未充足ニーズを発掘すると何が変わるのか
カビキラー、シャウエッセン、モンカフェといった誰もが知るロングセラー商品には、共通する開発手法が存在します。キーニーズ法は1969年梅澤伸嘉によって創始された世界初の商品コンセプト開発法であり、消費者自身も気づいていない潜在的な欲求を体系的に発掘する仕組みです。
多くの企業は既存市場の中で競合とシェアを奪い合い、価格競争に巻き込まれます。しかしキーニーズ法は既存製品の改良や競合との差別化ではなく、消費者がまだ気づいていない未充足かつ強いニーズを発掘し、それに基づいた新しい市場を創造することに特徴があります。結果として競合のいない市場を開拓でき、適正価格を維持したまま長期的な利益を確保できます。
筆者がこれまで数十社の商品開発に関わった中で実感するのは、消費者は自分が何を本当に欲しているのか言語化できていないという事実です。表面的なアンケート調査では顕在化したニーズしか拾えず、それに応えても既存市場での競争にしかなりません。キーニーズ法が狙うのは、消費者が気づいていないけれども一度気づけば強く欲するような領域なのです。
キーニーズ法とは何を指すのか
キーニーズ法は何を作ったら売れるかを教えてくれる世界初の商品コンセプト開発法であり、1969年に梅澤伸嘉によって創始され、小嶋外弘同志社大学教授の指導を得て生活工学的アプローチの所産として生まれました。40年以上に渡って改良が加えられ、受容性の高い商品コンセプトの開発に活用されてきました。
この手法の核心は、未充足の強いニーズに応える商品コンセプトをシステマティックに開発する発想法である点です。キーニーズ法には消費者の生活ニーズ情報を元とするニーズアプローチと、開発しても埋もれたままになっている技術シーズ情報を元とするシーズアプローチの2つのタイプがあり、いずれも未充足の強い生活ニーズにこたえる商品コンセプトを生みます。
これまで開発した商品の売上累計は7兆円あまりに達し、商品開発の神様と呼ばれた梅澤伸嘉氏は、時間とコストをかけて作ってしまう前に売れる・売れないを判別する商品開発法を模索していました。その結果生まれたのがこの手法であり、どんな業界にも適応でき、専用シートを使うことで誰でも最低でも10億円以上売れる商品アイデアを見つけることができます。
梅澤理論を支える3つの中核概念
キーニーズ法を理解するには、梅澤伸嘉氏が構築した3つの理論を押さえておく必要があります。
未充足ニーズ理論
未充足ニーズ理論はしたいやりたい、でもできないという強いニーズに応える商品が売れるという考え方です。消費者が抱えている生活上の問題や不満を発見し、それを解決する商品を開発することで高い受容性を得られます。CAS分析は生活ニーズ、そのニーズを満たすための行動、その行動における問題を基に問題や行動を反転させて未充足ニーズを探索します。
C/Pバランス理論
C/Pバランス理論は消費者は買う前と買った後に評価しているという考え方です。Cはコンセプト、Pはパフォーマンスを指します。Cが低くてPが高い場合、時間を経て売り上げが伸びていくスロースターターになる場合もありますが、競争の激しい現代は販売不振は直ぐに打切られますのでCP共に高い商品の投入が必要です。つまり購入前の期待と購入後の満足の両方が高い水準にないと、ロングセラーにはなりません。
MIP理論
MIPは新市場創造型商品のことで、梅澤先生は生活上の問題を解決することにより新市場を創造して生活変化をもたらすことができた商品と定義しています。223市場で調べたところ、シェアNo.1はMIPが53.8%、後発商品が46.2%でしたが、後発商品の成功率はわずか0.5%でしかありません。新市場を創造した商品は圧倒的に高い確率で市場をリードし続けるのです。
なぜ多くの企業が発見に失敗するのか
筆者がコンサルティングの現場で目にするのは、多くの企業が顧客ニーズを誤解しているという現実です。
最もよくある失敗は、顧客に直接何が欲しいかを尋ねてしまうことです。消費者は自分の潜在的な欲求を言語化できません。アンケートで得られるのは顕在化した要望だけであり、それに応えても既存商品の改良版にしかなりません。顕在ニーズに応えるだけでは既存市場での競争になり、弱い潜在ニーズでは商品化しても売れません。
二つ目の失敗は、技術シーズから発想してしまうことです。自社の保有技術をベースに商品を考えると、消費者の生活実態から乖離した提案になります。技術は手段であり、目的ではありません。キーニーズ法では技術シーズアプローチも用意されていますが、それでも最終的には未充足ニーズに結びつけます。
三つ目の失敗は、競合分析に時間をかけすぎることです。競合の動向を研究しても、そこから生まれるのは後追い商品です。市場の空白地帯を見つけるには、競合ではなく消費者の生活を観察する必要があります。
市場の空白地帯を発見する7つのステップ
キーニーズ法は属人的なセンスに頼らず、誰でも実践できる手順が確立されています。
ステップ1:ドメインを決める
前提となるドメインを決めます。どの生活領域で商品開発を行うのか、範囲を明確にします。たとえば食生活、美容、家事、移動など、具体的な生活場面を設定することで、以降の分析が焦点を持ちます。
ステップ2:消費者の深層心理構造を理解する
消費者の深層心理の構造を深く理解します。お客様を行動に駆り立てるニーズにはHaveニーズ、Doニーズ、Beニーズがあります。Haveニーズは商品を欲しいと思う欲求、Doニーズは何かをしたいという欲求、Beニーズはこうありたいという欲求です。これらの構造を理解すると、表面的な要望の奥にある本質的な欲求が見えてきます。
ステップ3:S-GDI法でフリートークから潜在ニーズを発掘する
S-GDI法はフリートークから消費者自身も気づいていないこういう商品がほしいを知る手法です。S-GDIはシステマティック・グループ・ダイナミック・インタビュー法の略で、梅澤伸嘉がジョンソン時代に自らグループインタビューを企画・司会・分析・社内報告していた時のノウハウを結集させた開発者のための消費者洞察法です。対話の中で消費者が無意識に漏らす不満や願望を拾い上げます。
ステップ4:CAS分析で最強のニーズとアイデアを発掘する
CAS分析は今はないが出たらみんなが欲しくなる最強のニーズとアイデアを発掘する手法です。CASはConcept Assessment Studyの略で、生活ニーズと行動から問題を見つけ出して未充足ニーズを探索する手法です。生活ニーズ、行動、行動における問題の3つを軸に分析を進めます。
ステップ5:ニーズの強さと未充足度を評価する
キーニーズ法ではニーズを強さと未充足度という2つの軸で分析します。強いけれども満たされていないニーズこそが、新市場を創造する鍵です。ニーズの強さは調査で確認しますが、単に欲しいかどうかではなく、生活の中でどれだけ困っているかを掘り下げます。
ステップ6:商品コンセプトを公式に沿って開発する
商品コンセプトはお客様が買う前に欲しいと思わせる力と定義され、C=I+Bという公式で表現されます。Iはアイデア、Bはベネフィットです。梅澤先生はその後、IとBの間にNCN、新カテゴリー名を入れることで新市場を創造する商品コンセプトになると定義しています。つまりC=I+NCN+Bという形です。
ステップ7:新カテゴリーの設定と表現コンセプトの開発
新カテゴリーは強いニーズから作る強いコンセプトから生まれます。既存カテゴリーに属さない新しい商品群を定義することで、競合との比較を避けられます。表現コンセプトの開発では、何であるとどう良いを消費者に瞬時に伝えます。3秒で理解できる表現が理想です。
実務で成果を出した3つの事例
キーニーズ法がどのように実務で機能するか、具体例を通じて見ていきます。
カビキラー
カビ取り剤市場は長年、塩素系漂白剤を薄めてブラシでこする方法が主流でした。しかし消費者調査を深掘りすると、風呂場のカビ取りは面倒で時間がかかる、手が荒れる、においがきついという不満が山積していました。これらは未充足の強いニーズです。カビキラーはスプレーするだけでカビが落ちるという新しいメソッドを提示し、カビ取り剤という新カテゴリーを創造しました。
シャウエッセン
ウインナー市場では魚肉ソーセージが主流でしたが、消費者はもっと肉らしい食感と味を求めていました。しかし当時の技術では皮がパリッとしたウインナーを家庭で再現するのは難しいとされていました。シャウエッセンはパリッとした食感という未充足ニーズに応え、家庭で本格的なウインナーが食べられるという新しい価値を提供しました。
午後の紅茶
飲料市場では炭酸飲料とお茶が主流でしたが、若い女性は甘すぎず爽やかな飲み物を求めていました。午後の紅茶はミルクティーやストレートティーをペットボトルで提供し、紅茶飲料という新カテゴリーを確立しました。カフェで飲むような紅茶を手軽に楽しめるというベネフィットが支持されました。
他の戦略手法との決定的な違い
ポジショニング戦略やブルーオーシャン戦略など、市場での独自性を追求する手法は他にも存在します。これらとキーニーズ法はどう違うのでしょうか。
ポジショニング戦略は既存市場の中で自社の立ち位置を明確にする手法です。競合との違いを際立たせますが、市場そのものは既に存在しています。一方キーニーズ法は市場自体を創造します。競合がいない状態からスタートするため、比較される対象がありません。
ブルーオーシャン戦略は競争のない市場空間を見つける考え方ですが、具体的な発見手順は体系化されていません。キーニーズ法は誰でも実践できるステップが確立されており、専用シートを使えば再現性があります。
STP分析はセグメンテーション、ターゲティング、ポジショニングの順で市場を絞り込みますが、これも既存市場を前提としています。キーニーズ法では消費者の生活実態から出発し、まだ名前のついていないニーズを発掘します。
実務で導入する際の3つの落とし穴
キーニーズ法を導入しても成果が出ない企業には共通点があります。
一つ目は、トップのコミットメントが不足していることです。カベの9割は社内にあります。新市場創造型商品は既存の枠組みを壊すため、社内の抵抗に遭います。経営層が本気で取り組まなければ、途中で頓挫します。
二つ目は、短期的な成果を求めすぎることです。新カテゴリーの確立には時間がかかります。市場の教育、流通の説得、消費者の認知形成など、様々なステップが必要です。四半期ごとの業績にとらわれると、長期的な価値創造を見失います。
三つ目は、手法を表面的にしか理解していないことです。キーニーズ法はシートに記入すれば自動的に答えが出る魔法ではありません。消費者の生活実態を深く観察し、その背景にある心理構造を理解する努力が不可欠です。形式だけを真似ても本質は掴めません。
これからの市場創造に必要な視点
キーニーズ法が開発されてから50年以上が経過しましたが、その考え方は今なお有効です。むしろ情報が溢れ、商品が飽和した現代だからこそ、未充足ニーズを発掘する重要性は増しています。
筆者が実務の現場で感じるのは、多くの企業が競合の動きに過剰に反応しているという事実です。競合が新商品を出せば自社も追随する、競合が値下げすれば自社も下げる。この繰り返しでは消耗戦にしかなりません。視線を競合から消費者の生活に向け直すことが、持続的な成長の鍵です。
キーニーズ法は商品開発だけでなく、サービス開発、事業開発、さらには地域活性化にも応用できます。MIP理論は活気あふれる街づくりにも役立ちます。未充足ニーズという視点は、あらゆる課題解決の出発点になります。
最後に強調したいのは、この手法は特別な才能を必要としないということです。キーニーズ法は属人的なセンスやひらめきに頼るのではなく、手順に沿って進めることで誰でも実践できる手法です。体系的に学び、実践を重ねれば、誰でも市場を創造する商品を生み出せます。競合との消耗戦から抜け出し、自社だけの市場を築くために、キーニーズ法という武器を手に入れてください。
この記事を書いた人

石崎 健人 | 株式会社バイデンハウス マネージング・ディレクター
リサート所属モデレーター。外資系コンサルティング・ファーム等を経て現職。バイデンハウスの消費財、ラグジュアリー、テクノロジー領域のリーダーシップ。生活者への鋭い観察眼と洞察力を強みに、生活者インサイトの提供を得意とする。2022年より株式会社バイデンハウス代表取締役。2025年よりインタビュールーム株式会社(リサート)取締役。アドタイにてZ世代の誤解とリアル。「ビーリアルな、密着エスノ記」連載中。
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