米国でダイソンを破ったSharkが日本で挑んだ戦い
米国市場でSharkの掃除機シェアは約10年前に1%程度でしたが、吸引効率を高めて高付加価値品にシフトし、400ドル以上と100ドル程度に二極化していた米市場に300ドル程度という値付けで挑みました。2016年にはダイソンの米国シェアが20%以下まで下がり、2008年にシェア1%しかなかったSharkが第1位となりました。この成功体験を引っ提げて、2018年7月、SharkNinjaは日本市場に上陸しました。
日本法人の社長には、ダイソン日本法人の初代社長を務めたゴードン・トム氏が就任しました。トム氏は日本の掃除機市場を変革した人物であり、20年前にダイソンを日本に広め、その後エレクトロラックス日本法人でコードレススティッククリーナーの人気を定着させた実績を持っていました。
しかし、米国での勝ちパターンは日本では通用しませんでした。上陸当初に投入したアメリカ仕様のコードレス機は、日本のユーザーには重い、扱いづらいと映りました。当時のモデルはヘッド部分に重心があり約1kgと重量級で、狭い住宅や小柄な利用者が多い日本では受け入れられず、初動は苦戦しました。
日本市場が世界で最も難しい理由
グーグルの調査データによると、日本人は世界中で最もマーケティングにおける意思決定に迷いの多い国民性だといいます。ある1つの商品を購入するに至るまで、約130ものタッチポイントを経ることもあり、アメリカ人の平均と比較するとおよそ10倍もの差があります。
この複雑怪奇な行動心理は、最もハードルの高いテストマーケットだといわれます。シャークニンジャ日本法人の社長ゴードン・トム氏は、日本市場で注目すべきは世帯数だと指摘しました。人口減少の中でも独身世帯数は上昇傾向にあり、一人で複数台を所持してシーンに合わせて使い分けるという新たな文化が生まれつつありました。
日本の掃除機市場は海外と比較して特殊な環境にありました。国内の2017年の掃除機市場は16年比横ばいの830万台で、従来一般的だったキャニスター型が減少する一方、充電式のコードレスなどがけん引するスティック型が販売を伸ばし、掃除機市場全体で38%を占めるまで成長しました。さらに、日本の掃除機の平均単価は2万円を超え、米市場に比べ約2倍とみられていました。
日本の消費者を徹底的に理解するための調査設計
初動の苦戦を受けて、SharkNinjaは戦略を根本から見直しました。日本人の生活様式や掃除の習慣を掘り下げ、ユーザー自身も意識していない潜在的不満やニーズを探り、日本向けモデルをゼロから開発することにしました。
EVOFLEXを開発するにあたり、まずは日本の消費者の掃除習慣を理解するための綿密なリサーチを行い、その中でコードレススティッククリーナーに対する4つの不満と不安を見出しました。ゴミを取り除く能力への不満、家具の下の掃除のしづらさへの不満、収納への不満、稼働時間や充電への不安です。
ここで注目すべきは、調査の設計と実行方法です。試作機を用いて日本の家庭50世帯で6週間のテストを3回行いました。約40世帯の日本の家庭に試作機を使ってもらい、毎週フィードバックを収集して、量産の2週間前まで微調整を行いました。これは単なる製品テストではなく、デプスインタビューや行動観察を組み合わせた定性調査の実践でした。
ご家庭を訪問しての調査で、子どもを背負いながら床を掃除するニーズがあると分かり、ハンディ掃除機でも膝をつかずに床を掃除できるようにと作りました。このフロア用の延長ノズルは、日本での調査から発想を得たものです。
製品開発における高速PDCAの実現
米国本社と日本法人が二人三脚で商品を作り上げる体制が築かれ、日本市場のニーズを製品に反映するPDCAサイクルが飛躍的に加速しました。ユーザーの生の声を高速で製品改良に反映するこのプロセスこそ、SharkNinjaが日本市場で成功を収めた原動力です。
ヘッドブラシは、畳や木材などが多い日本家屋の床に合わせて柔らかいローラーにし、ダストカップも中身が見える透明な素材で、中のメンテナンスがしやすいように角を丸くしました。高音域のモーター音を好まない日本のユーザーのために音を低減し、高性能なHEPAフィルターの採用や、取り外しやすいメッシュフィルターを採用してサイクロン部の手入れをしやすくしました。
これらの改良は、製品仕様の変更にとどまらず、日本の消費者の潜在的な不満を掘り起こし、言語化されていないニーズに応える顧客理解の実践でした。
ハンディクリーナーEVOPOWERが突破口を開いた
日本市場での転機となったのが、ハンディクリーナーEVOPOWERです。2018年9月中旬に発売されたEVOPOWERは、日本での発売からわずか3カ月で、コードレスハンディークリーナー市場の売上台数ナンバーワンを記録しました。日本上陸の翌年2019年に数量ベースで国内シェア1位を獲得しました。
EVOPOWERは、日本をメインマーケットとして、日本の消費者のニーズを多く取り入れて開発されたハンディクリーナーで、その後に英国でも発売されています。日本発の製品が逆に本国に輸出されるという、グローバル企業では珍しいケースでした。
EVOPOWERの成功要因は、製品コンセプトの的確さにありました。卓上や棚の隙間だけでなく、延長ノズルと合体すれば普通の掃除機として床が掃除できる。ワンルームなど狭い部屋ならこれ1台で済む。この2WAY設計が、日本の住環境にぴったりと合致したのです。
店頭での顧客行動観察とリアルタイムフィードバック
SharkNinjaの日本法人社長ゴードン・トム氏は、興味深い行動観察調査を習慣にしていました。掃除機を買いに来た消費者や、店内をうろうろしている消費者を自分の目で見て、日本ユーザーの行動様式や購入決定プロセスを見ていたといいます。
なぜ店頭を重視するのか。それは日本の場合、高価な掃除機を買おうと考える人の多くが、いまだに店頭で使い心地を試すからだと指摘しました。この観察から得られた知見は、製品開発だけでなく、販売チャネル戦略やプロモーション施策にも反映されました。
店頭展示では、操作方法を説明員が実演することで製品の魅力が伝わることを重視し、テレビショッピングや家電量販店での説明スタッフの配置に力を入れました。これは、米国で成功したマスマーケティングとは異なる、日本市場特有の戦術でした。
日本市場で培った知見のグローバル展開
日本法人は屈指のコードレス先進国であり、その消費者志向の開発哲学を体現し、本社に新たな視点をもたらす役割を担っています。実際、日本生まれの技術やアイデアが本国モデルにフィードバックされた例も少なくありません。日本市場は単なる一国のマーケットに留まらず、アジア戦略のキー拠点と位置付けられています。
日本で磨いた技術とノウハウが他のアジア市場に通用することを証明した形です。日本の目の肥えたユーザーに鍛えられた商品力があればこそ、他国でも競争力を発揮できるという確信が窺えます。
2023年の調査では、掃除しにくい場所として壁際約32%と角約55%が多く挙がり、この課題を解決するため、壁際や部屋の角を検知し、吸引力を最大で2.5倍にするエッジセンサーを新たに搭載しました。この新機能も、継続的な顧客調査から生まれたものです。
マーケティングリサーチが成功を導いた要因
Sharkの日本市場での成功は、マーケティングリサーチの教科書的な実践例といえます。成功要因を整理すると、以下の5点に集約されます。
第一に、初期の失敗を受け入れ、戦略を根本から見直したことです。米国での成功パターンに固執せず、日本市場の特性を理解しようとする姿勢がありました。
第二に、定性調査を軸にした徹底的な顧客理解です。50世帯での6週間のテストを3回実施し、毎週フィードバックを収集するという丁寧なプロセスは、言語化されていないニーズを掘り起こしました。
第三に、調査結果を製品開発に高速で反映する組織体制です。日本法人と米国本社が二人三脚で商品を作り上げる体制が、市場ニーズと製品仕様のギャップを最小化しました。
第四に、店頭での行動観察を通じた継続的な学習です。トップ自らが店頭に足を運び、消費者の購買行動を観察することで、机上の分析では得られない気づきを得ていました。
第五に、日本市場で得た知見をグローバルに展開する視点です。日本をテストマーケットとして位置づけ、ここで成功した製品や機能を他市場に展開する戦略が、企業全体の成長に貢献しました。
顧客理解の深さが競合優位性を生む
掃除機にユーザーが合わせるのではなく、ユーザーに掃除機を合わせる。この姿勢が、Sharkの製品開発哲学を象徴しています。
コードレススティック市場は2025年には年間350から400万台、金額にして約1200億円規模に達するとの予測もあります。ダイソン、パナソニック、シャープといった強豪がひしめく中で、2018年に日本に参入して約7年で、早くも掃除市場でトップシェアグループに入り、存在感を示しています。
この急成長の背景には、表面的なニーズではなく、消費者自身も気づいていない潜在的な不満や欲求を掘り起こす定性調査の力がありました。子どもを背負いながら床を掃除するというシーンは、アンケートでは拾いきれない生活者の実態です。家庭訪問による観察とヒアリングを組み合わせることで、初めて見えてきた課題でした。
調査と実行を分離しない組織設計
Sharkの事例で特筆すべきは、マーケティングリサーチが単なる情報収集で終わらず、製品開発と販売戦略に直結していることです。多くの企業では、調査部門と開発部門、販売部門が分断され、調査結果が活用されないまま埋もれてしまいます。
SharkNinjaでは、日本法人のトップ自らが店頭に立ち、消費者を観察していました。プロダクトマーケティングディレクターが製品開発の現場で消費者の声を直接聞き、それを米国本社のエンジニアに伝え、量産の2週間前まで仕様を変更し続けました。この組織設計が、調査知見の実装を可能にしたのです。
日本市場攻略から学ぶべきこと
Sharkの日本市場での成功は、グローバル企業が日本に参入する際の示唆に富んでいます。同時に、日本企業が海外展開する際、あるいは国内で新しい顧客セグメントを開拓する際にも応用できる学びがあります。
第一に、自社の成功パターンを疑う勇気です。米国で通用した高品質・中価格帯という戦略が、日本ではそのまま機能しませんでした。市場ごとの特性を理解し、柔軟に戦略を変える必要があります。
第二に、時間をかけた顧客理解の重要性です。50世帯で6週間のテストを3回実施するのは、短期的には非効率に見えます。しかし、この投資があったからこそ、日本市場に最適化された製品が生まれました。
第三に、トップのコミットメントです。社長自らが店頭に立ち、消費者を観察する。この姿勢が組織全体に顧客理解を浸透させ、現場の意思決定を早めました。
第四に、調査結果を実装する組織能力です。どれだけ良い調査をしても、それが製品や施策に反映されなければ意味がありません。日本法人と米国本社の連携、量産直前まで仕様を変更できる柔軟性が、調査知見の実装を実現しました。
最後に、ローカル市場での成功をグローバルに展開する視点です。日本で開発された製品が英国に展開され、日本で生まれた技術が米国本社にフィードバックされる。この双方向の知見共有が、企業全体の競争力を高めています。
かつて日本の高級掃除機市場はダイソン一強と言われましたが、今やSharkがその牙城に風穴を開けつつあります。その原動力となったのは、徹底した顧客理解と、それを製品に反映する実行力でした。マーケティングリサーチは、正しく設計され、組織に実装されたとき、市場を変える力を持つことをSharkの事例は示しています。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
