Indicator」。鍵が多すぎるとどこから実行すればよいのかわからなくなるため、できれば3つ程度、最大でも5つ程度に絞るようにしましょう。優先順位を明確にし、定期的にKGIとの関係性をウォッチして指標の見直しを図ることが重要です。
また、KPIは1回設定したら終わりではなく、定期的に見直すことが必要です。ブランディングの取り組みが進むにつれて、現状のKPIが当初の役割を果たせなくなることもあるため、状況に応じて新たなKPIを設定する柔軟性が求められます。
部門別アクションテーマへの落とし込み
KPIを作っただけで終わらせず、それを達成するためのアクションテーマを”部門レベル”で策定することこそが最も重要です。全社のブランドKPIを設定した後、それを各事業部門や商品ブランドチームの個別目標に分解しなければ、現場は動きません。
たとえば、「ブランド純粋想起率を前年比10%向上」という全社KPIがある場合、マーケティング部門は「認知拡大施策の実施回数」、営業部門は「店頭での露出増加」、カスタマーサポート部門は「顧客満足度の向上によるリピート率改善」といった具体的なアクションテーマに翻訳します。
この際、認知度の向上であれば「ブランド助成想起率」、「ブランド純粋想起率」、「NPS」、訴求力の強化であれば「問い合わせ数」、「商談数」、「成約数」と言った指標を用いて、達成度を測ることで、各部門の貢献度が可視化されます。
複数ブランドを1つの管理画面で運用する効率化の実例
システム面での効率化も見逃せません。3つのブランドサイトを1つの管理画面で、共通で管理・運営できるようになりました。以前は、3サイトを別々の管理画面で管理・運営していたので、非常に効率的になりましたねという事例があります。
3ブランドごとにブランド戦略があって、当然、そのサイトごとに、戦略に即して「この機能はつける。このサービスはやる、でも、これはやらない」といった個別性があります。こうした個別対応力を維持しながら、共通基盤で運用することで、データの一元管理とブランド間比較が容易になります。
KPIダッシュボードも同様です。全ブランドのパフォーマンスを1つの画面で俯瞰しつつ、個別ブランドの詳細にドリルダウンできる仕組みを構築すると、経営判断のスピードが格段に上がります。
ブランドスコアカードによる定期的な健康診断
ブランドのパフォーマンスを評価するための指標をまとめた管理ツール。顧客の認知度、満足度、売上などを測定してブランドの健康状態を把握します。ブランドスコアカードは、複数の指標を統合的に管理するフレームワークとして有効です。
実務では、四半期ごとにブランドスコアカードを更新し、各ブランドの健康状態をチェックします。認知度は高いが満足度が低い、満足度は高いが購入頻度が低いなど、ブランドごとの課題が一目で分かります。
ブランドエクイティを定期的に測定し、その結果を基にブランドガバナンスの改善策を講じています。例えば、ブランドエクイティの低下がられた商品カテゴリーについては、ブランドアイデンティティの再定義やコミュニケーション施策の強化などの対策を実施していますという花王の事例は参考になります。
投資配分の意思決定に活かすポートフォリオマトリクス
一般に、企業が保有するブランドは「投資が必要なブランド」「現状維持のブランド」「利益獲得のブランド」「消滅させるブランド」の4つにわけることができるという整理は実務的です。
KPIデータをもとに、各ブランドを成長性と収益性の2軸でマッピングします。成長性が高く収益性も高いブランドには積極投資、成長性は低いが収益性が高いブランドは現状維持、成長性が高いが収益性が低いブランドは選択的投資、双方が低いブランドは撤退を検討するといった判断が可能になります。
この意思決定を下せるのは、各ブランドを俯瞰的にとらえる「CMO組織」のみとなるため、組織体制の整備も並行して進める必要があります。
ブランドポートフォリオ管理を機能させる組織の要件
CMO組織が志向する「全体最適」の考え方と、個別ブランド部門が志向する「個別最適」という考え方をどう調整していくか?という高度なマネジメント課題に直面することを意味する状況があります。
実務では、ブランドマネージャーを個別ブランドに配置しつつ、CMO直下にポートフォリオマネジメントチームを設置する二層構造が有効です。個別ブランドの自律性を保ちながら、全体最適の視点でKPIをモニタリングし、資源配分を調整する仕組みです。
関与する人数が多くなればなるほど、ブランドコンセプトからずれた施策が生まれる可能性もあります。そのため、ブランドマネジャーのリーダーシップが不可欠となります。ブランドアイデンティティの一貫性を守りながら、KPIに基づく客観的な議論ができる人材の育成が鍵です。
まとめ:KPIを通じてポートフォリオ全体の価値を最大化する
ブランドポートフォリオ管理におけるKPI設計は、単なる数値管理ではありません。複数ブランドの相互関係を理解し、カニバリを防ぎながらシナジーを生み出すための羅針盤です。
意義性・差別性・想起性という共通指標で各ブランドの現在地を把握し、購買転換率やブランドエクイティで資産価値を測定します。KPIは3~5個に絞り込み、定期的に見直しながら、部門別アクションテーマに落とし込む。この一連のサイクルを回すことで、ポートフォリオ全体の価値は最大化されていきます。
筆者の経験上、KPI設計で最も重要なのは「誰が何のために使うのか」を明確にすることです。経営層向けの資源配分判断なのか、現場の施策改善なのか、目的が曖昧なままKPIを乱立させても機能しません。目的を明確にし、シンプルで継続可能な指標を選び、組織全体で共有することが、ブランドポートフォリオ管理を成功させる第一歩です。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
