はじめに:マーケティングリサーチ初心者が陥りがちな誤ったデータ分析
こんにちは。リサートの石崎です。近年はマーケティングリサーチ業界にセルフリサーチサービスが登場し、誰でも気軽にインタビュー調査やアンケート調査ができるようになりました。まさに「リサーチの民主化」とも言えるトレンドです。一方で、「調査バイアス」に関する正しい知識を持たないままリサーチをされている方が増えています。調査バイアスをかけて取得したデータを分析すると誤った意思決定をすることにつながり、大変危険です。
調査バイアスとは?基本的な意味と定義
調査バイアス(Market Research Bias)とは、調査結果やデータが本来の母集団の特性を正確に反映していない状態、またはその原因となる誤差や偏りのことを指します。
簡単に説明しましょう。調査バイアスをかけてデータを取得すると、本当の世の中の実態とデータがズレてしまっている、ということが起きます。
バイアスのかかったデータで分析をすれば結論が歪んでしまい、誤った意思決定につながる可能性があります。マーケティングリサーチ、学術研究、世論調査など、あらゆるリサーチにおいてバイアスの影響を理解し、できる限り排除することが重要とされています。
誤ったデータに対していくら分析をしても分析結果に価値がないことをコンピューターサイエンスの世界ではGarbage in, garbage out(ゴミを入れればゴミしか出てこない)と言います。質の悪いデータを入力すると、どんなに優れたシステムや分析でも、結果も同様に質の悪いものになる、という分析の原則のことです。
【重要】マーケティングリサーチにおいて調査バイアスは避けられない
マーケティングリサーチは、人間(消費者、顧客など)の意識や行動を探る活動である以上、バイアスを完全にゼロにすることは現実的に不可能です。
例えば、新製品の感想について尋ねる場合、回答者は「良い人」と思われたい、または企業を応援したいという気持ちから、実際よりも好意的な回答をする可能性があります。
これは、統計学でいう「真の値」を正確に捉えることが、人間の研究においては極めて難しいということです。
調査バイアスに対するマーケティングリサーチャーの役割
マーケティングリサーチャーの役割は、バイアスを完全に消すことではありません。「バイアスはゼロにならない」という前提を自覚し、バイアスが発生する可能性を事前に予測し、調査設計段階でそれを最小化するための対策を講じることです。
取得したデータについても、「このデータにはどのようなバイアスが潜んでいる可能性があるか」という批判的な視点をもって分析し、意思決定者とマーケティングリサーチの限界とデータの信頼度を共有することが、マーケティング活動の成功に繋がります。
【お急ぎの方】調査バイアスの止血策:もっとも簡単な対策方法
バイアスについて体系的に学んでいる時間がない、というお急ぎの方はまず下記の2点を行ってくださいう。
インタビューフローを作る
バイアスに対する最も簡単な対策方法は、定量調査の調査票や定性調査のインタビューフローを作ることです。そして、作ったものを回答する側の目線でもう一度見返してみることです。回答が誘導されたように感じるポイントがないか確認してみてください。
発言録ではなく、インタビューを生で見る
とくに定性調査をされる方向けです。最も簡単な対策方法は、インタビュー調査を生で見ることです。発言録でインタビューの内容を確認することは便利ですが、発言録には実際のインタビューで起きていた細かなニュアンスが抜け落ちています。実際のインタビューでは「ちょっと微妙な評価を匂わす雰囲気のはい」であっても発言録では「はい」だけが記載されると、肯定的な意見に読み取れてしまい危険です。インタビュー調査当日に参加できない人はインタビューの録画を見るとよいでしょう。
では、具体的な調査バイアスの種類を体系化しましたので、見ていきましょう。
調査バイアスは大きく2種類
調査バイアスには以下の2種類に大別されます。
- サンプリング・バイアス(標本抽出の偏り)
- 調査対象者の偏りによって、母集団を代表しない標本が得られてしまう偏りです。
- 回答バイアス(回答者の心理による偏り)
- 質問の仕方、調査の建付け、調査対象者自身の心理的な傾向によって、消費者本人の真実とは異なる回答がなされてしまう偏りです。
抑えるべきサンプリング・バイアスの種類は3つ
マーケティングリサーチをするとき、その調査の参加者がどのような属性のグループの代表者なのか、について目を向ける必要があります。
1. 選択バイアス (Selection Bias)
選択バイアスとは、標本抽出*の方法に偏りがあり、特定の属性の人々が過剰、あるいは不足して選ばれてしまうことです。
*標本抽出…簡単に言うとアンケート取得やインタビュー参加者のリクルートの方法のことです。
マーケティングリサーチでよくある選択バイアス
70-90歳の一般的な高齢者のITリテラシーの実態を調査するために、インターネットのモニターサイトでアンケートを取得する
インターネットのモニターサイトに登録しているおじいちゃん、おばあちゃんはITリテラシーがそもそも高い人たちですから、取得するデータが偏ってしいますね。この場合は電話調査や訪問調査を採用することが望ましいです。
選択バイアスに対するリサーチャーの対策例
ランダムサンプリングや層化抽出など、適切な標本抽出方法やモニターサイトを採用しましょう。
2. 無回答バイアス (Non-response Bias)
無回答バイアスとは、調査対象として選ばれた人々の中で、回答を拒否した人や回答しなかった人の属性が、回答した人々の属性と異なる場合に発生する結果の偏りのことです。
ざっくり説明すると、声の大きな人や積極的な人の意見が、全員の意見を代表しているとは限らない、ということです。
マーケティングリサーチでよくある無回答バイアス
ある生命保険会社が、自社の保険を契約した顧客に対し、メールで顧客満足度アンケートを実施する
満足度の高い契約者と不満がある契約者に回答が偏りがちになりますね。
無回答バイアスに対するリサーチャーの対策例
アンケートの回答率を上げる工夫(リマインダー、インセンティブ)や、無回答者の特性を推定して重み付けを行いましょう。
3. ボランティア・バイアス (Volunteer Bias)
自発的に調査に参加する人が、一般の人とは異なる強い意見や特定の特性を持っていることで生じる偏りのことです。
マーケティングリサーチでよくあるボランティア・バイアス
サプリメントのブランドが、自社の公式会員に対し、開発中の新製品の試用モニターを募集し、フィードバックを得ようとする
公式会員の中でアクティブな人たちはそのブランドへのロイヤルティが高い人たちですよね。その人たちは自分がファンのブランドの取り組みを過剰に好意的に解釈したり、過剰に厳しく評価する傾向があります。
ボランティア・バイアスに対するリサーチャーの対策例
調査に特定の関心を持つ人だけを集めないようにしましょう。
抑えるべき回答バイアスは5つ
1. 誘導的な質問バイアス (Leading Question)
質問の表現で、回答者に特定の方向を暗示、誘導してしまうことです。
マーケティングリサーチでよくある誘導的な質問バイアス
Q.「ビールは好きですか?「ビールが好きなのはなぜですか?」
A.「はい、好きです」「ビールが好きなのは、乾杯感があることですかね!」
「そこそこ・普通・好きじゃない」という可能性を排除して「好き」という回答をさせやすい方向に誘導付けしていますね。モデレーターは無意識に「好き」という前提で質問をしていますが、そこで得られたデータ(回答)はインタビュー参加者の純粋な主観ではなく、モデレーターの主観に偏っています。
誘導的な質問バイアスに対するリサーチャーの対策例
質問文から感情的な言葉や断定的な表現を避け、中立的な表現を用いましょう。
2. 質問順序バイアス (Order Bias)
前の質問への回答が、後の質問の回答に影響を与えてしまうことです。または選択肢の並び順による回答の偏りのことです。(最初や最後の選択肢が選ばれやすい)
マーケティングリサーチでよくある質問順序バイアス
ペットボトルのお茶の純粋想起を聞く前に、助成想起で質問をしている
「綾鷹」「生茶」「伊右衛門」の中で知っているものを聞いたあとに、「ペットボトルのお茶と言えば一番に何のメーカーが浮かびますか?」と質問すると、回答者は自ずとその3択のブランドが頭に浮かんでしまうはずです。純粋想起から質問していたら「お~いお茶」と回答していたかもしれません。
質問順序バイアスに対するリサーチャーの対策例
質問や選択肢の順序をランダム化するか、質問の順序を見直しましょう。
3. 社会的望ましさのバイアス (Social Desirability Bias)
回答者が、社会的に好ましく見えるように、または倫理的に正しいと思われるように、無意識的・意識的に回答を修正してしまう傾向のことです。社会適応バイアスとも言います。
マーケティングリサーチでよくある社会的望ましさバイアス/社会適応バイアス
Q.「環境にいい容器の素材を使ったシャンプーと、同じ成分で価格が安いシャンプー、どちらを選びますか?」
A.「そう言われたら、環境にいい方を選びたいですかね~。」
「成分が同じなら価格が安いシャンプーを選びます」と答えることは「私は、お金にうるさく、環境のことを考えない自分です」ということを間接的に表明することになります。「がめつい」「環境のことを考えない」「自己中心的」という風に思われたくないがために、誰もが本音を隠して建前を回答したくなりますよね。
社会的望ましさのバイアス/社会適応バイアスに対するリサーチャーの対策例
回答の匿名性を確保してみてください。定性調査ではなく定量調査にすることで解消されることもあります。また、質問を中立的・間接的な表現にしましょう。あるいは、バイアスがかかる前提で社会的に望ましい回答データを過小評価することも対策になります。
4. 同意バイアス (Acquiescence Bias)
質問内容に関わらず、肯定的な回答を選びがちな傾向のことです。特に質問数が多く疲労しているときなど、調査への協力に飽きてしまった際に顕著に表れます。
マーケティングリサーチでよくある同意バイアス
Q.「普段、お買い物をするときは同じような商品だったらできる限り安い方を選びますか?」
A. 「・・・はい。そうですね。同じものならできる限り安いところで買いたいですよね」
誰もが「価格は安い方がいい」とは思うことはあるので100%は否定しきれないですよね。また、「文房具は書ければいいから100円均一ショップで十分、化粧水は身体にいいものだから安いと不安」など商材によって本当に安い方がいいかはケースバイケースです。とはいえ、すべてのパターンを説明するのは大変なので、「はい」と答えるのが楽で無難ですよね。
同意バイアスに対するリサーチャーの対策例
質問文において肯定・否定が偏らないようにバランスを取りましょう。評価の尺度を工夫することもあります。定性調査では、なんでも肯定的な回答をしがちな調査参加者にはあえて否定疑問形から入る、といったテクニックもあります。
5. 記憶バイアス (Recall Bias / Telescoping)
過去の出来事の頻度を尋ねられた際、記憶が曖昧で、実際よりも過大・過小に回答してしまう傾向のことです。要するに、記憶があやふやなので
マーケティングリサーチでよくある記憶バイアス
Q.「昔はどれくらいファーストフードに行っていましたか?」
A.「結構行ってましたねー。マクドナルドは週2-3回、ケンタッキーは1カ月に10回、バーガーキングは月に1回くらい・・・」
Q.「ということは週に4-5回もファーストフード食べてたんですか?」
A. 「あ、そっか、そう言われるとそんなには行っていないですね・・・。
高校生のときの話なのか、20代の頃なのか、いつ時点の話なのかで頻度は変わりますよね。マクドナルドと言ったら高校生のときによく行っていたからそのときの利用頻度のイメージ、ケンタッキーはここ1年くらいの利用頻度のイメージで回答したりするので、この回答者はそのファーストフードチェーンを最もよく使っていたときの記憶で話をしたので、時系列が混ざった回答をしています。
記憶バイアスに対するリサーチャーの対策例
質問の期間・時期を短く具体的に設定しましょう。日記や記録、スマートフォンのスクリーンタイムなど、ログデータを確認できるとより正確です。
6. その他のバイアス
主要な5個のバイアスを取り上げましたが、以下の通り他にもバイアスはたくさんあります。人間は十人十色ですからね。「なんでもかんでもバイアス・バイアスうるさいな…」と思われるかもしれませんが、このバイアスヘのこだわり、気配りが初心者とプロの違いです。
- グループダイナミクス
- フォーカスグループインタビューにおいて、他人の発言に影響を受けて、会話の内容が深化していくことです。
- 通常、いい意味で語られることが多いですが、バイアスであることは理解しておきましょう。
- 作り手への遠慮バイアス
- 調査の主催者としてメーカー名を名乗るとそのメーカーの否定をしづらくなる傾向です。面と向かって企業・人を否定できる気の強い人はあまりいないものです。
- 誰しもがアクティビストファンド(モノ言う株主)みたいなスタンスではないのです。
- モデレーターへの承認バイアス
- 定性調査・インタビュー調査あるあるです。モデレーターのメンツをつぶさないように、モデレーターに肯定されたいがために話を盛ったり、極端に高い評価をつけてしまうなど。
- モデレーターはインタビュー参加者が盛りグセがある方かどうか気が付いて調整をしています。
- 一貫性バイアス
- 「自分の回答に一貫性をもたせなくてはならない」と考えて発言が事実から乖離する傾向です。
- 「ダイエットをしている」と冒頭で言った手前、「実はファーストフードを食べている」なんて言いづらいですからね。インタビュー調査ではこの理想と現実のギャップに発見が眠っていることが多いので、このバイアスがかかっていないか気が付けるとGoodです。
- 季節性・気分バイアス
- 季節・気分・体調などで回答が変わる傾向です。
- 「冬にアイスの調査をしても冬は食べないので意見が他人ごとになる」
- 「夏にこたつの調査をしても、寒さに困っていないので調査テーマに興味がない」
- 「クリスマス前は独身であることが寂しくなる」
- 女性の場合:生理中・前・後で、気分が変わる
- その他:結婚をした直後は前向きな気持ち、離婚した直後は気分が落ち込んでいる
- 同じを逃避するバイアス
- 「他人と異なる視点を持っている自分」をアピールしたくて、極端に他人と違う意見を回答する傾向です。素直な意見が欲しいと思うかもしれませんが、これもその人の本質なのです。
- あるいは「前の人の発言に対して、異なる意見を求められているのではないか」と気を遣って自分の本音とは異なる意見を回答する傾向です。質問順序バイアスの一種とも言えます。本音が語られていればグループダイナミクスと呼ばれますし、本音とは異なる回答をしていればグループシンクと呼ばれるます。しかし、この差異は見分けづらいものです。
さいごに:リサーチャー自身の主観もバイアスである
マーケティングリサーチをしていると、ついつい自分の仮説通りの回答を期待してしまったり、自分の感覚で普通・普通じゃないという判断してしまいます。また、無意識にモデレーターとして使った言葉が相手を誘導していることもあります。
これらはすべてリサーチャーの主観・決めつけ・思い込み、相手がどう受け取るかという相手目線の欠如、あるいは未熟な言語化能力から起きています。大きくまとめると、コミュニケーション能力の不足が原因です。
調査対象者はモノではなく人間という生ものであることを忘れないようにしましょう。
リサートでは主催する「モデレーター養成講座」を通じてこれまでに80名以上の方にモデレーションのトレーニングを行ってきました。一方、バイアスに気を遣ってインタビューができている受講者は1割未満です。それくらいバイアスというのはマーケティングリサーチと隣り合わせのリスクです。とくに定性調査はインタラクティブな調査なので、バイアスには特に注意が必要です。
マーケティングリサーチャーの役割は、バイアスを完全に消すことではありません。「バイアスはゼロにならない」という前提を自覚し、バイアスが発生する可能性を事前に予測し、調査設計段階でそれを最小化するための対策を講じることです。
最後にマーケティングリサーチ中級者の方へアドバイスです。バイアスを気にしすぎて、何も前に進まない、という経験はありませんか?実務では限られたデータだけで結論を出さなければならないときも、どうしてもあります。マーケティングリサーチはアカデミックではなくビジネスの手法ですから、ビジネス(マーケティング)に貢献できるかどうかがすべてです。そういうときはバイアスを覚悟して、バイアスを差っ引いた分析・考察をする技術も磨きたいところですね。
リサートにプロのモデレーターを派遣してもらう
リサートでモデレーション能力を向上させる
リサートでモデレーターになる
この記事の監修者

角 泰範 | マーケティング・リサーチャー
リサート所属モデレーター。シンクタンク・マーケティングリサーチ複数社を経て現職。マーケティングリサーチャーとして10年以上の経験を有し、大手ブランドの広範な商材・サービスの調査を支援。統計学的な分析手法とインタビューをハイブリッドに活用した、定量・定性の両軸での消費者分析力が強み。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。






