筆者が企業のマーケティング担当者から相談を受ける際、最も多いのは「調査をしたいが、BtoB向けにどう組み立てればよいか分からない」という声です。実際、企業間取引の調査は個人消費者を対象とした調査とは性質が大きく異なります。意思決定に関わる人数が多く、検討期間は数か月から場合によっては数年に及び、専門的な知識を持った相手に論理的な説得力を求められます。
BtoB取引では平均5.4人もの人々が意思決定に関わっており、業界や企業の意思決定プロセスを理解し、専門的な製品知識や業界用語への精通が必要です。調査設計においても、こうした構造的な特性を踏まえなければ、せっかく時間と予算をかけても有益な示唆が得られません。
本稿では、BtoB調査の構造的な難しさを理解したうえで、実務で成果を出すための調査設計の考え方と具体的な進め方を提示します。
BtoB調査が難しい理由
企業間取引における調査が一筋縄でいかないのは、対象者の構造と購買行動の複雑さに起因します。筆者の経験上、BtoB調査を初めて担当する方が最初につまずくのは、この前提理解の不足です。
対象者の母数が限定的
BtoBの事業は対象となる顧客が多いわけではないので、定量調査の結果のみで判断するのは危険です。たとえば特定の業界向けソリューションを提供している企業の場合、潜在顧客は数百社から数千社程度に限られることも珍しくありません。BtoBの場合、そもそも対象者が少なく、十分な回答が集まらない場合もあるため、統計的な有意性を担保しようとすると、調査設計の段階で行き詰まります。
意思決定プロセスの複雑さ
BtoBの購買では、1人ではなく複数の関係者によって意思決定が行われ、導入を検討する現場の担当者をはじめ、承認権限を持つ管理職、予算を確認する経理部門、技術面をチェックするIT部門など、さまざまな立場の関係者が意思決定に関与します。現場担当者にインタビューしても、最終的な意思決定権を持つのは別の役職者であるケースが大半です。調査対象者を誰に設定するかという判断だけでも、相当な検討を要します。
営業接点前に購買判断の大半が完了している
全体の84%が営業担当者と実際に会話をした時より前に購買を決定づけた情報に触れているという調査結果は、BtoB調査の設計に大きな示唆を与えます。営業担当者と直接会う前に、オンラインで膨大な情報を収集し、購買プロセスの約70%以上を終えているため、営業担当者が把握している顧客の情報は、実は購買プロセスの一部に過ぎません。調査では、営業が関与する前の情報収集行動まで捉える必要があります。
BtoB調査で明らかにすべき3つの領域
有意義な調査とは、施策につながる示唆を導き出せる調査です。BtoB調査において、施策立案の基盤となるのは次の3つの領域です。
購買意思決定プロセスの実態把握
初回商談を行うタイミングとして「ソリューションの評価」以降のステージを回答したのは2018年では44%だったが、2021年実施の同じ調査では57%に増加しており、購買者側が検討プロセスを主導するという変化は急速に進んでいます。調査では、顧客がどの段階でどのような情報源に接触し、何を判断材料にしているかを明らかにする必要があります。
300万円未満の低額商材では各種Webメディアや提供企業のWebサイトが相対的に高い値を示し、Webを中心とした情報源に偏った傾向がみられた一方、1,000万円以上の高額商材では、Webからの情報に加えてテレビや新聞、展示会、セミナーなど、多様なチャネルから情報を得ており、合理的な判断や意思決定に向けて多面的に情報収集が行われているという知見は、商材の価格帯によって調査設計を変える必要性を示しています。
関与者ごとの課題と評価軸の把握
BtoBの購買では、意思決定に関わる人が複数存在し、現場の担当者、管理職、IT部門、経理、経営層など、それぞれが異なる視点や課題感を持っているため、調査では各関与者が何を重視し、どのような判断基準を持っているかを分けて捉える必要があります。現場担当者が機能面を重視する一方、経営層はコスト削減効果や導入リスクを重視するといった構造を明らかにすることで、施策の優先順位が見えてきます。
自社と競合の認知・評価の実態
顧客が自社製品をどう評価しているか、競合と比較してどう見えているかを把握することは、訴求ポイントの設計に直結します。ただしインタビューを実施するときは、なんとなくな回答やほかと同じ既存の回答といった顧客インサイトが把握できないデータを集めてしまわないように、仮説を立てることが重要です。漠然と「満足度はどうですか」と聞いても、表層的な回答しか得られません。
調査手法の選択と組み合わせ方
BtoB調査では、定量調査と定性調査を適切に組み合わせることが成果への近道です。単一の手法に固執すると、得られる情報の質と量のバランスが崩れます。
定性調査で仮説を構築する
BtoBの場合は、インタビューなどの定性調査を通して、行動の背景にあるロジックを紐解くことがとくに大事です。定性調査で顧客の潜在ニーズを発見したら、そのニーズがどれくらいあるのかを定量調査によって明らかにできるという流れが、BtoB調査の基本的な設計思想です。
デプスインタビューでは、1対1の対話を通じて顧客の深層にある課題や意思決定の背景を探ります。同じ属性の対象人数は3名程度が基本とされており、少数でも質の高い対話から得られる示唆は、その後の定量調査の設問設計に直結します。
定量調査で全体傾向を掴む
定性調査で得られた仮説を検証するために、定量調査を実施します。ただしターゲットの数が少ないBtoBサービスでは、定量調査の結果を検証するためのサンプル数が集まらないことがあり、サンプル数が集まらない場合は、インタビューなどの定性調査が現実的な選択肢となります。無理に定量調査にこだわるよりも、対象者の質を優先する判断も必要です。
デスクリサーチで市場構造を理解する
一次調査の前に、既存の情報を徹底的に収集するデスクリサーチは、BtoB調査の土台を作ります。2週間の期間を設けて集中的なデスクトップリサーチを実施し、市場の魅力度や参入の実現可能性を判断した事例では、その後のインタビュー対象者の選定や質問設計が格段に精度を増しました。業界レポート、競合の公開情報、統計データなどを先に押さえておくことで、限られた調査予算を効果的に使えます。
BtoB調査の実務ステップ
調査の成否は、初期の設計段階でほぼ決まります。筆者が支援した案件で成果が出たケースは、例外なく調査目的の明確化に時間をかけていました。
調査目的と仮説の明確化
なぜアンケート調査を実施するのかという目的を明確にし、いつ、誰に、何を、どのように、といった点を毎回チーム内で検討し、設問作りから分析に至るまで、一貫した目的を持って進めることが重要です。「顧客理解を深めたい」では漠然としすぎています。「新製品の訴求ポイントを決めるため、現行製品の評価と競合比較での強みを明らかにする」といった具体的な目的設定が必要です。
調査目的が定まったら、仮説を立てます。〇〇が売れないのは、価格のせいではないかといった仮説を立てることが重要であり、仮説なき調査は、膨大なデータの中から何を読み取るべきか分からず、結局使えない報告書が残るだけです。
対象者の選定とサンプルサイズの設計
BtoBマーケティングの実態調査と一口に言っても、現場のマーケターに聞く場合と、マーケティング責任者や経営者に聞く場合では、得られる示唆が変わってくるため、調査から何を知りたいかから逆算して、対象者を選ぶ必要があります。
サンプル数については、統計的な有意性を追求しすぎないことも重要です。BtoB調査では、ターゲットを絞り込んで、その分析に必要な数百の回答者を得る一点突破型の調査とする方が良い結果が得られるという実務的な知見は、調査設計の自由度を高めます。
調査票・インタビューフローの設計
定量調査では、回答者の負担を考慮した設問数と、明確な選択肢設計が求められます。BtoBの回答者は業務時間中に回答するため、長すぎる調査票は途中離脱を招きます。定量的データと定性的データに分かれ、アンケートの目的や、どのような情報を得たいかに応じて、回答方法を選択することで、回答者の負担を最小限にしながら必要な情報を得られます。
インタビュー調査では、構造化されたフローを用意しながらも、対話の中で柔軟に深掘りできる設計が理想です。特にBtoB調査では、回答者が専門家であることが多いため、あらかじめ業界用語や製品知識を理解しておかないと、表面的な会話で終わってしまいます。
調査実施と品質管理
調査実施段階では、回収率の向上と回答の質の担保が重要です。メールやフォーム経由でアンケートを取る場合、回答率が上がりづらいことも考慮し、キャンペーンに連動させる、回答の締め切り間際にリマインドを行うといった工夫が必要です。
モデレーターの技量は、特に定性調査の質を左右します。質問の仕方、相槌の打ち方、沈黙の使い方といった細部が、回答者から本音を引き出せるかどうかを決めます。
分析とアクションへの落とし込み
アンケート結果を受けて具体的な行動を起こして改善につながらなければ、アンケートを実施する意味がなく、できるだけ具体的な振り返りができるように、検証時のポイントを整理しておくことも重要です。調査結果を報告書にまとめて終わりではなく、施策立案に直結する示唆を抽出し、次のアクションを明確にする段階まで含めて調査の工程と捉えるべきです。
データを定期的に収集し、KPI達成度を分析し、施策ごとに成功・失敗の要因を特定し、成果が出ない施策は軌道修正・テストを繰り返すサイクルを回すことで、調査の精度は継続的に向上します。
調査結果を活用する組織体制
どれほど優れた調査を実施しても、組織が活用できなければ意味がありません。筆者が見てきた成功企業は、調査結果を組織全体で共有し、意思決定に活かす仕組みを持っていました。
営業・マーケティング・開発の連携
既存・見込み顧客へのインタビュー、ユーザーテスト、問い合わせ内容やSFAの商談履歴の分析、受注・失注・解約理由、受注企業の経路分析、営業同行、営業・インサイドセールス・カスタマサポートとの情報交換といった多面的な顧客理解の取り組みを、部門横断で実施している企業ほど、調査結果を実務に落とし込む力が高い傾向にあります。
顧客理解を深める段階では、インタビューやアンケートを通じてターゲット企業・担当者のニーズや導入検討プロセスを深掘りし、ペルソナを精緻化することで、営業が提案書を作る際の顧客理解の解像度が上がり、マーケティングが発信するコンテンツの訴求力が高まります。
ペルソナとカスタマージャーニーへの反映
調査手段ごとに特徴が出るため、まずは調査方法ごとに得た結果をまとめ、ユーザーの声をまとめたら、次のステップとして実際のペルソナに当てはめることで、調査結果が具体的な顧客像として可視化されます。ペルソナは単なる属性情報の羅列ではなく、調査から得られた課題認識、情報収集行動、意思決定プロセスを反映した、実在感のある人物像として設計すべきです。
顧客理解が不足していると、実在しない自社に都合のよいカスタマージャーニーを描きがちで、検索する前に発注先を絞っているといった実態が調査で明らかになることがあるため、調査なきカスタマージャーニーは机上の空論に終わるリスクがあります。
継続的な調査サイクルの構築
定期的にデータを収集し、KPI達成度を分析し、施策ごとに成功・失敗の要因を特定する仕組みを作ることで、調査は単発の取り組みではなく、事業成長を支える基盤となります。年次での大規模調査と、四半期ごとの小規模調査を組み合わせることで、市場の変化に対応しながら、長期的なトレンドも把握できます。
調査の精度を高めるための実践的ポイント
調査の実務では、教科書通りにいかない局面が必ず訪れます。筆者が現場で蓄積してきた、精度を高めるための実践的なポイントを共有します。
業界特性と商材特性を反映する
製造業向けのソリューションと、IT業界向けのSaaSでは、購買プロセスも意思決定者も異なります。業界ごとの商習慣、意思決定の文化、情報収集の傾向を理解したうえで、調査設計に反映させる必要があります。たとえば製造業では対面での情報収集を重視する傾向が強く、IT業界ではオンラインでの情報収集が中心といった違いを踏まえた設計が求められます。
回答者の負担を最小化する設計
BtoBの回答者は業務時間を割いて協力してくれています。調査票は簡潔に、インタビューは時間厳守で、結果のフィードバックは丁寧に行うことで、次回の調査協力も得やすくなります。調査協力へのインセンティブ設計も、BtoCとは異なる配慮が必要です。金銭的な謝礼よりも、業界レポートの提供や、調査結果のサマリー共有といった情報価値の提供が効果的なケースも多くあります。
調査会社の選定と協働の方法
自社リソースだけで完結できないケースでは、調査会社への外注を検討します。BtoBリサーチは消費者向けのBtoCリサーチとは異なり、調査対象者の少なさや専門性の高さから、自社で実施するには多くの困難が伴うため、専門家の力を借りることは合理的な選択です。
ただし、丸投げは禁物です。調査会社に依頼する場合でも、目的と仮説は自社で明確にし、調査設計の段階から積極的に関与することで、自社の課題に即した調査が実現します。
まとめ
BtoB調査は、複数の意思決定者、長期の検討プロセス、専門性の高さといった構造的な難しさを持ちます。しかし、これらの特性を理解し、適切な手法を選択し、組織全体で活用する仕組みを作ることで、調査は事業成長の強力な武器となります。
有意義な調査とは、実施して終わりではなく、そこから得られた示唆を施策に落とし込み、成果を検証し、次の調査設計に活かすサイクルを回し続けることです。もっとも多くのマーケティング従事者が競合分析に課題を持ち、2位が顧客インタビューやユーザーアンケートなどの顧客理解という調査結果が示すように、多くの企業が顧客理解に課題を感じています。
本稿で示した調査設計の考え方と実務ステップを起点に、自社の事業特性に合わせた調査の型を作り上げることが、BtoB事業の成長を加速させます。調査は、顧客との対話を通じて事業の解像度を上げ続ける、終わりなき実践です。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
