筆者はマーケティングリサーチャーとして、企業の意思決定に関わる仕事を続けてきました。マーケティングリサーチャーという職業名を聞いて、「なんとなく知っている気がする」と感じる人は多いと思います。一方で、具体的にどんな仕事をしているのかを説明できる人は、そう多くないのではないでしょうか。
アンケートを作る人、インタビューをする人、データを集計する人。あるいは、新しい商品やサービスに携われるという捉え方かもしれません。確かに間違いではないですが、それだけではマーケティングリサーチャーの仕事の一部しか表現できていないです。
筆者が実務を重ねる中で感じるようになったのは、マーケティングリサーチャーの仕事は、企業と生活者、市場の間に立ち、考えるための材料を整える仕事だということです。
定量調査・定性調査は入口にすぎない
マーケティングリサーチという言葉から、定量調査や定性調査を思い浮かべる人は多いでしょう。アンケートやインタビューは、確かにマーケティングリサーチの大きな柱でもあります。
一方で、筆者はマーケティングリサーチを「調査手法の集合」という風に思っているわけではありません。実務では、アンケートやインタビュー以外の情報も数多く扱うからです。
市場規模はどれくらいか、成長している市場なのか。競合はどのような商品やサービスを、どの価格帯で提供しているのか。ビジネスモデルとして成立しているのか。こうした情報も、意思決定に欠かせない重要な要素であり、マーケティングリサーチャーが扱う領域に含まれます。
昨今の調査会社はネットアンケートの浸透とともに、分業化が進み、ネットアンケートのデータしか扱わないという人は多くなっているという話も筆者は耳にしますが、企業の意思決定とは消費者の声だけで行われるものではありません。たくさんの種類のデータの中から意思決定を行うのです。その意思決定に必要となる情報をマーケティングリサーチャーは作っているのです。
市場を「調べる」だけでなく「理解する」
たとえば新しい商品やサービスを検討するとき、最初に問われるのは「本当に市場はあるのか」「参入する意味はあるのか」という点です。この段階では、いきなり生活者調査を行うとは限らないです。
公開されている統計データや業界レポート、競合企業の情報などを整理し、市場の全体像を把握します。どこにチャンスがあり、どこが難しそうかを考えます。こうした作業も、マーケティングリサーチの重要な仕事です。
筆者は、市場を数字として眺めるだけでなく、「この市場では、どんな前提でビジネスが動いているのか」を考えることが大切だと感じています。その理解があって初めて、調査設計や分析が意味を持つのです。
商品/サービス開発の手前から関わる仕事
マーケティングリサーチャーは、商品やサービスが完成した後に評価をする仕事だと思われがちですが、実際には、開発のかなり手前から関わることも多いです。
「どんな人の、どんな困りごとを解決したいのか」「どの市場で戦うのか」「競合と何が違うのか」。こうした問いを整理し、考えやすい形にするのがマーケティングリサーチャーの役割なのです。
筆者は、商品/サービス開発において重要なのは、いきなり答えを出すことではなく、考えるべき問いを正しく置くことだと考えています。そのために、調査だけでなく、市場や競合、ビジネスの仕組みを横断的に見る視点が求められます。
生活者とクライアントをつなぐ「翻訳」の役割
マーケティングリサーチャーは、生活者の声を集める仕事だと説明されることが多いです。筆者は、この説明に少し補足が必要だと感じています。
生活者の発言は、とても人間らしく、感情や文脈に左右されます。発言同士が矛盾することも珍しくないです。マーケティングリサーチャーの仕事は、その言葉をそのまま並べることではなく、意味として整理し、企業が判断できる形に翻訳することなのです。
同じように、クライアントの言葉も翻訳が必要になってきます。「若者向けにしたい」「もっと選ばれたい」という言葉の裏側には、さまざまな背景や制約があるものです。マーケティングリサーチャーは、生活者とクライアントの間を行き来しながら、意味をすり合わせていく必要があります。
かつて私がマーケティングリサーチャーとして駆け出しだった頃、ある商品に関する調査で報告書を作成しているときの話です。
商品選びに関する重視点は「価格」、商品に対する不満も「価格」という結果が得られました。
その結果を踏まえて、調査サマリで「価格がボトルネックになっており、それを改善(=値下げ)すべき」という内容を盛り込んで、先輩リサーチャーにフィードバックをもらったことがあります。
確かに、調査結果を見ると価格がボトルネックのように見えるけど、この提案だとクライアントは受け入れてくれるのかな?価格が高いから下げましょうって単に生活者の発言の裏表のこと言っているに過ぎないよね。
生活者は「高い」と言っているけれど、本当に価格そのものが問題なのか、それとも価格に見合う理由が見えていないからなのか。そこを分けて考えないと「値下げすべき」という示唆しか出て来なくなるね。
リサーチャーの仕事は、生活者の言葉をそのまま結論にすることじゃなくて、その言葉が生まれた背景を整理することだと思います。僕が今言ったことを踏まえて、角さんはそれでも「値下げするべき」と考えますか?
このフィードバックをもらったとき、全身に電気が走ったような気がしました。私は、生活者にアンケートを取り、生活者の声をただ集めてそれっぽく見せているだけだとすごく恥ずかしい気持ちになりました。その背景にある生活者の気持ちを整理できず、クライアントの商品の課題を構造化できていなかったのです。
この出来事を振り返って、筆者はひとつのことに気づきました。
マーケティングリサーチャーの仕事は、生活者の声を「集める」ことでも、「代弁する」ことでもないということです。
当時の筆者は、アンケート結果をもとに「価格がボトルネック」と書くことで、生活者の声を正しく伝えているつもりでした。しかし実際には、生活者の言葉をそのまま結論に変換していただけで、生活者が何を感じ、なぜその言葉を使ったのかを整理できていなかったのです。
先輩リサーチャーのフィードバックを通じて気づかされたのは、生活者の言葉と、企業が意思決定に使える言葉は、そのままでは一致しないということです。
生活者が言う「高い」は、必ずしも価格そのものを指しているわけではなく、価格に見合う理由が分からない状態かもしれないし、比較の軸が整理されていないだけかもしれません。生活者の言葉の裏側には、感情や文脈、判断のクセが複雑に絡み合っているものです。
一方で、企業は「値下げすべきか」「この商品を続けるべきか」「投資する価値はあるのか」といった、具体的な判断を迫られています。生活者の発言をそのまま並べただけでは、企業は簡単に動けません。
この両者のあいだをつなぐ役割を担うのが、マーケティングリサーチャーなのだと、筆者はこのとき本当の意味で理解したと思います。実際に、価格に関する指摘を受けて改善した調査報告書をクライアントに納品し報告会を行ったとき、クライアントとのディスカッションが盛り上がり、次の施策へとつながっていきました。
マーケティングリサーチャーは、生活者の言葉をそのまま届ける存在ではありません。マーケティングリサーチャーは、生活者の言葉を一度受け止め、その言葉が生まれた背景を整理し、企業が判断できる形に翻訳する存在なのです。生活者と企業、どちらかの味方になるのではなく、両者の間に立ち、考えが前に進む状態をつくること、それがマーケティングリサーチャーの仕事なのです。
筆者がこの仕事を続けている理由のひとつは、この「橋渡し」の役割にあります。生活者の感覚と企業の論理、そのどちらにも触れながら、両者がすれ違わずに済むように言葉を整えていく。一見すると大変地味ではありますが、確かな手応えのある仕事だと感じています。
筆者は、この橋渡しの役割に、マーケティングリサーチャーならではの面白さがあると思っています。
調査は「考える流れ」の中で活きる
マーケティングリサーチの仕事をしていると、「定量調査と定性調査のどちらをすればいいですか?」という質問をされることがありますが、定量調査と定性調査はどちらか一方を選ぶものではなく、意思決定のどの段階でどの情報が必要なのかを考えながら使い分けるものなのです。
方向性を探る段階では定性調査が役立つこともあれば、選択肢を絞り込む場面では定量的な裏付けが重要になることもあるということです。場合によっては、市場データや競合分析だけで十分な判断ができることもあります。
マーケティングリサーチャーの役割
- 調査結果を出すこと自体をゴールにしてはいけない
- 調査結果が次の議論や判断につながり、考えが前に進む状態を作ること
だと筆者は信じています。先ほども書いたように、マーケティングリサーチャーは生活者と企業の橋渡しという役割があります。定量調査であっても定性調査であっても大切なのは、意思決定につながることです。そのため、クライアント視点でどのような思考プロセスがあったのかを整理して一緒に議論していくことを忘れてはいけません。
キャリアとしてのマーケティングリサーチャー
マーケティングリサーチャーのキャリアは多様です。調査会社、事業会社、コンサルティング、フリーランスなど、立場は違っても、共通しているのは「決めるために考えるべき材料を整える仕事」だという点です。
定量調査・定性調査だけに閉じず、市場、競合、ビジネスモデルまで視野を広げることで、マーケティングリサーチャーはより上流の議論に関わることができます。
筆者は、マーケティングリサーチャーという仕事を「問いを設計し、意味を翻訳し、判断を助ける専門職」だと考えています。考えることが好きな人、世の中の仕組みに興味がある人にとって、やりがいのある仕事ではないでしょうか。
もし、マーケティングリサーチャーという仕事に興味のある方は、マーケティングリサーチャーとして働いてみませんか?リサートでもマーケティングリサーチャーを募集しています。
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この記事の監修者

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
この記事を書いた人

角 泰範 | マーケティング・リサーチャー
リサート所属モデレーター。シンクタンク・マーケティングリサーチ複数社を経て現職。マーケティングリサーチャーとして10年以上の経験を有し、大手ブランドの広範な商材・サービスの調査を支援。統計学的な分析手法とインタビューをハイブリッドに活用した、定量・定性の両軸での消費者分析力が強み。






